夏バテかも

最終更新日

140811_虹
残暑お見舞い申し上げます。

台風が温帯低気圧に変わり、雨のちに虹がかかりました。今年、自分で虹を見るのは初めてです。

もともと、暑いのは苦手な北国育ちでしたが、更年期障害のホットフラッシュが加わり、バテております。食事はきちんと摂れているし、睡眠もヘミシンクのおかげでばっちりです。で、夏バテがどこに出ているかと言うと、気力ですかね。

手相見の依頼に臨機応変に応じるのは夏場は無理そうです。

夏はとにかく暑いと萎える。

メインのバイトのほかに土日のアルバイトがあり、それがお寺の事務補助です。

私はそのお寺の檀家ではなくて、自身では無宗教というか、自分教、水晶教(自称)です。

檀家さんのデータベース作り、行事案内作成、その他書類作りが主な仕事です。たまに納骨堂の掃除もします。

このバイトは知り合いから紹介されたのですが、不思議なご縁でつながりました。大げさに言うと時空を越えて、な感じです。こういうことがあるから、他人様とのご縁は良くも悪くも疎かにしないほうがいい。

例えは良く無いですが、会社に不満があっても、相手に不満があっても「円満退社」「円満離婚」(?)が後々よろしい。

よく「会社を辞めるとき、不満を指折り数えて、上司に言った」という類の話を聴きますが、それは避けるが賢明です。

その会社の元同僚がどこでどう、自分の人生にかかわってくるかわかりません。

どこで、別れた(元)夫、妻、親族と縁が繋がるかは、天のみぞ知るところです。

また、お寺にいるということは、忘れていた数十年前のご縁と繋がる機会があるということ。

そして、病院と同様、お寺も人間の生死と密接につながっている場所と言えます。

半年以上、お寺で(実質わずかな日数ですが)、働いてみて、垣間見えるものも増えました。

弔いは、「亡くなった人を想う」、「生きている人間の為」にあるのだということです。

そのために、(現世に残る人)は、お寺にお布施をし、志納するのですね。

私の年齢を考えると、今更感ですが、毎週接する、あの世とこの世の境界線上に、私も末端に足の小指程度に触れています。

祈る人の気持ちが、大切なんですね。

私自身は、うまく死後の世界に旅立っても、家族がいないので、祈る人は皆無でしょう。でもそれで良いんだと思っています。

一人でも手を合わせ、祈ってくれる人がいるってことは、幸せなことです。

この世に、当たり前にあるってことは、なにもない。

すべてが、有り難いこと。私もあなたも毎日、奇跡の中で暮らしているようなものですね。

苦しみも、悲しみも、更年期も。生きているからこそ。

お寺の事務所は大部分がガラス張りなんですが、一日、一度、ガラスが鳴ります。風でもなく、地震でもないのに、鳴動するのです。お寺に立ち寄る霊が挨拶してくれていると思っています。

でも、暑い。

これで秋になるともの寂しさを感じるのも毎年のことです。

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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