見えないもの

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昔見たアニメで、滅びに面した超文明を有する旧人類が現在の人類に対して、「目に見えないものしか信じられない」と言い捨てるセリフがありました。

この世すべてに人智が及ぶものだったら、世界は平和かもしれませんがつまらないものだろうと思います。

想像するに、人類が皆、なにもかもが同じ考え方と感性を持っていたとすると、確かに争いのない平和が存在するかもしれません。その代わり、課題をクリアするという達成感を得られる機会は少なくなるでしょう。

平和と調和がとれた世界、楽園とは、そういう世界を指すのかもしれません。

本当の自分というのがわかっているようで、わかっていません。私の見ている風景が、あなたの見ている風景とは違うこともあります。

毎年、ゴールデンウィーク中は手相見の依頼が増えます。1年の前年比の7割は、ゴールデンウィーク終了迄でクリアされます。

 

今年は、手相見の機会について、同じ言葉を別々の方から、かけていただきました。

どなたも 私、「手相見 煉」という存在を、知ったのは数年前だった。しかし、手相を見てもらおう!と思いたったのは、つい最近だ というのです。

実は、手相見として料金を頂戴するようになってから、何度も何度も、うかがいました。

そして思うのです。

私と依頼者の間には不思議な時空間があり、そこを繋ぐ縁という力は繋がって、ここぞというタイミングで繋がるようになっているのだと。不思議な力を感じました。

昔、私を霊感リーディングしてくださったかたが、「背後の人(霊)が、つなげてくださったご縁ですから」と話していて、当時はピンとこなかったのですが、今ならわかります。

人生を生きてきて、人と人の縁が、どこでどう再度繋がってくるか、わからないと体験しました。昔、勤務先で冷たくされたり、辛く当たられたりした人と、自覚されないままで、思いもよらないところで接触している。それは、目に見えないもの である。

そんなことがあるので、「誰も見られていないから良い」という悪いことは、しないことです。それは、未来の自分、来世の自分のためです。

そして、善行も苦行も、自分自身の内なる神様には、まるっとお見通しということです。

それは、信仰に近いものかもしれません。信仰とは、字の如く、信じて仰ぎ見るもの。ここで信仰の対象とするのは、自分自身。占いをしたい、手相を見てもらいたい、そして将来は良いことがある。
それを信じて、動いてみてください。

 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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