新年に決めたこと

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正月のごちそうは、もと板前の叔父が新年に握ってくれたお寿司です。

叔父は、腕は良かったのですが、2件ほど店を閉めた後、会社員になりました。

毎年、年末年始は、札幌から帰省して、振舞ってくださいます。

ありがたいことです。

年末年始といえば、親戚が集まる行事もあるわけで。

基本、私は手相見であることを、家族以外の親類には明らかにしていません。

親類から見ると手相見はイロモノ、誰でも言える適当なことを並べて

お金を取るヤツという認識であります。

私が趣味で手相を見ていたときも、ずいぶんと胡散臭い(うさんくさい—疑わしい。

なんとなく怪しい。 広辞苑より)趣味を持っていると思われているようで。

お代をいただいていると知られれば、よい顔はしないことは容易に想像できます。

 

今年も親戚の集まりで占い師の話が出たときも

伯母は「あんなもの、誰が見たって同じでしょう。同じことしか言わないし

誰でもできることよ」と散々な言われ方でした。

個人的に私に向けられたものではありませんが

茶化された言い方をする親類に対しては、知らなくて済むことなのであえて

反論はしません。

占いは必要な人がいるのです。

それは、自分を客観視するためであり、あるときは自分の行動を応援する力としてです。

私は、手相を見るとき、過去のできごとを、尋ねたり、口にしますが

それは、年齢の位置と手相の線の位置を確認するためです。

過去のことを当てるのは、趣味の範囲まで。

金銭を戴くからは、未来のタイミングを計って話をします。

だから、依頼主から霊感が入っているのでは?と言われるのだと思います。

伯母たちは「当たってる、当たってるって言ったって、自分から見てもらうから

そういうだけでしょ」と痛烈でしたが

私の場合は、「当たってる」と言われるのは、ほとんど数年経ってからです。

出産や、結婚、離婚、出会いや別れ その時々のタイミングが

的中して、初めて言われる言葉だと思っています。

伯母たちはもう還暦を過ぎてますし、占いに答えを求めなくても

良い年齢です。

また、身内を見ても主観が入るから当たらない場合が多いしさ。

なんとでも言ってていいよ…。

 

でも、占いは自分を活かすために利用する分には有用な手段の一つだと

思うのです。

戴いているお代も、趣味で見ていたときは、どんなに誠実に話しても

右から左に流された言葉も、有料だからこそ

真剣に聴いていただけるってこともあるのです。

お金はエネルギーの一つで、循環させるものであり、無料だと

依頼主のエネルギーが滞ることもあるのです。

私は見料は自分で払ってもいい金額、例えばCD1枚分の金額を

基準にしています。

 

で、何の話かというと、今年はいっそう手相見として精進しよう、

依頼主には誠実でいようと決めました。

そんなわけで、よろしくお願い申し上げます。

 

今日見た夢を備忘録で。

とても美しい霊能力者が尋ねてきて、我が家の悪霊など

バンバンお祓いしてくれるという…。明晰夢でした。

新しい背後霊かも?

 

年末年始に見たレンタルDVD映画[鴨川ホルモー]の影響か?

この映画を見て、出不精な私が京都へ旅したくなった。

京都なら、アリな話だよなと思う設定で笑った後、

何も残らないのが良かった。

見終えた後、「ゲロンチョリー」と叫んでしまう自分がいます。(^_^;)

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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