これも、必然ならば

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今日の夕方、玄関のチャイムが鳴り

「ご挨拶に来ました」という若い声に釣られてドアを開けたら

某大手新聞の勧誘員だった。

20代そこそこ、茶髪の若者。胸には研修中のバッジ。

私の息子のような年代だ。

 最初はご挨拶だけというので、「お疲れさまです」と言って断った。

「来年でも再来年でもいいから1ヶ月新聞をとってください。当日になったら

断っても構いません」と粗品を押し付けられた。

「確約はできませんので…寒い中ご苦労様です」と品物を返して頭を下げたところ、

若者は言った。

「俺、インフルエンザなんだよね」

たぶん、彼なりの捨て台詞だったのだろう。

私は無言のまま、ドアを閉めた。

 

若者は営業としては失格だ。

営業は、断られたときからが勝負なのだ。

今はダメでも次の機会に顧客になるかもしれないのだ。

捨て台詞や脅しはなにも次にはつなげない。

 

君と契約する気はなかったが

君の一言は、これからなにがあっても、その新聞社の新聞を購読しないという

私に堅く決意させた。

 

 また、ご縁があったらよろしくお願いしますね、ぐらい言われたら

きっと心のどこかに残るいい印象が、君の運気をを照らしたかもしれないのに。

 

君は、人間を相手に仕事をしてしまったのだな。

仕事に対して誠実であれと、私は君から学ばせてもらった。

 

 これも必然ならば、やはり君に感謝をしよう。

君は神がつかわした使者だ。

君は私の中に、教訓を明確にしてくれたからだ。

 

役者は、台詞を語らないときに、その実力を試されるという。

つまり、語らずに佇んでいるときに、どれだけ役を表現できるかということだ。

 

ならば、仕事や人生は、失敗したときやもうだめだ、と

思ったときからが勝負なのかもしれない。

不幸なこと、嫌なことがあったとき、どう反応するか。

そこが大事なのだ。

 

 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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