疑ってみる

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私は三連休、世間は選挙モード、師走は忙しくないけれど、気分だけは忙しい氣がする。以前、知人が話していたこと「こんなに幸せで怖いわ。なにかバチが当たりそう」

世間ではよく言うねぇ。イイコトがあると悪いことがある、って。

でも先日読んだ学者さんの話では「良いことがあると、次も良いことがある。次は悪いことが起きるかも、という意識が悪いことを引き寄せる」とあった。そこで、以前評判になった「引き寄せの法則」のDVD「ザ・シークレット」を見たことを思い出す。この世の一握りの人がその法則を知っているが、庶民には秘密にしていて独占するために嘘の情報を流している。というようなかな~り乱暴な解釈だがそんな感じ。富裕層にとっては、庶民は働いてくれる大切な存在である。でも自分たちの利権は守りたい。庶民には知らせたくない。で、マイナスに向くような、そういう意識的なコントロールが知らない間にされているのではないか。

母が若い頃、街の話題で新聞記者にインタビューされた時、正直に答えたところ、後日新聞には意訳でもなく、全く違う言葉が載っていて愕然とした、と話していた。幼い頃からそれを聞かされて育った私は、なんにでも疑って入る悪い思考癖がついてしまった。

与えられた情報を素直に信じるのも良いが、ちょっとナナメに読むことも必要だな。

芸能人は、所属している事務所の大きさで、メディアでのスキャンダルの扱いも変わってくるというし。

新聞や雑誌は誤報しても、謝るときは紙面小さいことが多いし。

さて、細々と手相見をして、数年も経てば、私の住む狭い町では、知り合いの知り合いが、私のことを知っていたりすることも少なくない。

「今日、手相見の人、あなたの職場にいるよね?なんて尋ねられましたよ」なんてとき、

そこからどう伝わるかは、私の意識の及ばないところであるが、占いのようで占いになっていないと思っているので、当たる、当たらない、どう伝わっても仕方ないと考える。

だから、知人から「紹介したいんだけど」と言われると、ありがたいけれど「私の手相見はたいしたものではありません、と伝えてください」と答える。

そうだ、手相を見るくらい、たいしたことはない。相手がどう判断し、行動するか、なのだ。私には伝えることしかできない。

まずは動かないと、運命は動かない。少しでも、動ける、動かす気持ちになったとき、私と依頼者の縁は繋がる。

縁は繋がる人としか、繋がらない。自分の直感を信じてくれた人とだけ、繋がるのだ。

 



ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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