忘れるという幸福

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日中の風がとても温かく、春を感じた一日だった。

古いものを整理していて、ふと思ったことがあったので、記しておくことにする。

子供の頃、私を苛めた同級生、私を貶めて叱責した教師、石をぶつけてきた上級生、

嘲笑した同僚、仕事を妨害した同僚…書きだしてみるとしょうもないくらい、色んなことに遭遇してますな。

でも、人間なんて、されたと同じくらい、他人にもしているものだ。。。し(と思っておこう)

お互い様ということで。

若い頃は、覚えていたはずの、相手の名前が思い出せないことに気がついたのは、最近のこと。

顔さえ、いつの間にかボヤけていた。

…加齢による記憶障害かと思ったけれど、もう恨むことも、ないから、自然と忘れ去ったのだと思う。

悔しい、悲しいという感情がぼ~んやり、残っているだけ。

それももう胸に迫ってこないから、事実として、かけらが残っているだけ。

もうどうでもいいことになったワケだ。

 

と、いうことは、ここ数年の、不快なことは、やがてはぼやけて忘れてしまうだろう。

忘れるということは、神様がくれた幸福と思える。

今は辛くて、悲しくて、「一生忘れない」と思ったことも、すべては時が解決してくれる。

もし、「忘れる」ということが存在しなかったとしたら、便利だけど辛いことだろう。

残酷だけど優しい、それが忘れるということ。

忘れてしまおう。

あなたから言われたこと、いろいろあったこと。

忘れて、もう一度昔のようにはなれない。

忘れて、なにもなかったことにする。

あなたがいたから自分があるという、きれいな言葉では隠さない。

以前のような仲にしっくり戻るということでもない。

ただ、あなたがいたことも忘れて、自分は自分であるだけだ。

思い出す時間も、もう必要ない。

それが、忘れるということだ。

 

手帳には、嬉しいことしか書き記さない。

嬉しいことや、ありがたいことだけを、いつまでも覚えていることにした。

平穏が奇跡である

春分の日、急に背中に重みを感じて、ひどい肩こりを体感した。2日後に痛みは和らいだが、あの「ずしり」と感じた重みは印象深い。

毎日、仕事をして、3食いただいて、布団に眠ることができる。

当たり前だとおもっていたら、今は「当たり前」が奇跡であると思える。この平穏さは、自分の見えないところで、多くの人が尽力してくれているから。「おかげさま」があるから。 写真は18日に撮影した夕空の雲。写りが悪くてはっきり見えないけれど、肉眼で見たときは、細い雲が十字に重なって、不思議な印象を受けた。

十字架という形には、パワーが宿っているらしいとモノの本で読んだことがある。

世界中から震災に遭った日本へ、祈りの光が降り注いでいる。祈ってくれる他者がいるというのは素晴らしいことだ。この世で、あなたの平穏を祈ってくれている他人がいる。これも奇跡である。

世の中には奇跡が満ち溢れている。それを感じる感性があなたに宿っていたら、それも奇跡だ。

私は中学生から高校生の時はSF小説を色々読んだが、読んでみたいと思って、今まで読んでいない一作に巨匠エドモンド・ハミルトンの短編フェッセンデンの宇宙
がある。

今、それをを無性に読んでみたいと思う。

この世界、この日常の存在が奇跡かもしれないから。

 

このところ、お店の経営者や統括責任者から、相談を受ける。

上に立つものは孤独だ。トップであると言うだけで、部下から色々と言われる。

人より上に立つということは、悪く言われるのも標準装備と思える場合もある。

よく言われるほうが難しい。

だから、上に立つ人間には、下のものを思う思いやり、想像力が、必要以上に求められる。必要以上にして、やっと普通。俗に言う、徳のあるトップになるには、腐心することが必要だ。

求められるのは、繊細な感性。

鈍感な人間がトップでいることは難しい。

それは、さりげない気配りであったり、声かけもある。

私の深いところでは、その人が上に立つ人間かどうかも、判断しているようだと思う。

 

 



 

箱、買いました

ブレスを作り始めた頃は、普通の袋。それから自分で包装紙を買って、小袋を作ってた。

少し後からラッピング用の袋を買って、包装していた。

贈り物を依頼されるようになったので、リボンも買ったりした。

昨年から、ブレスレットにはオーガンジーバックという、おしゃれな巾着袋に入れたりした。

先日、ネットを見て歩いて、ブレスレット用の小箱を発見。

値段も格安だったので、1セット購入。1セット24箱入りで、色は6種類。写真はピンクにブルー。

そのほかにイエロー系もある。蓋を開けると、布張りになっていて、ブレスレットが動かないような仕様になっているので、お値段以上のおトクな感じがする。ブレスレットの保管にも便利。

以前、働いていたお店では、発送用の箱はすぐ捨てるものだから…と古箱を使っていたけど商いであるから、お金を出して、届くものが綺麗なモノに入っているのは、気分が良い。

その綺麗な箱がまた別の品を保管するために使用されるというところが富氣を呼ぶのだと思う。

目先のお金を惜しまない。豊かさを得るために、ちょっとした豊かさで心満たすということで、問題は、問題は、この箱を使い切ることができるほど、依頼があるかということだ。

あと、今は流通機能が滞っているので、すぐには対応できないのだが、浄化用の水晶のさざれ石をオプションで付ける事も考えている。

4月は、アゼツライトでブレスを作る予定です。アゼツライトを身につけてみたいと思われた方は4月15日までに、ご一報ください。

幸福な人

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空を眺めていると、時々、天空の橋に見える美しく長い雲を見かけることがある。

先日、友人の贈り物にと私にストラップを依頼してくださった女性から御礼の手紙をいただいた。

「煉さんの作ってくれたストラップを友人に手渡したところ、大変喜んでくれました。彼女の笑顔が嬉しかったです。ありがとうございます」

短い文面だけど、こういうのを頂戴すると、私も嬉しい。

贈った相手にも、作った私にも心くばりできる人は、心に余裕があって、幸せの種をたくさん持っている幸せな人だと思う。

私自身、そういう心くばりができる人間ではないと思うから、意識して

「ありがとう」「嬉しい」「良かった」と伝えるようにしている。

伝えないと、伝わらないことも多いから。

こういう、他人とのコミュニケーションはひとつの技術であり、能力だ。

勉強ができて、難しい数式がいくら解けても、他人に「ありがとう」と言えない人間は、寂しいと思う。

人間関係がうまくいかない、陰口を言われて辛い、という相談をよく受けるが、そういう時は、わが身を振り返ってみる良い機会ではないだろうか。

悪気は無いけど、他人を傷つけることを話していないか。態度をとっていないか。

嬉しいことやありがたいことを、相手にきちんと伝えているか。

自分が変わらないで、相手に変えて欲しいというのは、どんなものか。

自分が世界の中心になっていないか。

悪いことばかりを考える想像力より、良い事を考える想像力が必要だ。

今までのやり方で、上手くいかないから、自分の考え方などを変えるのだ。

相手を変えるなんてことはできない。

 

「天然石のパワーを信じていませんから」と言われることもある。

もちろん、石は魔法使いではないので、石は石だ。

けれど、美しい石を見て、その石の存在した時間を感じ、美しさに心を癒されると

持つ人に力を与えてくれる。

石はさりげなく、心を励ましてくれる。

石を手にすることで、人は今までと違う心を持てる。

石を手にして、変われる、それは幸福な人だ。

 

 



 

 

グリーンルチルのストラップ

勾玉ストラップ

#168で最初に作ったブレスレットから勾玉を外してストラップにしました。

ブレスレットとお揃いです。

このストラップのトップに付ける手持ちの座金(キャップ)がないので、自分でワイヤーをクルクル巻いて手作りしました。自画自賛で気に入っています。

グリーンルチルと勾玉のストラップ

グリーンルチルとハイパーシーンと相性が良いようです。画像的にもしっくりきました。

グリーンルチルというのは結晶の中に緑閃石が針状に入っている水晶です。

 

祈ることもできる

このたびの大地震、被災された地域、方々、その他多くの命に心からお見舞い申し上げます。

当日、震源地から遠く離れた私の街も、今までにない揺れ方でした。時間も長かった。

もともと、地震の震度があまり感じない土地です。地盤が固い土地だと言われていたので、驚きました。

日本列島は複数の大陸プレートに浮かんでいる島で、地震が多い位置にあり、不安定な存在と聞いたことがあります。それを、たくさん人々の祈りがあらゆることから防御してきたとも聞きました。

今までの歴史から地震に対しあらゆる方策を施してきたでしょうに、予想を超える地震になすすべもありませんでした。自然の力の前に、人間の作ったもののなんとも脆く儚いものか。

目の前の日常が一変して、まるで悪夢の中にいるような感覚だとお察しします。

それでも、報道で、津波でずぶ濡れになった人に寄り添って暖める。小さな子供に寄り添って暖めるという被災者の方々の助け合いいたわりあう姿に人間の強さを感じました。

遠く離れた私には今すぐ飛んで行ってなにもして差し上げられない。

募金のほかにできること、それは祈ることです。

 

先日、バイト先で任された仕事に煮詰まっていました。

数年前のバイト先でお世話になった方の顔をふと思い出して「どうしているかな」と

思った矢先に数年ぶりに、お世話になった方からメールを頂戴しました。

シンプルに「元気ですか」と尋ねてくれるメール内容。

どうしてメールをくれたのですか? と尋ねたら

「なんとなく…」というお返事。

 

思う気持ちは通じる。それは念力と呼べるかもしれません。

被災地の方々の無事を祈り、亡くなられた多くの方の冥福をお祈りする。

たくさんの光が届くように、祈りの中で願うばかりです。

 



 

もっと、よりよい石との出会いのために

気がついたら、3月です。備忘録を見に来てくださるかたが増えて嬉しいです。

いつもありがとうございます。

貼り付けている「日本地図」にはあまり来訪者の在住県が反映されていないようなんですが、まぁそれは気にしないでおきます。手相見のブログよりも閲覧者が多い日もあるので、続けてきて良かったです。このブログは通販サイトではなくて、あくまでも依頼者にイメージをまとめてもらうため、自分で見るため、の一石二鳥を目指した備忘録です。

 こんなに長く続けるとは思っていませんでした。

先日、サーバーの年間契約を更新したので、もうちょっと続けようと思います。

本日は、お願いごとがあります。

趣味から始めたもの作りですが、依頼者の輪が広がるにつれて、様々な希望や、悩みを伺うことも多くなりました。それにつれて、石探しや選びにも時間をいただくようになりまして、始めた頃より手間も暇も費やす時間が多くなりました。

私も凝り性なので、どこかで線を引かないと、負担も感じるようになりました。

この「感じる」というのは、次のステップへのサインだと思いました。

そこで、より良い石を選んで、作れるように、もっと依頼者とコミュニケーションをとって石を選び、作っていく方法にすることにしました。

 今まで私は自分の立場から、できるだけ、希望のご予算内で、可能な限り良い石を探すことに重点をおいてきました。

 石探しに時間を費やす時間のほうが多かったように思えます。

この数ヶ月の間に、依頼者は石の値段よりも、富氣を得るために依頼されていると知りました。

値段の高い安いではなくて、本当に相性の良い石と出会い、助けてもらい、協力し合うために、良い石を手にするため。そのために私に依頼してくださるのです。

そこで、今まで手間賃料を換算すると1件あたり、数百円頂戴していましたが、少々値上げさせていただくことをお許しください。

もう、趣味の延長線で…と言う甘えは通じないところまで来たのだと、感じることが多くなりました。

私にご縁をいただいた方には幸せになっていただきたい。

今まで以上にできるだけの開運の気持ちを込めて、見えないところで見えない技を

施していたりします。

 その気持ちを理解してくださる方とのご縁を大切にしたいと思います。

 大幅な値上げ、というわけではございませんが、昔からお世話になっていらっしゃる方には

「ちょっと高くなった?」と思われるかもしれません。

私の住んでいる街にも、天然石関連のお店が増えました。

そこを巡って、出会うことも可能です。

 私の元へくる石には「引き寄せの法則」が働いていると思っていますの。もっともっとあなたに幸運が導かれますように。

石の発注なども月に2回ほどにして、送料などコスト削減などに留意します。

私に依頼してくださる方は皆さん、「急ぎません」「時間のあるときに」と言ってくださるので

とてもありがたく感謝しています。

依頼主に恵まれている自分を感じます。

依頼がある間は作り続けたいと思います。よろしくお願いします。

ありがとうございました。

 

 

 

答えはそこにある

3月は、旅立ちの季節。 そのせいか、進路や転職の相談が多くなってきた。

私は、バイト先の仕事で新しいのが回ってきた。そのソフトを扱うのは3年振りである。

ほとんど忘れていた。人間とは忘れる生き物である。

 今までの仕事も忙しくて、ギブアップしそうだったのに。

 

結局ソフトの使い方や機能のアレコレを思い出すのに、自宅でもそのソフトと向き合っている。

何故に引き受けてしまったのか。忙しい思いをするだけなのに?

それは、そのソフトが好きだったから。使えることが楽しかったからだ。

自分だけで使うなら、ある程度、こんなもんでいいや~~と省略して作れるが、自分以外の人が使うならば手を加えてしまう。

 好きな仕事をしよう!と言うのは、自分のこの体験からきている。

それは、目先のお給料やお金に換えがたいもの、自分の能力向上のため。

子供のころ、若い頃、好きなことをしていたら、疲れを感じなかった経験があるだろう。

私は徹夜でマンガを描いていたことがある。

今はとてもそんな情熱も体力もないが。

パソコンが好きなので、手が痛くなってもキーボードを叩いている。

 

お金が好き!お金のために働く!!という人や

人の笑顔が好き! 

人のために働く自分が好き!

 自分の「好き」の種を見つけて、それを育てよう。

私はワラジを片足ずつ履いているような人間であるが、安定した収入のために、履いている靴(仕事)と他人様の幸せのために履いているもの(手相見、天然石関連)がある。

他人様に「ありがとう」と言われれば、私の運気もその分上がると信じているから。

ああ、やはり私は欲深な悪人かもしれない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

勘?感、観

「肩、凝っているね」 と優しく揉んでくれる手。

癒してくれる言葉。

目が覚めたら、それは夢だった。夢じゃないような夢。私はよく見る。

疲れていたり、悲しかったりしたとき、夢の中で、励まされたり、慰められたりする。

 考えてみると、そのとき傍に居るのは、背後霊かもしれない。

 

続くときは、回りの環境がそうなっているからなのか、続くことがらがある。

長いこと、ご無沙汰していた人からの、短いメール、慌てて返信したので短すぎるメールも

続いた。

 私は、霊感のある人から「たくさんいろんなメッセージを受け取っていますね」と言われるけれど

私の目前に「現れる」こともないし「囁かれる」こともない。

入眠時幻聴は一度経験がある。眠りに落ちる寸前に、笑い声や話し声を聴くというものだ。

金縛りも一度だけある。

布団の周りに無数の人の気配を感じて、耳元でシンバルを鳴らされたような騒がしさがあった。

あるとすれば、「脳内妄想スクリーン」だけ。

 依頼者の手相を見ているとき、私の脳内は、静かで空白である。その中から言葉が浮かんでくるわけではなくて、湧いてくるのは数字。

依頼者に訪れる転機を示す数字だ。

そして言葉は、私の脳内からではなくて、私の前から出てくる感覚である。

必ず、体温が上がるので、汗も流れる。

昔から、ナニかが寄ってくると寒気ではなくて熱さを感じた。

 自分の波動に合った存在としかコンタクトが取れないのなら

私はマダマダだ。

 でも、幽霊を幽霊として見ていないのでは…と思うことは時々ある。

目の前に見えている理解できない人物の足下を見て、影を確認する癖がついているが

幽霊にも足があり、影もある場合もあるので、あまりアテにならないな。コレは。