話をしよう1

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このブログを始めてから10年以上経つので、今まで何回か記してきたが、改めて、自分を語ろうと思う。

同じ話を繰り返すようになったのは、多分、年を取ったから。

私は生まれた時から未熟児で、病院のお世話になってきた。

両親も子供時代から体が弱く、親(わたしからの祖父母)の手がかかったと聞いている。初めての手術は、小学校に上がる前で、入学してからは手術の後遺症で、他人ができることができず、苛めにあったりした。

もうちょっと「かわいげ」があったら苛められなかったのかも。

だからと言って、世の中に存在するイジメは是としていない。

考えようによっては、現代に蔓延している「イジメ」よりは、軽く済んだのかも。

両親とも病弱で学校に通うのもやっとだったからか、友人関係は薄かった。

なので、人付き合いに関しては、両親はまったく参考にならなかったというのが正直な話だ。

今、昔の自分に会って話ができたら、膝つきあわせて、説教タイムになるだろうと思う。それくらい(今でもたいしたことはないが)対人スキルが低かった。

高校時代に入って、「お付き合いのマナー」系の書籍を読んで、勉強した。

だからといって、対人スキルが優れているわけではない。やっとスタートラインに近づいたレベルだと思う。

コミュニケーションツールとして始めた手相見も、このころから勉強し始めた。

相変わらず、体は弱かった。とくに歯科医院とは縁が切れない生活だった。

迷いの多かった20代を救ってくれたのは、世にいう「パワーストーンブーム」だった。水晶に関する本を読んで、試してみようと思った。ピアスの穴も開けた。

精神的に無理をしていると、体に来る。次に参ったのは体で、

40歳を目前にした時期に手術が続いた時は、そういう星回りだったと思う。

30年に一度の星回り。ちょうど小学生時代のしんどかった時代と被る。星占いに興味を持ったのもこのころだ。

負の感情も運気も、救ってくれたのは占いだった。

手術が続くと気も弱くなる。スピリチュアルに興味を持ったのはそのためだ。

おかげで、続く手術は、乗り切れた。

人生の流れを変える好機かもしれないと、考えるようになった。

その時にしか出会えない、出会いもあったから。

その流れのままに手相見になっていて、その延長線で天然石であれこれ作っている。

ブログには手相見、とキーワードとして語っているが、実際、数的には天然石関係の点数が多い。

私の人生は、自分探しで終わる。これがテーマだ。

これはもう断言できる。探して探して、結局なにも残らなかった、で終わるかもしれない。

結婚もせず、子供も育てず、お金持ちにもなれなかったが、

しかし、それが自分で選んだ人生(魂で約束していた)なら、それはそれで、良いのだろう。良いと思うしかない。良いんだ!

でも…猫は、7匹、育てましたよ。(これしか自慢できない)


ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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