選ぶということ

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ヒマラヤ水晶

私は「手相見」であり、手相を「鑑定」するなんてことは、とてもできない人間です。

紹介制で拝見しているのも、生業ではなくて、まだまだ勉強中、発展途上、修行中だからというのもありますが、紹介者様の「目」を通して、縁をつないでいただいているからです。手相を有料で拝見してから本当に多くの方とご縁を頂戴して、私自身の知識や経験も得がたいものを、得ることができました。御紹介者の皆様のおかげで、今まで続けてこられたと深く感謝しています。

手相は、「相」であり、現在の立ち位置を確認するものなので、開運や悩み事の解決に的を絞って見る場合、その後の依頼主の心構え次第で、「読み」と違って展開することがあります。「当たる」「当たらない」と視点で見られると微妙かもしれません。最初拝見したときに、自分でも簡単に運気を読む方法をお伝えしています。

最初の拝見から半年以上経過しないと二度目の拝見をしないのも、最初の情報より、読み取れる情報が限られてくるという理由もあります。劇的な変化というのは、よほどのことがないと現れません。「半年前に見てもらったけど、そろそろなにか変化あるかなぁ」という場合、御本人に何か「思うところ」が特にない場合は、拝見しておりません。「実は、環境の変化、心境の変化があって」という場合は、半年待たずに拝見しています。

多くの依頼主とご縁をいただきましたが、中には御希望に添えず、失望させてしまった方もいらっしゃるでしょう。

また、拝見後、数ヶ月経ってから、「私の手相で健康運はどうでしたか」等の問い合わせを戴いたこともあります。詳しい履歴などは残していないので、お答えできませんでした。

私の手相見と依頼主の手相見の思うところが著しく齟齬((そご)=不一致、くいちがうこと))があると判断した場合は、二回目以降の拝見はお断りすることにいたしました。

今まで、ご縁を戴いた方とは、できるだけ縁をつなげていたいと思っていましたが、無理に拝見しても、伝えられないことがあれば、双方にとってお金も時間も無駄です。

昔、無料で拝見していたときは、「見る人はこちらで選ぶ」という意識がありました。無料だから、「いつでも見てもらって当然」という態度や「軽く見て」などの言葉もかけられましたが、無料だからこそ、選ぶという立場が長く続いていました。

見料をいただいている以上は、求められれば拝見すると、なんとなく思っていました。

でも違うと気がついたのです。拝見料をいただいても、言葉や思いが伝わらないと、見る意味がないということに。

もう、年齢も年齢ですし、これからあと何人拝見することになるのかわかりませんが、無理をしないことにしました。

伝わっているか、伝わっていないかは、二度目の依頼メールの内容でだいたいわかるようになりました。

初回の拝見で、不満を申された方が。2度目の依頼をされたことがありましたが、もともとの視点が、見者と依頼者で違う場合は、どうしようもないと思うのです。

この考え方は傲慢かもしれません。合う合わないで依頼主を選ぶということは、間違っているかもしれませんが、これが数年、手相を拝見してきた私の見つけた答えです。



 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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