新居で怖かったもの

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早いもので、新年を迎えて、1ヶ月が過ぎ、そして、転居して半月が過ぎた。節分も過ぎて、今日は旧暦のお正月だ。

私は、長いこと住んでいた借家を離れてここに来た。

去年の今頃は、1月末に十数年ぶりにインフルエンザに罹患した。前回は、父が生前で、手術したときだ。忘れもしない。まだインフルエンザに世間の警戒が厳しくなかった頃。

インフルエンザで具合の悪かったわたしは、父の病状よりも、早く帰して欲しいと担当看護師に言ったが、「ここに居てください」と言われて、手術室の前の椅子に横になり、手術終了を待った。

昨年は、今まで私のインフルエンザには伝染したことのない老母まで罹患して、二人で引きこもって過ごした。最悪、二人とも下手をすれば孤立死するかも、と覚悟した。

その頃は、まだ愛猫のちいこも居たし、引越すなんてことは、まだずっと先の話だと思っていた。

ところが、9月末にちいこが急逝して、ペットロスになりかけながらも、思わぬ展開で転居の流れになった。

ヘミシンクをして、幽体離脱を経験したとき、私は旧居の窓にしがみついていたほど、旧居のエネルギーに囚われていたのだが。

部屋を見たとき、夢で何度か見た風景を窓から見た。

夢の中で、誰かに腕時計の時刻を示されたのは10時。

10年後の運気の切り替わりを示していたのかもしれない。確かに、体調を崩したとき、運気は切り替わっていた。

今を逃せば、絶好の機会はもうないだろう。

そう思って慌しくも引越しの準備をした。

2ヶ月に渡って、準備…ほとんど捨てる、捨てる、捨てる。昨年の私の一年を文字で表すなら「捨」。

引越し本番前に、新居に最初に持ち込んだものは、八角形の鏡と水晶の原石、そして愛用の iMac Flat Panelだ。

もう十年以上前のMacであるが、私にとってはパソコンへの入り口を開いてくれた愛機だ。

ハードディスクには、たくさんの音楽が格納されている。

あんなに色々と準備をしたのに(本当は捨てるだけに注力したが)、新居に越してきたところ、テレビのリモコンが見つからず、汎用機のリモコンを買いなおした。テレビの正規品は、ボタンが多くて老母には使いこなせなかったので、シンプルなものにした。

母が愛用していたブレスレット二つも行方不明で、大騒ぎとなった。

身に着けていたはずなのにというが、ひとつは植木鉢から、もうひとつがなかなか出てこなくて、諦めかけていたところ、数日前、浄化用の水晶の上に出現した。

そう、出現 だ。私も何度も見たが、見つからなかったのに。

そして、トイレの棚に、私が人生最初に購入した水晶の原石が置かれていた。

私は 母が転居に当たり、「トイレの神様」の為に置いたのだろうと思っていたが、母は「(あの大きな)水晶をお手洗いに置くことは無いだろう」と言う。

私も母も、トイレに水晶を置いた記憶がないのだ。

これは、「マジやばい」のではないだろうか。私は戦慄した。

私も母もいつ認知症の入り口に経ってもおかしくない年齢だ。

二人とも、その水晶をお手洗いに置いた記憶がないという。

お手洗いにはちいさめの水晶のクラスター(群生)を置いている。

二人とも「記憶がない」ということをつきつめるのも、別の意味で怖いので、それ以上は追求しなかった。

もうひとつ言うと 一番、驚いているのは、老母がエレベーターが苦手なので、毎日、8階まで階段を昇降して散歩に出かけているということだ。

先日は冬道で派手に転倒していたが、骨折もしなかった。>‘@0@<

私は8階段を降りるのは経験したが、上るのはまだ未経験だ。

バイト先の階段を4階上がるだけで、疲れるし…。

戸建てから集合住宅に越してきた。

戸建てのときは「家鳴り」がひどいときもあったが、集合住宅の鉄筋でも「家鳴り」ってあるんですな。

音がすごいので、母が倒れたのか?と思って飛び起きたが、違っていた。

上の階の生活音とは違う音なので、「家鳴り」だと思う。

生活音もたまに響くが、騒音ではなく、人が生きている気配なので、安心を感じている。

ただ、新居にエネルギーがなじむまでなのか、母と私も眠くて眠くて
寝足りない。引越し疲れが今頃出ているのかもしれないが、眠い。

節分が過ぎたので、少し落ち着くだろうか。

それから、 風の強い日にどこからか、缶コーヒーの空き缶が3つ入ったゴミ袋がバルコニーに飛んできていたので、それを回収するため、バルコニーに出た。

私はそれが一番、怖かった。

 

ren

手相見歴30年以上、同じく天然石愛好家です。

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