自分で幸せになること

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140622_rose
先日、年に一度の持病の定期検査で総合病院へ出向いたのですが。受付窓口でとても威圧的な不遜な態度をとる熟年男性を見かけました。受付窓口の女性が検査に出向く指示を忘れたようなんですが、それに対して、罵っているんです。文字にするのも嫌なくらいです。

声も大きいし。とっても不快だったのですが、受付の女性は謝罪していながら表情ひとつ曇らせない。プロだと思いましたね。不快では有りましたが、視点を変えると、病院だし、体の調子の悪い人もいるし、許容されるのかも。そう思わないと、こなせませんね。立場は違いますが、若い頃ビジネスホテルの受付をしていたことがありまして、女性だということで態度が不遜で尊大なお客もいらっしゃる。始めからケンカ腰なんですね。

重箱の隅をツツクようにです。でも社長が応対すると、態度を一変させるんです。紳士的になる。社長がいなくなると、また責めてくる。 自分より下のモノにしか強く出られないという。「自分は小物です」と自分で表明しているような印象です。昔、年配の男性が、車を降りて、抗議していたのは、若い女性だったのを見かけたこともあります。

車の運転に抗議していたようです。「よほど面白くないことがあったのかな」と思ったけど。

別の日には銀行の窓口の女性に声を荒げている男性を見たことがあります。事業者用の窓口でしたから、「なにか商売がうまくいっていないのかしら」と思ったりしました。 あれは相手が女性だからああいう態度を取るのでしょうか。

絶対自分に反撃してこない相手を選んでいるんですね。周りから見ても一目瞭然。 他人に対して攻撃的な人は、周りが「ああしてくれない」「こうしてくれない」だの「わたしばっかり」等々不満がくすぶっていて、ちょっとした刺激で弾けてしまうんだろうと思います。

不満な自分の態度が周りに影響していると考えもつかないのでしょう。 他人に優しくされないと、不満があったら、そこはこらえて、他人に少し優しく接してみると、いいんじゃないでしょうか。 わたしばっかり!と思いますか。相手に攻撃をして一時は扱いが変わるかもしれませんが、攻撃された相手の中で芽生えた不満の波動はめぐりめぐって、発したあなたに戻ってきます。

不思議なもので、速攻反応がないから厄介なのです。 遠大なドミノ倒しのように、小さな波紋は大きくなって、戻ってくるのです。

今のままでは、ずっと今のままか悪くなりこそすれ、良くはなりません。相手が一歩譲って、あなたがすっきりしても、深いところが満たされていないからです。 同じ、波紋でも、良いことなら、もっと大きな恵を得ることができます。それは本人が忘れた頃にもたらされます。 わたしばかりが譲っている!私ばかりが我慢している!そう思っても 私から!となにか良いことを始めてみるのが、開運の近道でしょう。

人生の終焉が見えてきた私には、そう見えます。 良いことをしても、すぐに好転が見られないかもしれません。悪いことのほうがインパクトが強くて、目立たないでしょう。目立たないけど、無駄にはなっていないものなのです。 私は手相見であるけれど、愚痴を聴くのも、つらいことを聴くのも御代を頂いているので、仕事と割り切っています。

が、友人に延々と愚痴られるのを耐えられるほど、人間ができていないようです。 私の友人たちは皆、前向きでパワフルで、尊敬できる人ばかり。 どう励ましても私の言葉が届いていないと思われる人には、力が及ばず申し訳ないと思います。 でも!愚痴や不安は癖になる。自分で意識的にプラスに考えないと、自分で決めないと、負のスパイラルからは抜けられないのよ。 自分では自覚が無いかもしれませんが、愚痴っているのが楽になっている場合もあるのです。

愚痴を言う唇から、今ある幸せ、今得ているものに感謝して、最初はつらくても、少しずつ良いものを見ていくようにしたほうがずっと人生は暮らしやすいのよ。 体は不調かもしれない。つらい事もあるでしょうが、それは、「生きているから」です。あなたを支えてくれる人が傍にいるのだから、氣が付いてほしい。あなたはきっと私よりも何倍も頑張っているし、恵まれている。今気づかないともったいない。

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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