時来る時会うという話

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2012年も残すところあと2ヶ月切ってしまい、そろそろ年末の準備もしなくてはならない。今年も、手相見と天然石と、皆様からお声をかけていただいて、感謝しかない。おかげさまで、一日3食、きちんと食べられて、夜は布団で眠ることができる。なんとありがたいことか。手相を拝見するときは、ご紹介者がいらっしゃるが、初対面の方と会うので緊張する。いつも「後ろ」の方には、これから、幸運が待っている人に縁がつきますように、とお願いをしている。よって私の依頼主は、上昇運の方が多い。97%は上昇運。3%は不明。(当方の直感比)。

このところ、依頼主の方にお会いすると、皆さん、同じことをおっしゃるので、記しておくことにした。

「煉さんのことを、知り合いから教えてもらったのは、ずっと前になります。でもそのときは全然、見てもらおうなんて思っていなかった。ところが最近、ずーっと氣になって、氣になって、思い切ってメールしたんです」

これ、今年に入ってほとんどの方に言われて、私のほうが驚いている。これが波長が合うタイミングというものか。

実は、今年、9月以降、私は精神的な引きこもりを決めていた。それはタイミングを計るというか、ずっとメール等の返信の来ない知人、友人に対して、「こちらからは連絡をとらない」ということを決めていた。なぜかとたずねられたら、この波長の合うタイミングを計る為、としか答えようがないのだが。

それは、見えない世界のお告げのような感じであった。いつもなら「元気」と短文のメールを入れる相手にも、「なにかと忙しい」事情があると思えたからだ。

その、引きこもりというか、波長が合う、タイミングに入ったのは、多分、10月の末である。なぜなら、10月の末に、一斉にご無沙汰の人達からメールが到着し始めたからである。それは今まで静かな水面に小石が投げ込まれたような、波で四方八方からやってきた。

現在、返信が追いついていないので、お許しを。

手相見のタイミングも合い始めて、これも不思議である。

今まで手相を見るとき、言葉を選ぼうとか、こういうところを見ようとかいうのは考えていたが、基本「鏡」になることに徹している。たずねたいことがたくさんある人にはそれなりに答えるし、漠然と「良い事ないですかね?」という人には漠然とした答えしか出てこない。

個人の事情を深く聞き取り、手相から答えを導くのだが、普段は他人に言えない事情や事象、思いなども聞く事になる。

相手の黒い感情、黒い立場も目にすることも少なくない。

依頼主は話された後、口々に「すっきりしました」と話してくださるのは、話すことで自分自身を癒しているのではないかと思ったのだ。

今まで、自分が読み取れることに責任を感じていたが、私は手相見であり、「鏡」である。

「よく当たる」と、ご紹介してくださるのは、当たる、当てるではなくて、自分自身の内面に光を当てて、浄化するのだと思える。

私がお会いして見ているのだが、それは依頼主に準備ができたから繋がった縁だと、思うに至った。

それは、石と人の出会いにも言える。

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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