南の空に一条の光が

天空の光
天空の光

西暦2009年10月28日 16時18分、ふと見上げた

夕暮れ迫る南の空に

一条の閃光が西の空に向かって伸びていた。

ちょうど、買い物を済ませ帰宅途中だったが、バッグの中をかきまわし

携帯のカメラを起動して撮影した。ズームを使って見たかったが

慌てていたので叶わず。コントラストの調整は、パソコンで少々してみた。

滞空時間は2分以上あったと思う。

撮影を終えて、閃光が消え、光の珠となって西の空に消えるまで

30秒はあったと思うから。

飛行機音がなかったし、滞空時間を考えると

隕石または人工衛星の落下と思われるが

その美しさといったら、なかった。

今日ほど携帯にカメラがあって良かったと思ったことはない。

20年以上前に

東の空にレンズ雲が何層にも重なっているのを見たことがある。

この世のものとは思えない、まるで天空の神殿を思わせる雲を

当時カメラを持っていなかった私は記憶に焼き付けた。

今は、こうしてカメラで記録することができる。

たとえ、この光の実体が

飛行機でもロケットでも人工衛星でも未確認飛行物体でも!

一生に一度、見られるかどうかという

それはそれは見事な光景で、これは幸運だと思う。

 

アニメやドラマでは、なにかの始まりさえ予感させるシーンではないか。

 

いいものを見させていただきました。

神さま、ありがとう。

 

 

なんちゃって手相見

なんちゃって手相見、手相見度は25パーセントです。

これは、口約束がほとんどで、具体的に拝見するに至っていない割合です。

だから、なんちゃって手相見。

手相見とブログタイトルにつけてはみたけれど

実際、依頼主の話を書くわけにもいかないことが多々あります。

 今まで書いてきたのは個人的見解とか、時効というか10年以上前の

体験談がほとんどです。

 見料をいただくということは、プロとして誠実に拝見しています。

無料で見ていたときは個人的に「ちょっと違う」「そういう考え方はちょっと」と

スルーしていたことも、プロであるなら依頼主の立場を考えて運気を読みます。

真剣です。

 ときには罵声をあびたり、批判されることも覚悟しておかねばなりません。

依頼主のために、と思って述べた意見もすんなり受け入れられる場合ばかりでも

ない。

なんちゃって~~だったころが懐かしい気がしますが

わたしの見立てにお代を支払ってくださった方がいる以上は、辛くても苦しくても

自分の見立てを述べていくしかありませんね。

さて、

占星術で、土星が私の星座にやってきました。

30年に一度の変革期。

これから2年半は、自分が築き上げてきたものが評価される、

あるいは方向転換するによい時期だそうです。

 

 

幸運のイメトレ

今日、届いたハガキ。

以前、手相を拝見した方からであった。

「見ていただいた年に出会いがあり、言われた年齢に結婚しました」と

書かれていた。

 私は、見た相手のことは、言ったそばからおぼえていないが

こういうお葉書をいただくと、素直に嬉しい。

私は、タイミングを読んだだけで、その縁を掴む掴まないのは

本人の自由だと思っている。

実際、手相を見た瞬間から「先を読む目」は開いているので

本人に、楽しいことを掴む気力があれば、幸運は目の前に現れる。

幸運は、一見不幸の姿をまとってやってくることもある。

人は、未来を知りたいと思ったときから、未来を作る力も宿している。

未来を考えたときから、生きる力が宿っているはずだ。

 だから、結婚したのは本人の力であり

「想定内」なのだ。

 どうせなら、嬉しいこと、楽しいことをどんどん考えてもいい。

考えるだけなら、お金も手間もかからない。

その波動が、周りを幸運に巻き込んでいくと思う。

磨かれて丸くなる

私の誕生日はとうに過ぎているが

友人から、お祝いのケーキが届いた。

 年齢も重ねると、誕生日なんて無感動というか

また年をとってしまったなぁなんて考えることが多くなってきたが

友人に「忘れていた~!!お祝い!」と言われると、やはり嬉しい。

 また、友人は自分も大変なことを抱えているのに、ケーキに贈り物まで

用意してくれた。

 感謝、感謝しか言葉がでない。

 

私には長い付き合いの友人が多いが、それはきっと相手が

私の気持ちを察して対応してくれるからだと思っている。

 つらいとき、苦しいときには、黙って佇んでいてくれる。

決して無理にこちら側に立ち入ってこないし

口をこじ開けることもしない。

だけど、困ったときは手を差し伸べてくれる。

 ありがたいと思う。

 

それに比べて自分はどうだろう。

友人に対しては誠実でありたいと思っているが

その想いが汲んでもらえない、察してもらえないこともある。

そんなときは その場を立ち去ることにしている。

 無理をして友人でいることもない。

もしかしたら、友人ではなくて知人だったから立ち去ろうと思えたのか。

 

行き違った思いは仕方ない。

同じ立ち居地に立っても見えないこともある。

 

あなたの言葉で傷ついたのは、わたしの勝手。

でも、あなたの言葉があったから、今の自分がある。

あなたという存在に磨かれて

私はここにいる。

 明日には、ちょっとだけでも進歩しているはず。

 ありがとう。

そうやって数年前に疎遠になった数人の友人の顔を思い出し

今も幸福であるようにと願い、祈る。

 

昔ほど、つらい気持ちにならないのは、きっと心が傷ついて

磨かれて、やや丸くなったから?

うう~ん、耐性がついたからかもしれない。

年を重ねるってそういうことかも。

 

探し物を見つけて

ブログもそうだけど、ネットは世界とつながっていて

とても便利になりました。

 昔、耳にして、タイトルがわからないけど気になる曲を、ひとつふたつは

皆さん、お持ちではないでしょうか。

 パソコンが普及していなかったときは、レンタルCDで目当ての歌手のCDを

片端から探して見つけたり。

 

 杉山清貴さんの「奪われた倦怠(アンニュイ)」

 バブル景気の只中に発売された名曲。

 杉山さんの透明な歌声で、大人の恋を都会の夜景を思わせる詩が

漫画のようにコマワリで脳裏に浮かぶ、いい歌です。

 

あるいは、新録版で発売されたCDを買ったりして探していました。

 宇崎竜童さんの「欲望の街」

 大昔の映画、「白昼の死角」というピカレスク映画の主題歌でした。

 愛と裏切りがテーマのせつないバラードです。

 都会って怖い…子供ながらそう思ったもんです。

 5年ほど前に新録で再発売されたとき購入しました。

 

今は、ネットで数少ない手がかりをもとに検索すると、見つかるんですねぇ!

 そして、有名な作曲家

久石譲さんが作曲して歌っていた昼帯ドラマの主題歌「冬の旅人」も

見つけてフルで聞けました!!

 

感激したのはこの一曲

数年前…10年くらい前?

国営放送の「夢用絵の具」?という番組のテーマ曲。

虹の地球(ほし)

辛島美登里さんの透明な歌声と、スピリチュアルな詩に癒される

名曲です。

まるで、探し続けた想い人を見つけたような、そんな嬉しい一日でした。

探していた曲に、こんなに早くめぐり合えるなんて

10年前には考えられなかったですね。

歌は不思議。

聴いていると、そのときの思い出が浮かんできて

癒されます。

 歌のある星に生まれて感謝します。

 

 

色に例えてみると

先日は、私の誕生日だった。

友人が、ピアスを贈ってくれた。

葉と花をモチーフにしたアメジストとプラチナのこぶりで素敵なデザインだ。

 

友人は、「わたしの煉さんのイメージはピンクだったのだが

子供たちに聞いたら、グリーンか青、紫という話だった」

 友人のお子さんには数年前にお会いしたきりだが

他人様が私のイメージを色に例えてくれるというのは新鮮だった。

 

 ピンクなんて、若い頃は苦手だったが、この年齢になるとピンクは

若さの象徴だ。見ていると楽しい。

 オーラリーディングでも私は紫に近いピンクの色と言われたし。

去年の今頃は、青いオーラだと言われたが…。

オーラの色は日々変化するらしいので、精進したい。

曇ったりしないように。

 先日、あることがクリアになって、私は自分の内面が少々変化したと

実感した。

これを成長と呼ぶか、どうかは後々のことであるが、気分は予想以上に

すっきりしている。

 

色には、パワーが宿っている。

色を用いた治療法や、商業心理学などがあるが

最近の学説ではピンクは女性のお肌を綺麗にする効能もあり

ピンクの下着を着ると肌が若返るとも言われている。

赤いパンツ健康法も昔、流行ったな。

 

 私が他人様から贈られるアクセサリーの色は、青と緑が圧倒的に多い。

これは、人から見てわたしのイメージの色がそうなのだろう。

自分的にはオレンジか黄色だと思っている。

 人間、誰しも一面体ではないので、

あなたから見えているのが、その人の全てではない。

自分の色を他人に例えてもらうのは、案外楽しい。

 

合う、合わない、部分的に合うが、ちょっと合わない。

どうでもいいとか。

だから、面白い。

 

 

LASTの意味は

0655大田吉
0655大田吉

この連休は珍しく、暇というか予定も立てていなかったので

ストラップを作成したり、

古本屋や書店を巡ったりして、密度の濃い連休だったと思う。

そのうち、昔読んだ書籍を見つけて、当時を思い出した。

 

昔、パソコンでメール、なんて夢にも思わなかった学生時代

メールは本当に文通だった頃、

疎遠になった友に、手紙を書いた。

文面の終わりに、

「LAST LETTERです。返事はいりません」 とつづったが

 

友は返事をくれた。

「LASTには続くって意味もある」

文面にはそう書かれていた。

私は「え~!!」と辞書を引いた。

…LASTには続くという意味があった。

友のほうが学力があったので、当然な返信だったと言える。

それからも、頻度は落ちたが文通は続いたと記憶している。

 

終わりは始まりで

始まりは終わりである。

そして、切れたようで、絆や縁は続いているのだ。

 

今はつらいことや悪いことがあっても、それは幸せや良い事へ

続いている。

あのときの切ない思い、辛いこと、納得のいかないことが

あったから、あがいて、もがいて

今の自分の立ち位置があるのだ。

だから、後悔はしてもいい。

それを糧として、前に進む気力を失わない。

愛することは、放すこと

昨夜から、大型台風18号が接近して、天気は大荒れ。

朝は、カッパを着こんで出勤するも

風の強さで580円で買った雨傘の骨が曲がってしまった。

 

最近、上流に滞っていた事務仕事が一度に流れてきたので

気分的には忙しい。

手相見度は先月よりは、ぐっと下がって25パーセントくらいと思われる。

このままではブログタイトルに偽りあり?か。

いつのまにか突然、タイトルが変わっているかもしれません。

元・手相見 とか…ね。

ストレス、なにが溜っているのか。

溜っているというか、波長が変わってきているというか、浄化の過程なんだと

思うのだが。

波長の合う、合わないが明確化されてきた気がする。

人間関係もそうだ。

 

最近は、悩み相談のメールもちらほら受け取るようになった。

真夜中にメールが着信しても

穏やかな着ボイスなので気が付かないで眠っているときもあるし

好きな俳優さんの声なので、過敏に反応して目がさめることもある。(^_^;)

 

さて、人間関係に関する悩み相談について。

相談には答えるようにしているが

なにせ、とおりすがりの手相見であるからして、ベストアンサーとは言いがたい。

 

でも

他人がどう思っていようがそれはたいしたことじゃない。

自分の気持ちを大事にして欲しい。

 

しかし、自分中心の考え方にこだわって、相手の気持ちの機微に

鈍感にならないように。

ときには、答えを性急に求めるより

そっと黙って距離をおくことが大切なこともあるのだ。

相手を追い詰めて、口をこじ開けたりするのは

利口な方法ではない。

口にすれば、後々後悔することもあるからだ。

 

わかっているのに、確認するなんて、傷口を広げるようなもの。

そっと黙って佇んでいるほうが

相手をラクにしてあげることにもなるし、時間を経て考えが変わることも

ある。

昔、読んだ心理学の本に

「愛することは、放すことだ」という文があった。

 

本当に相手を愛しているなら、相手の自由を奪い独占するよりも

相手のためを思って放すことができるのだ。

という意味だった。

 

愛されることを求めてばかりいる人に、ならないように。

愛すればこそ、手放すことができる人間になりたいと

日々思っている。

 

連休は、年末に向けて、大掃除ならぬ、部分的に小掃除をしてみようか。

たまったメールも返信して、たまっていたノートも整理してみよう。

本屋でぶらぶらしたりして。

なによりも溜ったストレスを浄化して、リラックスして過ごしたい。