この身体とともに

多くの方にご心配いただきまして、メールやご連絡をいただき、感謝申し上げます。

先日、体調が悪いので、行きつけの内科から、総合病院に紹介状をいただいて、診察してもらうことにした。

数値上は、確かに持病の数値を示しているが、私の訴える体調を完治させることはできないということだ。

私的には、数年前から体調が悪いので、ドキドキしていたのだが。考えてみれば、最初に診断された時から、波はあったが絶好調ではなかった。

結果、対症療法しか残っていない、と告げられた。

筋肉に痛みが出たら痛み止め。

倦怠感には、市販の栄養剤で対処し、ストレスを貯めないようにするしかない。

今の総合病院でできるのは、治療ではなくて、癌検査くらいしかない。ということで、終了。

内科的も気になる数値はあるので、これからは内科クリニックで診察を受け、今回の老母のように「異常値」が出たら、改めて総合病院で診てもらうこととした。

そして、将来的には治療を必要としないならば、地元の病院で養生することにする。

 (空に低空飛行のヘリコプターが周回していたので撮影)

私の体の不調は回復しない。

不調な体も私自身。

私の個性の一部、体の一部と考えれば、調子を見ながら、労わりながら暮らしていける。

それはそれでありがたいことだと思える。

実は私、数年前に知り合ったヒーラーから、ヒーラーエネルギーを伝授されている。

ヒーラーは自分自身を癒せないと聞いたので、今回は、もう亡くなられた有名なヒーラーさんにのエネルギーにすがってみた。宗教がらみではない。念のため。

その甲斐があったのか、甲状腺の半径ピンポン玉大の腫れはひいて、周辺の人も驚いた。

私も驚いた。医師にも原因はわからないという。推察だけ告げられた。「大きくなったり、小さくなったりするんですよ」

エコーの検査甲状腺は少し大きくなっていたけど、血液検査は異状なし。

腫れの半径はピンポン玉大ではなくなった。

あの腫れはどこに消えたのか。

確かに、周辺を驚かせた腫れはひいた。エネルギーの一部が溜まっていて、抜けたように。

オラクルカードで受け取ったメッセージの通りになった。

今回の老母の入院、私の体調不良。それはブログでも良く伝えている「運気の変わり目」を表していたのだろうと思う。

もっと、自分自身のエネルギーに目を向け、自分のエネルギーを体感する。

この身体と生きていく。

覚悟をもつときが来たのだ。

 

私の話

備忘録なので、記録しておきます。

8月末に、母の血液定期検査の結果、貧血の数値が出て、念のため、ということで再検査を受けることになりました。

同じ頃私は持病のせいか、体調がいまいちで、クリニックに数年ぶりに足を運んでいました。

待合室で、診察に呼ばれたその時、ちょうど母のかかりつけ医院からスマホに連絡がありました。

再検査結果に異状が見られ、専門病院に紹介してくれるという内容でした。検査結果は、ただならぬことを告げていたようです。

いっぽう、私は、十年以上前に甲状腺腫瘍で右葉を切除しており、残る左葉にも腫瘍が残っていて、年に1~2度検診を受けています。

その腫瘍なのか、甲状腺の左葉が急に大きくなってきて、わずかな痛みも感じたたため、母の検査をする総合病院で、診察を受けることにしました。

定期検診は3ケ月前に済ませていましたが、甲状腺にピンポン玉くらいの腫れが見られたからです。

検査の科は予約に空きがなく、診察は3週間後の予約となりました。

母が手術当日、私は病棟で手術が終わるのを待っていたころ、受診予定の耳鼻咽喉科の看護師から、病状についての確認の電話がありました。

私が受診予定の時は、母の、母の手術時には、立ち会っていた私に自分自身の病状の電話が、絶好のタイミングでかかってくるなんて。

そういうめぐり合わせなんだと思いました。

母の手術の後日、私自身の腫瘍の診察があり、念のため、エコー検査することになりました。

甲状腺の腫れに、私は、右葉の腫瘍のため、切除手術を受けた時の経験から、全摘を覚悟しました。 母の退院の後、私が入院となるかも。

また、老母の術後の容態次第では、要介護となるかもしれない。

その時はどうする?

心配事は考えるとキリがありません。

母の例もありますから、即入院といわれた場合も想定して、自分の入院用バッグも用意しておきました。

エコー検査の後、検査結果を聴くのも、科の予約が混んでいるので、1週間後となりました。

ところが! その1週間の間にですね、ピンポン玉の大きさだった甲状腺の腫れが、シュルシュルと縮んでいたのです。驚きました。小さくなるというより、しぼんだという感じ。

違和感を感じてからちょうど2ケ月ほど経っていました。

担当医も、「もともと腫瘍内部は液状なので、大きくなったり、小さくなったりするんです。血液検査も異常がないので、痛みは内出血していたからかもしれませんね」

「これから、大きくなった場合は、しばらくようすを見て、小さくならなかったら、針を刺して調べましょう! 」ということで、要経過観察となりました。手術も入院も、ひとまず無しとなりました。

安堵しました。

9月は母と私両方の病の検査、診察で、有休の半分を消化してしまいました。(汗)有休があってよかった!

この運の良さ(個人の感想です)、生かしていきたいと思っています。

ブログや、人様には言えなかったこと、それは神様(背後霊)への感謝や御礼は、神=紙 専用のノートにいろいろと記しておこうと思います。

あ、まだ持病の診察が1件残っているんだけども。

それは、後日。

母の入院 後編

母の入院について、最初に記したのは、先月の26日。

母の手術は24日、腹腔鏡手術で、行われました。

亡父も、大腸癌による腸閉塞が原因で横行結腸穿孔となり、緊急手術をしたことがあります。当時、父は60代後半。今回母は、四捨五入すると90。

母も開腹手術だったら、体力が~とか認知機能が~とかいろいろと不安です。

年齢も年齢ですし。

しかしながら 手術は予定時間よりも早く終了。術後も好調、ということで、予定より早く、術後1週間で退院となりました。盲腸なみか?

医学の進歩と最新治療技術の恩恵に浴して、老母は6日目から常食となり、帰宅後、シャワーを浴び、食事をし、今はテレビを見ています。

高齢なので、短期記憶はかなり怪しいのですが、それは年相応ということです。

びっくりだワ。

Youtubeで、直腸癌の手術を体験された方々の講演会を聴いておいて、いろいろと心構えとか、準備ができたことは、ありがたかったです。

これも文明の利器の発達のおかげですね。

退院前に、癌の再発率などの説明もされましたが、腸閉塞の危機から、一転、普通の食事が摂れるようになったことが本当に良かった。

5年後の再発の可能性よりも、1日、1日が天からの贈り物に思えます。

食欲も戻りつつあります。

けれど、手術前の健康状態には完全に戻ることは難しいかもしれません。

母の天寿も少しだけ先延ばしになった感も拭えないですが。

けれども、生きていてくれてよかったです。

異変に気づいてくれた主治医の医師、消化器内科、外科手術の担当医師の皆さん、看護師の皆さん、案じてくれ、サポートしてくれた友人たち、職場の皆さん、背後霊の皆さん、私や母に関わってくれたすべての皆さんには、感謝しかありません。ありがとうを100万回でも言っても足りません。

当たり前なことが、当たり前ではない日常であることを再認識できた、今回のできごとでした。

もちろん、ブログを読みに来てくださった皆様、本当にありがとうございます。ブログの更新もどうしようとかドメインの更新もどうしよう、とか考えていましたが、とりあえず、ドメインは更新しました。

母の入院が長くなりそう、と思って表題に1 とつけたけど。

2を持って退院となりました。よってタイトルも、前後編に改題しました。

ありがとうございます。

あと、不思議なことに、私の右腕で育てていた、福毛(8センチくらいあった)のも、母の退院の日に抜けていました。

私の運気、使い果たしたのかも。運気は自分用に少し残しておきたかったです。(汗)まだ、あるのか??明日はどっちだ?

 

 

母の入院 前編

気がついたら、もう9月も終わりです。物語でいうと佳境に入ってまいりました!的な気分な月末。

前回の更新から、2週間も過ぎていました。

備忘録なので記しておくことにします。

11日に、老母のCT検査結果を聴きに行って、急遽14日に、大腸カメラの検診をする、となって。

前日から検査食を食して、14日に検査に臨みました。

ところが! 内視鏡が入らないほどの腫瘍が、直腸にあると判明。

あれよあれよと、老母は緊急入院となりました。

いつ、腸閉塞をおこしてもおかしくない!状態だったそうです。

本人は、前日の検査食も絶好調で食し、当日の下剤2リットルも完全に飲み干していたので、衝撃を受けたようです。私もです。

不安げな老母を病院に預け、入院準備に自宅と病院を2往復しました。

いざというときのために、タオルなどは準備していましたが、細々したものが必要になるんですね。

不安でしたが、友人たちの、ご厚意に支えられて準備も進みました。

今回も周辺の方々は、私にとって天の使いでした。

シルバーウィークもはさんでいたので、手術日までは絶食となりました。

点滴のみの入院生活になります。

老母はもう80代後半、四捨五入すると90歳。

高齢での入院、手術、聞こえてくるのは不安要素ばかり。

介護生活の入り口に立っていることを自覚せざるを得ません。

亡父も大腸癌で緊急入院しています。どこかで見たような既視感もありました。

担当の医師は、30代。某ドクターXのキメ台詞は言ってくれません。(当たり前か)最悪を想定したことばかりの説明に、不安が募る私。

10日ばかりの点滴生活を経て、手術日が来ました。

☆彡☆彡続きます。

9月は健康月間

先日まで暑い暑いと、汗を流していたのに。

台風が過ぎ去り、一気に気温が下がりました。風は秋です。

私はこのブログに、「天使の現れ方」について何度か書き記しましたが、再び、三度、天使に遭遇しました。

我が家の老母ですが、かかりつけ医での定期検診に不穏な結果が出たため、先日、地元の総合病院に行ったんです。造影剤を用いたCTを撮影するためです。

検査は夕方からで、暑い日でした。

検査の帰りに母は病院の玄関前で転倒しました。

慌てました。仰向けに倒れている母の姿に驚きました。

でも母は何度か転倒しているので、頭の片隅では冷静な自分もいました。

昨年、転倒して右肩を脱臼したとき、お医者様から言われていました。「治すよりも、転ばないように注意してください」と。

そのとき、通りがかった看護学生さんたちが、「血が出ています、動かさないほうがいいです」と声をかけてくださり、脈をとり、止血して処置、対応してくださいました。

病院内に看護師さんを呼びに行ってくださり、看護師さんの判断で脳外科の救急扱いで診察していただきました。

結果、脳にも頭蓋骨にも異常なしで、後頭部を3針縫って帰宅できました。

コンクリに頭を打ったのに骨折なしか、ご高齢者にしては母の骨は強かった。

頭のケガって大出血する(に見える)んですね。聞いてはいましたが、目前で見ると焦ります。後頭部を自分で触れた母の手は血まみれでしたから。

私一人なら、もっとアタフタして行動も俊敏にできなかったと思います。ちょうど帰路についたであろう、看護学生さんたちが連携して処置してくださったおかげです。

脈をすばやくとってくださった看護学生さんは男性の方で「僕、看護学生なので」とテキパキ処置をしてくださいました。

本物の白衣の天使でした。

病院の案内の方や、看護師さんや、多くの方のおかげで、事なきを得ました。

ありがとうございます。

そして

昭和生まれの私が、驚いたことがひとつ。

縫ったその日に、頭を洗ってもいいですよ!と、お医者様から言われたことです。

さて、本日は老母の検査結果を示され、やはり直腸が怪しいということで、急遽、大腸カメラ検査することになり。
今回は2週間待ち、ということはなくて、幸いなことに月曜日に検査予定をいれてくださいました。結果を見てこれからを考えることになりそうです。

ま~、老親がいるとなんだかんだと次々起きますね。
今日は午前中、総合病院、午後 かかりつけ医 と はしごして、ちょっと疲れました。

おりもおり、私の健康診断でも要精密項目がでました。持病が原因と思われます。 それは母の検査が終わった後に対処することになるでしょう。
母と私、9月は健康月間で忙しくなりそうです。

傍から見たら大変ですね、と言われるでしょうか。

しかしながら本人は

どんな結果が示されても、それは、神様の計らいと思えます。

もとい、思うようにしている、のが正直なところです。

9月の思い出

まるで、鳳凰を思わせる雲。数日前に撮影。

私が生きてきて、今まで見たことのない大型台風が、本土に接近中とか。

975hPaで、「爆弾低気圧」とか表現されるのに、「925hPa」ですよ。

風速80メートルなんて、ピンときません。ちょっとした強風で傘がさせない時にも恐怖を覚えるので、接近中の地にお住まいの方々の気持ちを想像すると、胸が痛みます。どうか無事でありますようにと祈ることしかできません。

自然災害の前には、人間が作り上げたものが、脆く壊れてしまう。

せつないです。

2年前の今頃は、「ここ」にいるとは、想像すらしていなかった。

その日、夜中に大きな地震があり、それと知らずに寝ていた(汗)。

朝、友人からのLINEで停電を知りました。

同じ月に最後の愛猫を看取って、悲しむ間もなく引っ越しを決め、怒涛の年末年始。視聴していたEテレ「0655」の干支ソング、「おれイノシシだし」の歌が頭をグルグル。

捨てても捨てても荷物は減らず。

結果、ゴミもとりあえず引っ越してきました。(大汗)

捨ててきたものには郷愁がありますが、この2年、無くても生きてこられたなぁ。

年が明ければ、もう2年です。

手相見の仕事も、天然石の仕事も今年は、コロナ禍や内容に追われていて思うようにこなせていません。

10年前に夢で見た「10」の数字は予言だったのでしょうか。

体調がよろしくない日が続いて久々に検査通院したり、これからはも老母を連れて検査通院したりする予定。

私が、普通に暮らしていけるな、と思っていると、必ず 持病による軌道修正が入ってくる気がします。

「普通」の暮らしは予定にないのかも。

手相見が天職なのか。天職から離れると、健康で贖いを求められているような気がします。

昨日、夢の中で大きな天然水晶の杖を、だれかから渡されました。

自分を癒し、他人を癒すツールです。

 

酒もたばこも、暴飲暴食も控え夜遊びもせずに過ごしてきたが、持病が悪化していうのなら、それが、私の人生の予定通り。

お約束の寿命ということか。

持病と身体、なんとか共生していくことにしたい。

歳も歳だし、イレギュラーな展開があったとしても、たまにブログで近況報告できたら良いと思ってます。

読んでくださる方には感謝しかありません。

次からは有料(笑)

3年位前に、知人Z美から電話をもらいました。

共通の友人U宅にバイトに行った話でした。

当時、Zがバイトを探していて、U宅からお声がかかって数日、バイトに行ったようです。私は、良かったね、と話した記憶があります。ただ、Z美はバイトの内容よりも、環境になじめなかったと話していました。

長い話になりそうでしたが、すでに私のスマホの電池が切れかかっていたので、充電が完了したときにもう一度、電話をくれるようお願いし、いったん切りました。

共通の友人の悪口を聞けば、話の内容によっては、Z美のことを嫌いになるかもしれないし、Uのことも嫌いになるかもしれない。聞かないのが一番だと思ったからです。そのうちにZ美も冷静になるのでは、と思いました。

それきり、Z美のことは、忘れていたのです…。

ところが、3年後の今日の朝、Z美から電話がきたのです。

朝食準備中でしたが、Z美の名前が表示されたので、出ました。

そしたらですね、挨拶もそこそこに、3年前の話を始めるのです。

こちらの都合も聞かずに、一方的にです。

朝食の準備中、と話すタイミングを逃したので、スピーカーにして話しました。

3年前、U宅にバイトに行って、その環境がいかにつらかったか、まるで3年前から時空を飛び越えた、既視感です。

そのただならぬ口調というか、雰囲気に、私は、会話というより、「寄り添う」ことにしました。

もともと、Z美とは、そんなに深い付き合いがあったわけではありません。私が十年以上前に行っていたバイト先で知り合い、何度か食事したことがあるくらいです。

その時、思ったんですよね。

友人のランクというか、レベルが下位であろう私ごときに、日曜の朝7時過ぎに電話して、一方的に話してくるというのは、Z美が、今いかに疲れているか、辛かったか。

そういう私には相槌ぐらいしか打てないけれども。

私は、歌謡曲の一節ではないけれど「自分の悲しみを癒せるのは、自分自身だ」と思っているので、私にはなにもできないんですよ。

一方的に話されて、終わる、というのは手相見の身には少なからずあることですが、辛いことがあったときに愚痴の捨て場所としても必要なのかも、と思ったり。

ただ、Z美は、3年経った今でも、まだ、「辛いとき」に佇んでいるんだと思うとせつない反面、愚痴のゴミ箱の扱いをされた気もしないでもないです。

ただ、勉強にはなりました。

皆さん、私が愚痴を聴くのは友人だけです。それも一度だけ。

あとは、有料ですよ!!(泣)

昔、夢で、私は大いなる存在に時計の10時を指さされたことがあって、ずっと10時=10年と思っていました。解釈は自分の寿命または手相見の区切りが10年かなと考えていたのです。

どちらもまだ、続いているんですけど…。

夢に時間や数字が出てくるときは、日記につけて注意深くしています。

今はコロナもあるので、手相は拝見していないのですが、それもあり、運気の変わり目が来ているのかもと思っています。

最近 見た夢が

暑い日が続いています。皆様、お変わりありませんか。

先日、夕焼けの色が薔薇色だったので、撮影しました。

年を重ねて、眠りが浅くなり、あまり夢を見ない日が続いていましたが、このところ、続けて夢を見ました。引っ越しをする夢です。続いたので気になりました。

引越の夢は吉凶占うときも見ますね。

今の住まいは、住環境として気に入っているので、そんなにすぐ引っ越しするなんて、現実にはあり得ないのですが、夢の中では日にちが迫っていて焦っている。「引っ越し先もいい物件でいいのだけど、また荷造りするのがしんどいなぁ」とか考えている夢。

別の日の夢は、引っ越し先の天井に、立派な梁があって、それを見ながら、「こんな立派な梁ならば、ひもをかけやすいな…」と自死することをぼんやり考えていたりする。 (汗)

「死」も夢占いでは逆夢、吉兆なんですが。

そこで!思いたって、十数年ぶりに、持病の検査に郊外の内科医院に行ってきました。持病は治療法がないので、薬も処方されず、検査代も高いのでしばらく検査から遠のいていました。

しかしながら、このところ、更年期? 加齢のせい? と思って、やれ栄養剤だとか市販の薬でやりすごしていたのですが…。もしかして? 持病が悪化しているかも? なんて。

検査結果は来週です。

根治は難しい病ですが、せめて鎮痛薬が欲しいというのが正直なところです。

思いたって休んだその日に、先日受診した老母の検査結果が、かかりつけの病院から電話でありました。要精密検査。

本日、地元の総合病院宛の紹介状をいただいてきました。

これも来週。

良いタイミングでした。

う~む。自分の体調、老母の体調、検査その他モロモロ、2020年の後半はこうして暮れていく気がする。

ああ、引っ越し、といえば、勤務先の引っ越しもあるんですよね。

労働環境は良くならないという噂です。

この流れで行くと、運気も引っ越し…ですかね。

近況報告

残暑お見舞い申し上げます。

暑い日が続いていますね。

鉄筋コンクリート造りの集合住宅である我が住まいも、暑いです。

でも、風が吹き抜けるので、涼しい。8階なんで、他人様から、見られる心配もありません。

空を見ると、雲は秋の気配を感じさせます。
先日、郊外に遠出をして、ランチに連れて行ってもらいました。

食事に添えられていた花がとても綺麗なビタミンカラーで。

食した後に写真を撮影しました。

ハーブ関係のレストランだったので、食用花なのかも。食べてはこなかったけど。

 

今、お借りしているレンタルサーバーのSQLPHPバージョンの関係で、「アップデートしてください」なメッセージが常に表示されているのですが、サーバーが対応していない感じ?

ブログの移転も、初心者な私にはハードルが高い感じです。このブログを閉じて、新しく開こうか思案中です。今、周辺ではInstagramが流行っているので、写真を載せるだけなら、Instagramでも良いのかも。新しいブログにするか、引っ越しするか、時期をみて決めていきますが、

あるとき、突然、閉鎖!とならないよう、努めたいです。

 

しかしながら、更新頻度は落ちたとはいえ、このブログの開設意味は、依頼者への連絡も兼ねているので、、、、、、。

お盆中は周辺にこの世のものではない密度が濃くなった気がします。身体が重たく感じるのも、お盆だからなのかも。

今年の夏がひときわ暑く感じられるのは、マスク必須だからでしょうか。

旧居に比べると通勤距離は三分の一、なのに帰路は遠く感じてしまう。

これが、老化、というものなのか…。(汗)

今月は毎週末にバイトが入っているので、気ぜわしいです。

依頼者の皆様、お待たせしております。

たいへん申し訳ありません。

良い石と出会うために、

もうしばらく、お時間をいただくことをお許し願います。

 

パソコンの調子が…

皆さま、ご無沙汰しております。

パソコンの調子が今一つで、異音が響いたりして。冷却ファンが壊れかけている予感が。

で、ブログを更新するのもビクビクしています。新しいパソコンが欲しいと思いつつも、データの移行の手間を考えると、なかなか重たい腰が上がりません。

最近は、チャームや、護符を作っています。

上の輪のは名札用。

下の長いのはトイレ用の御守チャームです。

我が家のトイレには窓が無いので、つけることにしました。

アメトリンを使っています。

空に、人影を思わせる雲が。わたしだけ?

虹もきれいに見えるバルコニー。

手相を見る機会が激減しているのですが、暇があるようで、無いのはなぜでしょうか。

今年は、部屋の換気も欠かせない夏になるということで、思い切ってリビングと部屋用に網戸を購入しました。

引っ越した昨年は、網戸がなくても、そんなに虫に困ったことはなかったのですが、今年は春から大きな蜂や大きな羽虫とか、侵入してくるので、念のため。網戸って枚数が必要なので、出費が大きく感じるぅ。

ストーブも掃除をしてもらった。数年に一度で、

冬の暖房費は戸建ての時より半分になったから、まぁ、仕方ない。

夏至が来るまでに、やらなければならないことが、多い気がする。

コロナ感染の第2波に備えて、もうひとふんばりですな。