愛には形があるか、ないか

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手相見として多い相談内容は、これからの運勢や仕事運。そして全てにおいて絡んでくるのは「愛」関係。

恋愛、家族愛もこれに含まれる。恋愛で、依頼主から聞く言葉で一番多いのは「××年、付き合っている」というもの。お付き合いの年数に愛情の深さは比例するかと尋ねられれば、それは違うと言える。有名な歌の一節にあるように「恋ならばいつかは冷める」。

一瞬で恋に落ちることもあれば、一瞬で恋情が冷めてしまうこともある。

今まで拝見してきた数と同じほど、愛には、いろんな形がある。

決まった形がないというべきか。

一生かけて相手を想うのも愛で、相手の気持ちを察して「放す」ことも愛である。

不毛な愛に見切りをつけるのも、自分への愛であり、

別離を自分の人生の糧とするのも愛である。

愛に理窟は通らない。通らないから、人間は歴史を繋いできたのだ。目先の利害で考えて、損得で考えていたら、「愛」は育たないし、意味もない。電卓で計算するように割り切れない。それが「情」というものだろう。

今まで相手と過ごした時間の長さに執着するあまり、せっかくの良い運の流れが来ているのに、立ち止まっているのはもったいない。

試せるものは、試してみて、もういちど、考えてみるのもいい。

斎藤一人さんの本にもあったけど

「何万回も生まれ変わるんだから、こういう人生が1回くらいあってもいいや」という開き直りと言うか、覚悟するのもアリかもしれない。

私が読み取れる運気の流れが全てとは限らない。

選ぶのは、自分自身。

「愛」というモノの存在が自分で解るまで、時間がかかることもあるから。

 



 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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