年齢相応…が難しい

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先週、誕生日を迎えて、またひとつ年を重ねました。減ることはないのが年齢というもの。気がついたら、よくもまぁ、生きてきたな自分。 誰にも褒められないので、自分を褒めてみました。年齢を重ねると、賞味期限が過ぎた食品の扱いになるのは世の常。今、世間では年齢を重ね、若さが衰えることに怯えて、「美魔女」をめざす熟年女性の間に整形手術が流行しているという話です。

私も整形手術、したいと思っていました。でも30代までだったかな。どうせするなら、若いうちにして後々の人生を謳歌したほうがいいでしょうね。一時、美しくなっても「若い美」は衰えるものですから、自分がしちゃうと、延々とそれに依存してしまいそうな氣がします。

高校の頃、整形したい、私が語ると 同級生が呟きました。「見た目が綺麗になって別人になっても、行動で煉ちゃんとわかると思う」

その言葉がずっと頭の隅にあり、行動を変えることに氣がそれてしまいました。若さは失うのは当たり前。だんだんと価値を失うだけになるのか、熟成されてアンティーク(?)な価値を付加していくかを意識するのがいいのか。

それに前世が美人だった~と言われたので、今世は諦めて来世に望みをつなごうと思って。(・_・)

私は病で手術を大小経験しました。美容整形ではないけど、顎の骨も削ったし、ホクロも臓器も切除しました。

仮に、見た目が20代、30代になっても、中身(精神状態)が実年齢なので、意味がないと、自分自身に関しては思ってます。よく人生相談で「見た目は30代って言われます」という言葉を目にするけれど、浅い付き合いならともかく、見た目が若くても内面はどうだ?と考えたのです。

私は相応の年齢どころか、20代の頃から5歳から10歳年は上に見られる老け顔です。実年齢より若く見られたことありません。

きっと今なら還暦前くらいに見られているかもしれない。。。。(汗

手相見をしていて、経験値だけで見ているような、私に対して、皆さん、熱心に話に耳を傾けてくださるのは、現在の年齢だからあるいは老け顔だからこそと思ってます。

若い人と話が合う、合わないというのはなくて、若くても話の合う人はいるし、年が同じでも合わない人もいる。ようは人間対人間が最後に残るのです。男の人が若いお姉さんが好きなのは、本能だからかしかたないか。DNAの仕業。

若い美しさは、神様が与えてくださった大切な時間。年を重ねたとき、「この年齢でもいいか」と思えるような毎日を重ねることが理想だろう。それができないから、悩みは尽きない。

若い時は世間を知らない傲慢な態度をとっても、周りの人は許してくれる。昔、公共の場でイチャつく若い恋人同士を遠くに見て、「若いって、(知らないことが多くて)恥ずかしいことじゃないか」と思ったりしてました。

年齢相応に見られることが一番ありがたいことだろうと思ってます。

以前、霊感のある人とお話したとき、「煉さんの顔、たくさんの顔と重なっている」とか別の方に「顔の表情が次々と変わって別人に見える」などと言われたことがありました。

そう言われれば 昔から記念写真に写りにくいヤツでした。集合写真や生徒手帳用の写真も何度か撮りなおししたことがあります。

理由は「顔の部分が写っていない」という。。。

まぁ、一番厄介なのは、精神面の成長が実年齢以下、ということです。

仕事に落ち込んだとき、疲れたとき、子供の頃のアニメソングや特撮の主題歌で癒されているのです。

今はyoutubeでたくさん聞けるので。

ああ、趣味趣向も年齢相応になりたいのだが、それにはもうすこし時間が必要かな。



ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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