プロバイダのメアドはそのまま

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先のブログにメールアドレスを変更します、と記しましたが、来年の1月末から、携帯のアドレスが変わる予定です。パソコン宛てのアドレスは、プロバイダを変更しないので、使えます。よろしくお願いします。

この3連休は、家の紙ゴミを整理するのに費やしてしまいました。本来ならばマメにすれば良いのだろうが…。反省。

その中から、数十年前にエッセー賞に応募した原稿が出て来た。

もう雑誌は廃刊されている。エッセー賞に投稿したのは、文章を無料添削してくれる、ということだったから。

当時、私は本屋のパート店員だった。

今とは、書店の内情もかなり違う。1995年頃の書店の雰囲気を、備忘録なので、記しておこうと思う。

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「本屋な気持ち」

夏休みのワイドショーとかけて、盆過ぎの本屋と解く。そのココロは。

「すでにネタ切れ」

問屋が夏休みの間は、当然ながら本の入荷はない。背表紙が斜めに並ぶ本棚をつぶやいた。私の仕事は本屋の店員。身分はパートだ。

普通の小売業と違って商品のPRはほとんどしないし、サービスで特色も出しづらいうえ、バーゲンもできない。ついでに言うと利益も少ない。

ただ、品物を置く空間を提供する。

店の広さに比例する取扱品目の数が頼りな商売のように思える。パートの時給が最低線ギリギリというのも納得する。

一見、ラクそうに見える。この仕事に就く前は私もそう思っていた。が、本は数多く持つと重い。そして。「予約したのに本がこない」「注文して一ヶ月以上経っているぞ!どーなってんだ、バカヤロー」とお客様に詰め寄られたりする。

本は、二大問屋(日販、東販)いずれかを通して、店頭に並ぶ。納期は本屋の店員にはどうにもならない。

本屋で働くようになって、思い知った。

出版って、首都圏中心主義なんだなって。

発売日、発売日前に本を手にできるのは、首都圏在住者の特権のようにさえ思えるのだ。

北海道なんて最低3日は遅れる。「フライデー」が「マンデー」と化す。新刊で発行部数の少ない書籍になると、首都圏で売れまくっているうちは、なかなか地方には出荷されないらしい。

新刊の売れ線を見極め、発注する社員は、「株や投機をやっているものだ」という。

私はこの仕事が好きだ。それは本を買ってもらって、怒る子供は見たことがないからだ。本を買う。それは知識を得ると同時に、友を師を恋人を得ると同じなのかもしれない。

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講評論

「書店の特殊性、また北海道という地域性からくる問題、流通事情をなどについて、事情を知らない人にも十分説得力のある内容です。結論部であと、ひと工夫を」

内容の新鮮さ B

基本的な文章力 A

表現力 A

アピール度 B

総合評価 B

☆彡☆彡

原稿用紙の各部分に丁寧に赤を入れてもらっていた。

思い出深い。

最後の3行は、「きれいごとをまとめたという印象です」と記されていた。

文章力はあるが、ネタまとめ方に難ありというところかぁ。

手相見も、天然石も そこを乗り越えるのが大事ということか。

あの頃に比べると、欲しい本はAmazonで手に入るし、地元の図書館も充実しているし、ネットでも書評も読めるし、いい時代になりましたね。私の勤めた居たころに、「本屋大賞」があればな。

私の担当は、文庫でした。

地元を舞台にした書籍を企画して、それなりに売ったと思う。

天職だと思って働いていたけど、売り上げ減でリストラされて、気がついたら、手相見しているなんて。当時は売上グラフも手書きしていたんでございます。10色ボールペンを使いました。

 

ああ~あ。近所に書店もなくなって、立ち読みができずに寂しいです。立ち読みして、ズキューンとくる本に出会える醍醐味がなくなりましたね。

手書きの文字に昔の自分を見て、内容に進歩していない自分を感じて、ちょっと恥ずかしい気持ちでした。

 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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