見えた?

写真は、メテオライト(隕石)のパーツです。

先日の水道メーターの検針で、「見誤り」があったことから、週に一度は水道メーターを自分で確認しています。細かいヤツです。

水道は、普段、使いたいだけ使っているけど、考えてみれば、そんなに量は使わないし、使い勝手が便利なことを考えれば、お安いのじゃないかと思っています。

自分で汲みにいかずとも、蛇口をひねれば、きれいな水が出て、量を制限されずに使えるって、幸せなことですよね。

亡くなった祖母がこの世で水が一番、安くて尊い。と話していたことを思い出しました。

もうすぐ平成が終わって令和の時代を迎えようとしています。

4月も終わりに近いというのに、私の住んでいる街では雪が積もりました。朝起きたら、雪国に逆戻りでした。

それでも、あちこちに積まれていた雪山がなくなって、我が家のリビングの窓から外を見たら、見えたんですよ。

祠?というかお堂というのか、小さなお社が近所にあるのです。存在を知ったのは、「ポケモンGo」で、ポケストップになっていたからなのです。ポケGOをしていて、今まで存在すら知らなかったお社を2つほど、発見しました。そのひとつでは、近所の倉庫の狭間に存在して、「こんなところに?」という意外性。

前を通ったら、祝詞も聞こえてきた。録音テープかもしれないが。一見したところ、井戸を祀っているようにも見えました。

今の住居に越してきたのは1月半ばで雪山で見えなかったのですが、つい先日、8階にあるリビングから見ると、お社、お堂の背面が、見えます。ちょっと驚いて、手を合わせましたよ。ありがたいことですから。

その社の延長線上にわが住居が存在しているのです。

越してきてから、寝室で、母が「丸い玉を見る」、「人の気配がする」と言うのです。

私は光の影(玉)を旅先の旅館で見たことがあります。

母は黒い玉だったというのです。黒い玉が動いて、部屋のカーテンの裏に入っていった、とか。

単純に夢を見たのではないかと思ったのですが、母の家系は霊感系ですので、この世とあの世の境目を見ることは、今までもありました。

母の部屋は社の延長線上にかかるようですから、なにかの通り道になっているかもしれません。

肩を押された、とも話しますが、怖い存在ではないようです。

ワタクシ的には母の認知症を疑っていて、注意深く観察しているのですが…。そちらのほうが怖い気もします。

昨年、引越しを決めてから、4月で半年、色々ありすぎて、なかなか落ち着きませんでしたが、大型連休で遊びに行かず、(行けず?)落ち着いて、たまっている天然石関係をアレやコレを片付け、手相見のデータを整理したいと思います。

それにしても10連休は長い!

お直しや、相談があれば、この連休中にご連絡ください。

まとめて石の発注など、相談や、その他諸々の返信をしたいと思います。

よろしくお願いします。

 

新居で怖かったもの

早いもので、新年を迎えて、1ヶ月が過ぎ、そして、転居して半月が過ぎた。節分も過ぎて、今日は旧暦のお正月だ。

私は、長いこと住んでいた家を離れてここに来た。

去年の今頃は、1月末に十数年ぶりにインフルエンザに罹患した。前回は、父が生前で、手術したときだ。忘れもしない。まだインフルエンザに世間の警戒が厳しくなかった頃。

インフルエンザで具合の悪かったわたしは、父の病状よりも、早く帰して欲しいと担当看護師に言ったが、「ここに居てください」と言われて、手術室の前の椅子に横になり、手術終了を待った。

昨年は、今まで私のインフルエンザには伝染したことのない老母まで罹患して、二人で引きこもって過ごした。最悪、二人とも下手をすれば孤立死するかも、と覚悟した。

その頃は、まだ愛猫のちいこも居たし、引越すなんてことは、まだずっと先の話だと思っていた。

ところが、9月末にちいこが急逝して、ペットロスになりかけながらも、思わぬ展開で転居の流れになった。

ヘミシンクをして、幽体離脱を経験したとき、私は旧居の窓にしがみついていたほど、旧居のエネルギーに囚われていたのだが。

部屋を見たとき、夢で何度か見た風景を窓から見た。

夢の中で、誰かに腕時計の時刻を示されたのは10時。

10年後の運気の切り替わりを示していたのかもしれない。確かに、体調を崩したとき、運気は切り替わっていた。

今を逃せば、絶好の機会はもうないだろう。

そう思って慌しくも引越しの準備をした。

2ヶ月に渡って、準備…ほとんど捨てる、捨てる、捨てる。昨年の私の一年を文字で表すなら「捨」。

引越し本番前に、新居に最初に持ち込んだものは、八角形の鏡と水晶の原石、そして愛用の iMac Flat Panelだ。

もう十年以上前のMacであるが、私にとってはパソコンへの入り口を開いてくれた愛機だ。HDにはたくさんの音楽が格納されている。

あんなに色々と準備をしたのに(本当は捨てるだけに注力したが)、新居に越してきたところ、テレビのリモコンが見つからず、汎用機のリモコンを買いなおした。テレビの正規品は、ボタンが多くて老母には使いこなせなかったので、シンプルなものにした。

母が愛用していたブレスレット二つも行方不明で、大騒ぎとなった。

身に着けていたはずなのにというが、ひとつは植木鉢から、もうひとつがなかなか出てこなくて、諦めかけていたところ、数日前、浄化用の水晶の上に出現した。

そう、出現 だ。私も何度も見たが、見つからなかったのに。

そして、トイレの棚に、私が人生最初に購入した水晶の原石が置かれていた。

私は 母が転居に当たり、「トイレの神様」の為に置いたのだろうと思っていたが、母は「(あの大きな)水晶をお手洗いに置くことは無いだろう」と言う。

私も母も、トイレに水晶を置いた記憶がないのだ。

これは、「マジやばい」のではないだろうか。私は戦慄した。

私も母もいつ認知症の入り口に経ってもおかしくない年齢だ。

二人とも、その水晶をお手洗いに置いた記憶がないという。

お手洗いにはちいさめの水晶のクラスター(群生)を置いている。

二人とも「記憶がない」ということをつきつめるのも、別の意味で怖いので、それ以上は追求しなかった。

もうひとつ言うと 一番、驚いているのは、老母がエレベーターが苦手なので、毎日、8階まで階段を昇降して散歩に出かけているということだ。

先日は冬道で派手に転倒していたが、骨折もしなかった。>‘@0@<

私は8階段を降りるのは経験したが、上るのはまだ未経験だ。

バイト先の階段を4階上がるだけで、疲れるし…。

戸建てから集合住宅に越してきた。

戸建てのときは「家鳴り」がひどいときもあったが、集合住宅の鉄筋でも「家鳴り」ってあるんですな。

音がすごいので、母が倒れたのか?と思って飛び起きたが、違っていた。

上の階の生活音とは違う音なので、「家鳴り」だと思う。

生活音もたまに響くが、騒音ではなく、人が生きている気配なので、安心を感じている。

ただ、新居にエネルギーがなじむまでなのか、母と私も眠くて眠くて
寝足りない。引越し疲れが今頃出ているのかもしれないが、眠い。

節分が過ぎたので、少し落ち着くだろうか。

それから、 風の強い日にどこからか、缶コーヒーの空き缶が3つ入ったゴミ袋がバルコニーに飛んできていたので、それを回収するため、バルコニーに出た。

私はそれが一番、怖かった。

 


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見えないもの

昔見たアニメで、滅びに面した超文明を有する旧人類が現在の人類に対して、「目に見えないものしか信じられない」と言い捨てるセリフがありました。

この世すべてに人智が及ぶものだったら、世界は平和かもしれませんがつまらないものだろうと思います。

想像するに、人類が皆、なにもかもが同じ考え方と感性を持っていたとすると、確かに争いのない平和が存在するかもしれません。その代わり、課題をクリアするという達成感を得られる機会は少なくなるでしょう。

平和と調和がとれた世界、楽園とは、そういう世界を指すのかもしれません。

本当の自分というのがわかっているようで、わかっていません。私の見ている風景が、あなたの見ている風景とは違うこともあります。

毎年、ゴールデンウィーク中は手相見の依頼が増えます。1年の前年比の7割は、ゴールデンウィーク終了迄でクリアされます。

 

今年は、手相見の機会について、同じ言葉を別々の方から、かけていただきました。

どなたも 私、「手相見 煉」という存在を、知ったのは数年前だった。しかし、手相を見てもらおう!と思いたったのは、つい最近だ というのです。

実は、手相見として料金を頂戴するようになってから、何度も何度も、うかがいました。

そして思うのです。

私と依頼者の間には不思議な時空間があり、そこを繋ぐ縁という力は繋がって、ここぞというタイミングで繋がるようになっているのだと。不思議な力を感じました。

昔、私を霊感リーディングしてくださったかたが、「背後の人(霊)が、つなげてくださったご縁ですから」と話していて、当時はピンとこなかったのですが、今ならわかります。

人生を生きてきて、人と人の縁が、どこでどう再度繋がってくるか、わからないと体験しました。昔、勤務先で冷たくされたり、辛く当たられたりした人と、自覚されないままで、思いもよらないところで接触している。それは、目に見えないもの である。

そんなことがあるので、「誰も見られていないから良い」という悪いことは、しないことです。それは、未来の自分、来世の自分のためです。

そして、善行も苦行も、自分自身の内なる神様には、まるっとお見通しということです。

それは、信仰に近いものかもしれません。信仰とは、字の如く、信じて仰ぎ見るもの。ここで信仰の対象とするのは、自分自身。占いをしたい、手相を見てもらいたい、そして将来は良いことがある。
それを信じて、動いてみてください。

封印していたカード

写真は、タロットカード。

20年以上前に購入しました。

普通のタロットと違うのは、図がイラストレーターの天野喜孝氏の手によるものです。

タロットカードというのは、「怖い」イメージがあります。

なぜにこのカードを買おうと思ったのか。当時ファンだった小説家、菊地秀行氏の「吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターD」シリーズのイラストを天野氏が描いていたからです。

今は閉店した街の書店で小耳に挟んだ、販売員同士の会話。

「お正月は、タロットカードが売れるから、多めに仕入れておいて」というもの。タロットカードは、安くても数千円しますからね。

お年玉をもらった女子高生が買いに来ていたんでしょうか。

タロットカードは正位置、逆位置で読み、正位置で出ても怖いカード「塔」「死神」「悪魔」などがあります。

私が、オラクルカードをすすめているのは、オラクルカードにはマイナスな表記がないからです。

恐怖で、読みが曇りません。

私も昔カードをしていたとき、「相性が合わないようです」と霊感リーディングされて、「そんなものかな」と思いながら仕舞いこんでいました。

面白そうなタロットカードの本を見つけたので、

今はそのリーディングしてもらってから何年も経っているし、違う読み方ができるかもしれないと思いました。

オラクルカードで読み切れない行間を、タロットカードで読んでみよう、と久しぶりに占いました。

たくさん「塔」、「死神」、「悪魔」、「月」なんて出ましたよ。(汗)昔は怖いだけだったカードですが、流れを読み解くと、良い運気を告げている場合もあるとのこと。

これも背後霊とつながるには良いアイテムだと思います。

今読んでいるタロットカードの本が面白くて、違う読み方ができるかもと、思っています。

今のところ、「大アルカナ」のみで、大三角形の秘法(写真)、そのほか、二者択一展開法を使っています。慣れてきたらケルト十字展開法でも読めるようになりたいものです。

ポケモンGo歴1年半以上のワタクシ、レベル35半ばに、はじめて色違いポケモンをゲットしました!

 

天使の現れ方1


長いこと、ブログ記事を書いているので、もしかしたらば、過去の記事と重複する部分があるかもしれません。

でもまとめとして書いてこうと思いました。

思い立ったら、記しておかないと、すぐ忘れてしまう、そんなお年頃なので、ご容赦ください。

この世に神様、天使が存在すると信じている、と言ったら、私の頭が変になったとか、ヤバイやつだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

私が、見た(感じた)天使、神様と言っていいかも、という存在を感じた時の話です。

私は人生に一度、まさしく天使が現れたのを感じたことがあります。

話は長くなりますので、数回に分けます。

 

今から18年ほど前です。(月日の流れるのは早いわ~)

亡父は若いころから関節リウマチを患い、近所の病院に長い間通院していました。今ほど良い薬もなく、治療といえば、痛みや炎症を抑える薬を投薬されるだけです。

また、亡父自身も、病に対して己自身を労わるというか、節制もしない性格でした。

今から思い返すと、すでに、糖尿病も始まっていたと思います。

父は早朝に出た庭先で転倒し、伏していたところを、幸い、ご近所の方に助け起こされ、玄関に運ばれてきました。

意識はありましたが、動けません。足を骨折しているようです。

人生初の救急車要請。救急サイレンにご近所の方も出てきます。

救急隊員の話では、右大腿骨を骨折したようでした。

何年もお世話になっている近所のかかりつけの整形外科病院に、救急隊員の方が連絡してくれました。

院長からは、

「大腿骨を骨折していた場合は、看護者が必要になる。当院は完全看護ではないので、総合病院に行った方がいい」との返答でした。

しかし、母が近所の病院でないとダメだと譲らず、無理を言って病院に運んでもらい入院となりました。

けれども、入院してから面倒なことになるとは、

神ならぬ身の知る由もなかったのです。

「天使の現れ方2」へ続く

天使の現れ方2

今日の話は、「天使の現れ方1」からの続きです。

無理を言って、近所の病院に入院した父ですが、右大腿骨骨折で、自然治癒には時間がかかるとの診察結果。

高齢者(当時65歳)だったことから、股関節の部分を人工関節に置換する手術を受けることになりました。

主治医の先生は、自分のほかに院外に応援の医師を依頼してくれました。手術までの数日間、骨折した父は、当然、寝たきりです。

母が介護に付き添いました。しかし、父の性格や、介護に不慣れな母は、排せつの介助がうまくできず、喧嘩してしまったのです。

母はすぐに、お手上げとなり、「総合病院に転院させてもらいたい。もう介護はできない」と私に言います。 母の介護がなければ、長期になるであろう入院生活は、無理です。

私は院長に、転院をお願いしました。

当然ながら院長は激怒しました。

そうですよね。救急車からの依頼に「完全看護は無理」と言って、断ったのに、無理を言って入院させてもらったのは当方です。

ですが、しかたありません。「お願いします」と頭を下げました。

「応援の医者も頼んだのに。転院の書類も書かない。手も貸さない。今すぐうちの病院を出ていけ」と言われたのです。

父は大腿骨骨折で、歩けません。それでも

「転院に救急車は使えないぞ。すぐに出ていけ」と院長は繰り返します。

母は「父の介護はできない」と繰り返し、父は「院長先生に謝れ」とこれまた激怒して私を責めます。

そのうえ、院長から指示された看護師さんからも「早く出て行ってください」の四重奏です。

仕方ないので、院長に再び、頭を下げました。

「先ほどは申し訳ありませんでした。父が先生にお願いしたいというので、手術してくださいませんか」

個人病院の院長は、王様です。一度怒った気持ちを収めるのはかないませんでした。

「病院を出ていけ」「早く退院してください」「院長に謝れ」「もうお父さんの介護は無理」という声。気分は四面楚歌です。

今なら、地元の役所に電話して相談するところですが、当時はそんな知恵も知識もありません。

困り果てた私は、地元の総合病院に足を向けたのです。

天使の現れ方3」へ続く

天使の現れ方3

この記事は

天使の現れ方1

天使の現れ方2

の続きです。

転院を希望して、入院先の院長、入院当事者の父に責められてしまった私は、地元の総合病院に行きました。

当日は、総合病院の受付時間が過ぎていて、急患用の受付応対の職員の方がいらっしゃるだけで、閑散としていました。

総合病院の整形外科は、主治医の紹介状がなければ、診察もしてもらえません。

どうしたものか…と受付窓口前をうろうろしていたところ、受付の女性が声をかけてくださいました。

私は正直に、いきさつを説明しました。

受付当事者の立場になって考えると、面倒くさい話だと思います。

でも、彼女は担当科に連絡をしてくださり、言いました。

「救急の新患として、来てくだされば、対応いたします」と。

四面楚歌な気分だった私にとって、それはまさに天の声でした。

さっそく父の入院している病院に戻りました。

戻ったとたん、再び院長から「いつ出ていく?早く出ていけ」と言われ「父からは「早く謝れ謝れ」と責め立てられます。

私は、「わかりました。先生、退院します」と頭を下げ荷物をまとめることにしました。

そして、タクシーの後部座席に父を寝かせて、総合病院へ連れて行くことにしました。

いざ、退院する、と告げ、タクシーを呼ぶと看護師さんは「これで、転院するのですか。大丈夫ですか」と不安げな表情です。

その時の私の心の声

「しかたないだろう!私は免許ないし、出ていけと責め立てているのは、院長だし」

父には、「多少、移動中に痛みが出るかもしれない。我慢してね」と伝えました。普通、ここまできたら返事は「うん」とか「任せる」って言うと思うじゃないですか。そこが大事でしょ。ここまできたらさ。

でも父は一言「ばかやろう」と罵声を浴びせてきました。事情の知らない傍から見たら「鬼娘が、父を無理に転院させている図」ですよ。(遠い目)

まぁ、父に感謝の言葉は期待するのは無駄。亡くなる間際も「私になにかいうことはある?」と尋ねたら「ない」と言い切った男です。

タクシーの運転手さんに心づけを渡して、手伝ってもらい、父を後部座席に乗せました。母は座らず、足もとに屈み、私は助手席へ…。

いざ、出発するという時、院長先生から、診察室に呼びつけられました。

院長先生は、転院に必要な書類をまとめて、渡してくださいました。

私は、「ありがとうございます」と言うのが精一杯でしたが、院長は「ここでいうのはお礼じゃない。ご迷惑をおかけしました、だろ!」と吐き捨てるように言いました。確かにそうです。院長先生。ごめんなさい。

そうして、父は、総合病院に移り、手術しました。

次は最終です。

天使の現れ方4(最終)

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この記事は、天使の現れ方3の続きです。

その他の記事はこちら。

天使の現れ方1

天使の現れ方2

父は総合病院に受け入れてもらい、無事、人工股関節の置換手術をしました。

検査の結果、糖尿病を罹患していました。整形外科を退院後は、内科に入院加療となりました。長期間の過量の投薬の後遺症も出ていたので、薬を減量するためです。

内科を退院後、1年後に突然、腹部の痛みを訴えて、受診しました。

主治医はレントゲンに写る、わずかな白い影から、腸に穴が開いていると判断して、CT検査に回され、結果、即日、緊急手術となりました。

この時も、担当内科医の眼で、腹膜炎を起こす寸前で、父は助かりました。

この診察時、処置室で横たわる父の手相を見たことがあります。

あらゆる線がしっかりしていて、枝線がない。運命線と生命線の流れから今すぐ亡くならないと判断しましたが、手相の線が、直線で、構成され、なにものにも煩わされないことを表している相でした。

思わず吹き出してしまったほどです。

外科手術の後、腹痛の結果は、大腸癌による腸閉塞が原因の腸穿孔でした。薬の副作用で、痛みを感じにくくなっていたため、自覚症状がなかったようです。その手術から数日後、縫合部分と別の部分に穿孔があり、再手術。父は人工肛門となりました。

父はお酒も煙草を辞めなかったので、3年後大腸癌が肝臓に転移して再発、2年の闘病を経て70歳で亡くなりました。

緊急手術をしてくださった外科医には、父が亡くなるまで、大変お世話になりました。

幼いころから病弱でしたが、特に60歳以降は手術が多く、闘病の晩年でしたが、父は自分の好きなように生きた人だと思います。

本人は、自分より不幸な人間はいない、と思っていたようですが、私から見れば、誰の言うことも聞かずに自分の人生を全うした、運のいい人です。

父はあの時、転院して、その後、大腸癌の治療のために人工肛門(ストーマ)装着となったときに私に対して「あの時、死んでいればよかった。余計なことをしやがって」と散々責められましたよ。

今回、ピンチな私=父 を救ってくれたのは、総合病院の受付にいた女性です。

彼女が、声をかけてくれなかったら、どんなことになっていたか、想像もできません。責められていたのは2日間ほどでしたが、心配事で食事が喉を通らないという経験をしました。

最初に救急車で運ばれた病院の院長は、地元では頑固で知られていた方でした。今は、院長の高齢で廃業されています。

うかつなことに余裕のなかった私は受付の方の名前も、覚えていません。

このことを思い返すとき、天使、天の御使いは、人の姿を借りて現れたと思えるのです。

天の意志や慈悲は、神々しい光、荘厳な音楽に包まれて、仰仰しく現れるわけではなくて、周りの人の行為や心に現れるのだと。

それは、私や誰かの中にも現れて、自分でも思いもよらなかった行動や言葉を告げるときにも、天の力が働いているときがあると知るに至るのです。

父の亡くなった同じ年に、今度は私の手術が続いて、気持ち的には「ああ~(嘆き、驚き、ため息)」っという感じでしたが、今思うと、手相見に自信を持つきっかけになり、また今いる道に導かれていたような気がします。

やはり、私の周りにいる人々の中にも、天の働きがあったような気がするのです。

「天使の現れ方」終



1月のエネルギー

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なかなか更新できないまま、今年の1月は行ってしまう。

このままではせっかくブログを開いている意味がない。備忘録代わりにつれづれをつづっておくことにする。
1月のエネルギーはなんというか、重たい感じで、私の気持ちを異次元の淵にひきずっていくようだ。
このままではいけない!様々な落ち込みの要因にひっぱられっぱなしではいけないので、気分転換。気分転換に効果的なのは、習い事だ!「ペン習字」を習うことにして良かった!自分の性格や根性は変えるのは難しいが、ペン習字は、無心になって自分の書き癖を直していく作業だ。
不安にフォーカスすると、不安な事象を引き寄せてしまうというから、その間に心を空っぽにするというか、意味は違うが瞑想に似ているかもしれない。
今は美文字ブームだというから、書店に行けば安く「美しい文字の書き方」類の本が並んでいる。なのになぜ、通信で習おうと思ったか。

それは課題が有り、講座内で、級位を認定してくれるというので、決めた。締め切りもあるし、練習はしなければならんし、気ぜわしいけど、ゴール(1年先)もあるし、いいんじゃないかなって。

美文字というか、基本を知れば後は自分なりの字が出来上がっていくんだろうと思う。
文字は、丁寧に書いてくれれば、相手に伝わるが、癖が強いと、読みづらい。読みづらければ、伝わらないこともある。
知人に、丁寧に書くけれど、癖字が強い人がいたので、今回複数の方に、「一緒に習わない?」と誘った。そのうちの一人は諸般の事情で今は余裕がないという返事だった。
…その想いは私自身と同じだった。 余裕がないから、忙しいから、と先送りしていたことの一つが、美文字への挑戦だ。その返事にはっと気づかされた。これは、背後霊のお告げだ!(都合の良いことはなんでもお告げだ!!(笑)

そうだ!余裕がない自分に余裕を作るために、小さな目標を設定しクリアし、達成感を得るというのもいいんじゃないか。はじめての課題提出の出来は、ひどいものだった。練習したけど、提出用紙は1枚きりなので緊張のあまり、ヨレヨレ。しかし、緊張してヨレヨレな文字が自分の実力だ。級位も最下位からのスタートになるだろうが、私は自分の中の小さな何かを壊すところから、もう一度積み上げていくものを得たいと思っている。

性格や頭の出来はすぐには直せない。小手先から始めるのだ。

恥ずかしながら、書きづらいと感じていた文字は、書き順を間違えていたことが判明。

書き順の確認に、お世話になっているサイトはこちら。

◆書き順

そんな矢先、私はすごく、リアルな夢を見た。それは、友人の死を知らせる夢だ。私は驚いた。夢の中で、メールをもらい、死亡の経緯は新聞の記事で読んだ。

翌日、夢の意味を調べると、それは逆夢(さかゆめ)であり、再生と開運を意味する内容という。そうだろうか。私は夢見た相手に久しぶりにメールをしたところ、開運の兆しを示す返信をいただいたので、安堵している。この手の夢は、夢見た相手と夢見た自分にかかわる運気も示しているというので、ちょっと期待している。

1月のエネルギーは私にとって重たく、氣ウツな雰囲気に満ちていた。府負のエネルギーはアンテナ(髪)に寄せて、洗い流して消し去ることにしている。すごく重たいエネルギーの渦が、2月に向けても続きそうだ。

こんなときは、お香で邪気を祓い、2月の節分で祓うのが一番。

恵方巻もお忘れなく。

そして、余裕がない人へ。余裕がないと思って心配事を考えている時間が増えていたら、無心になれることをやってみてほしい。極端な話、クロスワードパズルでもいい。少し、心配事でいっぱいな思考の隅を白くして、「思うだけはタダ」なんだから、楽しい妄想を挟みこんでみよう。

いろいろあるから人生なんだけど、そのいろいろは、転んでも自分の糧にしてしまえるほど、年齢を重ねてきましたからね。

せめて、他人に書く手紙の内容は、明るい話題とまではいかなくても淡々としていたいと己に戒めています。

最近、チャームや、直しで忙しいですが、コンパクトカメラの照明に使っていたLED電球のコンセントが壊れてしまって、綺麗な写真が撮れていません。

それと、これも知人の紛失したという石が、1ヶ月くらいを経て、突然、現れた。意外な場所から。すっごく驚きました。いや、普通にあることなんだけど、久々なので驚いたというのが本当か。

出現した場所では、前日、私も仕事をしていたのだが、影も形もみなかったのに。石は、異次元を旅するんです。

物質が突然現れた!という不思議な話が満載なのは、スピリチュアルな発明家 政木和三 氏について記されたサイトです。

政木ワールドへようこそ

ある夜の話

雪がちらちら降る季節になりました。

天使の羽

天使の羽

ちょっと気になる話をさせてください。数年前の話です。床についてから眠る前に、本を読んでいたんですが。深夜、といってもまだ午前1時前頃のことです。

窓の外で大きな音がしたんですよ。重い音というか「ドシン」「ズシン」という音です。こんなご時勢ですから、お隣さんになにかあったのか?と思ってカーテンを開いて窓から外を見ました。息を殺して耳をすませます。

「ズシン」という音が、不定期に響くんですが、今まで聞いたことのない音です。記憶にある音を探しますが、地を掘るボーリングの音に近いかもしれません。田舎ですから地下鉄の工事もありませんしね。

空を見上げても、隕石が落ちてくる気配もないし。古い水道管の交換工事に、ドシンなんて響く重機を使うのかもなぁ。

腑に落ちないまま、眠ったのですが、先日、同じような音を聞いて、「あ、前にも似たようなことがあったな」と思い出しました。

周りにそういう音を聴いたという人もいませんし、母に尋ねたら(母は耳が不自由です)「あの世から響いているんだよ」という返事でした。

もしかしたら、自分にだけ、聞こえた音なのかもしれないなぁ と思った次第です。この世とあの世の扉が開くとき、音が響くのかもしれません。

話は変わりまして

今月は、母の白内障の手術があり、落ち着かない月でした。入院はせずに日帰りを選択しました。地元の眼科医院は人気が有り、およそ半年待ち。やっと先週、無事に右目の手術が終わり、今週、左目の手術です。

日帰りで眼の手術ができるなんて、医学の進歩には驚くばかりです。

 

手相見をしている人間としては、幸せの探査は怠れない。

直感のお告げがあれば、できることから試します。

数年ぶりに、敷き布団を買い換えました。私は布団派 というかベッドを置くスペースがないのですが。年齢が年齢だけに体調もよろしくない日が続きました。あるとき、風水でも運気を上げるには、寝具を変えてみるのも手っ取り早い、という記事がありまして行動。

お値段以上!のお店で購入。マットレス不要の敷布団。両面使用ができて、お好みの固さの面を選べる優れものです。快適!1万円弱で幸せが手に入りました。

手相見を始めた頃と今の私の外見で一番、違っているのは髪の毛の長さです。これは、髪の毛を伸ばして、切るということで、邪気祓いもできる、と思っているのですが、良いシャンプーと出会えたことが大きいのです。

お値段も手ごろで、髪にも良い。定期購入を選ぶと送料無料。思い切って購入して良かった。

開運の行動をするとき、今までの自分と違ったモノ、ことを選択するようにしています。小さなことからでかまわないのです。今までの自分だったら、渋っていたこと、躊躇したことを選択してみます。少しずつ、自分の行動を変更して行くことにしました。自分自身の直感を信じて行動します。

あ~、もうそろそろ年賀状の準備の季節。今年は「日本の神様カード」でも使おうかな?それとも何か他のオラクルカードにしようか思案中です。