選んでいるのは人間とは限らない

最終更新日

080904_090747

せっかくの休日であるが、新しいブログサイトを立ち上げようと、ソフトをインストールしたり、設定したりしていて、一日が終わってしまった。

このサイトソフトは商用には使えないので、試作品の販売や、良いものの紹介に、別のサイトを構築しようと思案中である。本格稼動までには数ヶ月かかると思いますが、無事、開設に至った場合はよろしくお願いします。

1月は逃げるというが、本当に年末からタイムワープしたような印象の日時の速さである。私自身、光速に近づきつつあるのか?写真は昨年末に撮影した空の写真であるが、左側が頭、右側が体で、龍を思わせたので撮影した。年始にアップしようと思ったのに、今頃になった。

さてさて、表題の話になるが、私は、天然石と人間の接点として、石を取り扱って、数年になるが

数年を経て数をこなすと、人間と石の間には、「お約束」というか「相性」というのが存在しているということを感じずにはいられない。

何度、同じ石を手にしても、失ってしまう人。

落とした(失った)石に数日、数ヶ月を経て、もう一度手にすることができる人。

大金はたいて手に入れた石が、海の藻屑となってしまった人。

落とさなくても、何度もストラップコードが切れてしまう人。

私も、経験がある。経済的に切羽詰ったとき、タイチンルチルという太い金線の入った天然石を数粒購入して、お財布のチャームを作った。すぐに近郊の神社に、お参りに足を運んだところ、

いつの間にか、タイチンルチルのチャームはお財布から消えていた。

大ショック!!1粒いくらしたと思っている!さっきまでは確かにあった。今来た数メートルの道を戻ったけれど、チャームは見つからなかった。

人気(ひとけ)の無い神社の境内に、まるで神様が引き換えに受け取ったかのように。

その後、切羽詰った状態は回避された。

落とした石の行方は誰も知らない。

 

私の周辺では、石をなくした人が少なからずいるが、それを考えると、もっと道端に石やブレスレットが落ちていても良さそうなのに、どういうわけか拾ったことはない。

たまにハートのローズクォーツを拾ったり、道路に埋もれていた、赤メノウの原石を拾うことがあるくらい。

石はどこへ行っているのか。

石は、時空を越えてあるべきところにあるのだと思う。

人間が石を選んでいるだけではない、石が人を選ぶこともある。私はそう信じている。

その人に合わない石は姿を消す。

働いてくれて、ツヤが消え、割れる石もあるし

さらに輝きも増す場合ももちろんある。

だから、手元から消えたことは、人ならぬ存在が願いを聞き届けてくれた

あるいは、災厄とともに代価として、連れ去ってくれたと思えてしかたない。

石を亡くした、コードが切れた それだけで済んで、良かったのだ。

石はそういう存在だ。

 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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