運は育てるもの

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本日、ビルマ翡翠(右)と、ゴールデンオーラ(左)が届きました。

ゴールデンオーラは、水晶に金を蒸着させた、金色に輝く水晶です。豪華な見た目ですがお値段が手ごろなのがイイところです。  金運上昇に、翡翠とゴールデンオーラの組み合わせはいいのではないかと思いまして…。

翡翠は古代では金よりも価値が上とされていたくらい、パワフルな石ですが、単体で用いるよりも組み合わせて用いると、良いと聴きました。

翡翠は何世紀もの間、単一の宝石と考えられていましたが、ジェダイト(硬玉)とネフライト(軟玉)の2種類に分類できることがわかったそうです。ジェダイトの主な産地のひとつがミャンマー(1989年までの国名はビルマ)です。

おかげさまで、天然石関連のご依頼をいただいているので、近いうちに、ストラップ用にスーパーセブンを手にしたいと思っています。

本業のかたわら、依頼されるまま拝見している身ですが、今年はまるまる手相見度が25パーセント

天然石関連25パーセント、バイト40パーセントその他10パーセントのような気がします。

おかげさまで手相見を続けていると、多くの人と接点をたくさんいただきます。

数的には本業の方には及びませんので、そんなに困った人とは遭遇していません。

残念な人、はいましたけど。

残念な人、それは、腰が重い人というか、手相に「反抗線」というのがある人には言葉も選びます。反抗線とは、手のひらの小指の下、手のひらのほぼ中央に、手首に平行して横に伸びる線です。

反抗線がある人は、人から言われたことをあまり信用しません。

自分の考えに固執する性格と判断します。

昔、「出会いはいつですか?」「どんな人と出会いますか?」「どこで出会いますか?」と尋ねる依頼主の手にもありました。

手相は拝見した時点で、本人の意識が変われば、変わります。そこに記されているのは、揺るぎのない運命ではなくて、いくらでも変えようのある運勢だからだと、私は思います。

せっかく、良い運気の波が来ていると、手相が告げているのに、本人は、「やってくる運」を

待っているだけ。待っている時点で、「出会う時期」「出会う相手」はポイントとして掴めますが

予言ではないので「○年○月○日に××で、出会います」と予言めいたことを話したとして、

カレンダーに印をつけて、ただ待っているつもりなんでしょうか。

本人の行動が伴っていなければ、どんどん出会いのタイミングは不明瞭になっていくだけです。

「もっと正確に言ってくれると思った。どこどこの占い師の所へ行けばよかった」と言われましたが

しかたありませんね。私は手相から読み取れる分しかお話しませんから。

ただ、全ては連鎖しているので、本人がその気で動けば、いくらでも良い運勢になれるのに…と残念でした。

そうです、見料をいただいているというのは、責任あることなので、対峙した相手には幸せになって欲しいと、全直感を総動員して、良い方法を提案します。

でも、本人に受け入れてみようという意志があって、はじめて、それは活かされると思っているのです。

昔、無料で友人を見ていたときは、

「結婚が決まったけど、他に好きな人ができて…」なんて相談も、私なりに親身にアドバイスをしたのですが、受け入れられなかったことがありました。

その脱力感は今でも覚えています。

見料をいただくようになって、目の前の時間だけ、相手に親身になれるようになった、その差は大きいと思います。

最近、思うのは

神様だって、都合の良いときばかり、願い事をするより、こまめに報告をしてくれる人間(頼りにしてくれる人間)を、可愛いと思うのではないか。

また、神様にもルールがあって、明確な願いを提示しないと、助けの手を差し伸べることができないのではないか。

そう感じます。

欲しいものは明確に願い、金額や環境など 目の前に来たら、迷わず掴む。

その覚悟を得るために、他人の目を通して自分の運勢、立ち位置と向き合う人のために、手相を見ているような気がしてきました。



ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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