老いる自分について

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私にとっての大きなイベントである夏至が過ぎて、冬至が待ち遠しい季節となった。

年に一度の定期検査では、甲状腺の良性腫瘍が、数は減っていないけれど、大きさが小さくなっていたので、ひとまず来年までは安心となった。ヘミシンクのCD「T細胞を巡る旅」を聴きながらイメージトレーニングをしていたので、効いているのかも。薬じゃないので「効いた」と書ききれないところですけど。

自分で自分の健康はイメージトレーニングで補っていこうかね。

年齢を重ねると眼は老眼になるし、耳も聞こえづらくなる。

年を重ねると、経験から見えないものが見えてくるから、実際の視力が落ちても良いんじゃないかな。

耳の調子が良くない場合も聴かなくていいことを聴かなくても済むと割り切ってしまおう。

ま、言うのは易いけど、一歩進んで二歩下がる状態だけど、そう思うことにした。

体の不調は、年齢的に あって当たり前だと思っているから、多少の検査結果の悪い数値はあまり氣にしない。

もちろん、健康なのに越したことは無いけどね。

今まで生きてきたんだから、不調な自分も受け入れる。

老いるという言葉にはマイナスのイメージがあるが、意味は違うだろうがアンティークとか熟成とか良い意味にとらえていこう。

老練していると思って、そうやって自分自身を納得させていくのだ。

若さと引き換えに得たものがある?

それは、限りあることが救いだと知ったことだ。

苦しみも辛さも永遠に続かない。この世で唯一平等なものは

時間であり、そして死である。

自分の体を労わり、ほどほどに暮らしていこうと思う。



ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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