運の良い人の手相とは

写真は友人が撮影した25日の虹です。お許しいただいたので、ブログに載せました。当日、お知らせをメールで戴いてすぐ空を見上げたのですが、私の目には映らなかったです。

この虹ですが、普段の出方と違いました。雨上がりではなくて昼間に空の上の部分にかかっていますね。始めて見ました。

写真を見て、天変地異の前触れかも!と調べたところ、虹にも様々な見え方があることがわかりました。氣になる方は「虹の種類」をキーワードで検索してみてください。

検索といえば、このブログで検索のキーワードで多いのが「運の良い人の手相」というのがあります。運の良い人の手相というのは、各線がはっきりしていて、切れ目が少ないもの。運気の流れを年齢的に判断するので、細かい部分はブログで申し上げることはできませんが、横線が少なくて、縦線が多いことがポイントの一つです。

細かい線がないこと、これも重要です。

細かい横線がある人は、神経が細い人、過敏な人に見られます。

私の亡父の手相は、それこそ、単純な線でくっきりと刻まれ、唯我独尊の手相でした。それこそ、悩みを示す線もなし。父が体調を崩し、受診の順番待ちの病院の部屋で、運気(実は寿命かどうか)を判断するために見ました。

ある意味とても運の良い人だと見えました。

それは私から見た運気の流れでしたが、当人は当人なりに「自分はツイテいない」「不幸だ」と思っていたようです。

亡父は病弱でしたが、良い医師に出会い、良い兄弟、同僚たちに恵まれ、(家族はどうかな)ある意味、幸運であったと思います。

父を見ていると、幸せも不幸も、視点を変えるとがらりと変わって見える不思議なものだと思います。

絶対的な不幸、絶対的な幸福、というのは他人が判断することではなくて、自分自身で決めるのです。

他人の視点で自分の幸、不幸を判断しないことが近道です。

運が良い、と自分自身で信じられる人こそが幸せです。

運の良い人というのは、自分を信じられる人 と言えるのかもしれません。

そこが一番難しいから、手相見で客観的に見ることが求められるのだろうと思います。

桜が咲きました

久しぶりに、晴れて、気温も上昇。公園の桜も満開で見ごろとなった。桜の色は、見る人を幸福にしてくれる色だと思う。

桜の花びらを、樹脂に封じてみると綺麗なペンダントにできるかも。

芝生にはタンポポが黄色い絨毯のよう。

そして、本日は満月。ウエサク祭り。天と地のエネルギーが繋がる日である。石の浄化や瞑想に良い日だそうだ。

私は今まで、手相見が本業で、天然石は副業のような位置で考えていたが、現在、忙しいのが天然石関係。手相が副業のようになっている。

以前、ある方に、「手相見が本当の仕事です」と言われている。

実際、天然石では利益は出ていない。収支を計算しても、依頼を受けて石をたくさん購入していても、代金はすぐに次の石を仕入れるためにまわしている。循環はしているけど、余ってこない。

で、石の在庫は、できる限り持たないようにしている。

採算を考えてしまうと、うまく回らないのが正直なところ。ほとほと商才がないのだと思う。

先日、夢で、水槽に入りきらない白い魚が出てきた。

大きな白い魚は、私のところに来ている金運と思われる。

でも 水槽=私の器には入りきらない。

水槽の中には並みサイズの金魚が2匹=いずれも手相と天然石を表しているのだろう。

ビッグウェーブ(白い大きな魚)が来ているのに、私の器は対応し切れていない。今こそ、意識の変換が必要な時だと夢は告げているのだ。

思っていたところ、譲り受けた宝石関連の書籍の中に、「宝石商入門」のコラムを見つけた。書籍は今から30年以上前に出版されたものだった。

私は宝石商ではないが、他人様からお金を預かって石を購入している。商いの才には疎いので、どこに気をつけたらよいかという点で、勉強になった。

30年前は、石よりもガラス細工に興味があった頃。手相を誰彼かまわず、見始めた頃だ。

あの頃の自分を思い返すに、今自分が他人様から望まれて手相を見ていたり、宝石ではないけれど天然石でモノを作っているとは、微塵にも思っていなかったな。

書籍を頂戴したのは数年前であるが、アンテナを貼っていないと気がつかないことが多いと痛感する。

手相を見ることも、天然石のアイテムを傍に置くということも、根本では同じと言える。

他力ではなくて、自分で自分の幸福を見つけに行く。

天然石のアイテムが、直接働きかけるわけではなくて、目にすることで自分の意識が変わる、それで、思考や行動が少しずつ変わって、やがて運勢を変えていくことに通じるのだ。占いにも石のパワーに全面的に頼り過ぎないで、うまく支えあって、次の展開が見えてくる。そのことに気づいた人が、天然石のパワーをうまく引き出せるのではないか。

私は以前、私にブレスレットを依頼してくださった方から、「もう石には頼らない。今は石にお金は使えない。もったいないでしょ」と言われたことがある。石は彼女にパワーを貸してくれなかったのだ、と思った。正直なところ、ブレスレットには利益はつけておらず、彼女の希望予算で、力のある石を探し回った手間も時間も、加えていなかった。私は自分の力の及ばなかったことに落胆した。

でも、それは違うと気がついた。思うに、彼女は石の力に依存しすぎて自分の力を出さなかった。だから”何も”変わらなかったのだ。私は、自分の非力さを感じましたが、それは石に対して失礼だったに違いない。落ち込むなんて、何様だ。私は通りすがりの手相見で、なんの力も無い存在。石の価値を正当に評価していなかったのだ。私は私の時間も手間も評価していなかった。それは、一見、良いことのように見えますが、依頼主にも石にも良くないことだった。良かれと思っていたのは、私の自己満足だったにすぎないのだ。

実際、ブレスレットの値段を希望通りにしようと思っていて、思うところがズレていた、良いことでは無かったのだと、気がついた。

実際、値段で、ものの扱いを変える人もいる。

でも、私の作ったものは石の選ぶ手間も時間も、プライスレス。それには価格ではなくて、願いがこめられている。

手相見の時間も定まっていないのも、同様だ。

今まで、多くのアイテムを作成しているが、ふと、ワイヤーやゴムが切れたであろう石たち、海や山で消えた石たちに思いをはせるときがある。

私の手を通して渡った石には、「石との約束」が生きている。ワイヤーが切れたり、壊れた石たちは、私の元に修復を依頼されなくてもかまわないが、縁あって手元に来た存在として、氣にかけて欲しいと願っている。



切れる糸の不思議

3月末から、私の周辺ではゴールドルチルクォーツが小さなブームです。持ち始めた人がツイている、というので、口コミでお買い求めいただいたところ、ワイヤーが切れる人が続出。ふつうの手芸用のナイロンコートワイヤーではなくて、切れにくいといわれるフレックスワイヤーを使用しているのに、最短で3日、最長で1ヵ月半で切れてしまう。切れない人は全く切れないのですが。

直すためにお預かりして、観察してみました。

同じ環タイプの形状で、同じ大きさの石を用いているのに、それぞれワイヤーの切れている部分が違うのです。

各々エネルギーのかかる部分が違うような印象です。

以前、私の作った品をお買い求めくださった方が、煉さんの作成したものと持ち主の波動が合わないと切れやすくなる、とお話してくださったことがあります。

銀リオンさんのブログ 2010年5月14日付けの記事

■紅乃 煉さんのコレクション

パワーの強い石を受け入れるときにおきることらしいですよ。

 

波動というか波長が合う過程で切れてしまうのかもなぁと思いつつ、近所の釣具店へ。ナイロンより丈夫だという釣り糸を購入して、それで組みなおしました。

ワイヤーが切れたくらいは、まだ良いのかもしれません。波長が合わないと、海に沈んだり、川に落としたり、氣がついたら手元から消えていたりするのが多いのです。

ワイヤーきれても石が手元に残ったら、その石とのご縁はまだ切れていない。たとえ消えてしまっても、石は持ち主の願いを受け止めて自然に還っていったと思うのです。

実際、手元から石は消えてしまったけれど、不思議と困っていた状況が好転した、というお話は少なくないのです。

ここからは見た夢の話。

新しい女性の同居人がやってきました。

狭い私の部屋を区切って、暮らすことになりました。

女性は、自分は双子の女の子を故郷に置いてきているので、早く帰りたいんだけど、と私に告げます。

私は、窓側の空間を自分の部屋に主張して、部屋の中央を本棚で区切ります。

夢って不思議。なんの脈絡もなく、現実的で非現実なシーンを区切って見せてくるのです。

背後霊が交代したのかもな、とも思いました。

今の背後霊は、双子の子供を持つ、豊穣の女神さまだったら良いなと勝手に妄想しています。

 

 

自分の中から見つけてみる

運気の変わり目を感じることがある。

最初に感じたのは10年前に病のため入院した時。手相を見ることが他人様に必要とされているのかなとぼんやり思ったとき。

最近気がついたのは、自分の手相見はたいしたことがないと思っていたけど、他人様にはそうでもないのかも、というのが続いたとき。

私的には、趣味の延長で始まった手相見と天然石関連のあれこれが、他人さまに喜ばれるというのは、なんとも不思議な感覚のままだ。

自分の好きなことで、お金が稼げれば一番良い。

ほかに自分では普通にできることで、大したことではないと思っていることでも、他人から「デキル」と言われたことに、お金を得ることができる種がある。種に気がつき、育てるかどうかは、自分次第。

種を見つけるためには、自分の内外にアンテナを鋭敏にしておくことが必要だ。

明日も今日と同じだと思い込んでいる、あるいは昨日と今日は同じこと、という思い込みを持っていては、「種」は見つからない。

種を見つけるという、気持ちが大切だから。

手相を見るということは、依頼主の中の「種」を見つけること。私は自分に対して必要な「お告げ」は、他人の口を通して伝えられるとも思っている。その「お告げ」に気がつくか気がつかないかは、そのアンテナの感度にかかっている。

過去に囚われていては、未来は過去に引きずられたまま。

建設的な生き方を選んだ人は未来に生きることになる。

私は手相を見ることで、ちょっと未来の流れがわかる。

未来がわかった時点で、運気の流れは変化する。

私の尊敬するある人が語っていた言葉を引用(意訳)してみる。

「苦しいことがあったときは感謝しましょう。それは成長のためです。

迷いがあったときは感謝しましょう。それは運命を変えるチャンスです。

悲しいことがあったときは感謝しましょう。それは心を強くするためです。 」

今、辛いこと、迷っていることがある人は、それをきっかけにして、良い運を引き寄せることができる。

他人をうらやんでいる時間はない。

自分のために自分の開運の「種」を探してみよう。それは、自分が他人から言われた言葉から、見つける。

あるいは 自分のしたいことを、とりあえず、試してみるのだ。

石の説明カードについて

サンストーンの8ミリ珠。小さいのは6ミリ珠です。

和名は日長石○にっちょうせき 。

生命力と生きる喜びを与えると言われ、何事にもたのしく前向きにとサポートしてくれる石です。

見つめていると、石の力に影響され、心が浮き立つのを感じられます.

 

おかげさまで、このところ忙しくて、今までではあまり手にできなった大珠や珍しい石たちに多く出会えました。

イメージをまとめて発注、作成、ブログの更新、確認、発送と一人で行っているため、以前のように、石の説明カードをお付けしていません。

ネット環境の普及や、パワーストーンの効能に関する書籍の出版も多くなってきているので、必要ないかもしれないのでは、と思っていたのです。

ところが、先日、今まで説明カードを付けてさしあげていた依頼主から、カードを読んでいない、読んでいても忘れる、というお話を聞いて、こだわっていたのは私だけかもと考え直しました。

それに石を選ぶとき、パワーに魅かれて選ぶという方も多いのでしょうが、必要としている石に、惹きつけられる(引き寄せられる?)のではないかと思うのです。

必要なのは、依頼者に応じて、私が石を選ぶ波長かもしれません。

波長(直感)で選んでいるときに効能その他は必要ないのではないでしょうか。

石のパワーには区別はありません。石は、必要な人に必要なだけ、そっと力を貸してくれます。あなたが必要なのは、石が手元にやって来るためのきっかけです。

石があなたのもとへやってきた、選んだ理由、説明は基本的には備忘録でお知らせすることにしました。

必要な場合は、お申し付けください。

 

 

小さな決心

写真は、でかけたカフェで委託販売されていたネコ型サシェ。ラベンダーの香りがとてもよい。可愛い上にお値段もとてもお安くて、なんと135円。

「良い買い物をした」と喜んだ。しまった、もう少し買って友人に配れば良かった!と後悔。こういう買い物時に、自分の器の小ささを感じてしまう。

次回出かけたときにもありますように。

手相を見るとき、私が相談に乗るのは、流れてきている運気をどう生かすかという視点で語る。聞きたいことがない人にはあっけなく終わる展開だ。あっさり終わるのも、申し訳ないので、話の糸口を掴むために過去の運勢をざっくりと見る。

過去の運気や流れを当てられると、依頼主は緊張から開放されて、色々とこれからの展開が読みやすくなる。

以前、「手相ではなくて、他の占いで見てもらおうと思わなかったのか」とたずねたところ「自分の内面が現れたのが手相なので、自分と向き合うためには、手相が一番だと思ったので」とおっしゃった依頼主もいた。

数ヶ月で激変する手相もあれば、そんなに変わっておらず、読む内容も新しいものがないという場合は、優先順位がどこにあるかと問うて見る。

極端な話、家庭で悩んでいるなら、お子様かだんな様か、自分か仕事か。自分が重要だと思う順に、解決口を探す。

中には話しているうちに、「ずいぶん狭いところで悩んでいたんですね~、私」と自分で解決の糸口を掴んでしまう方も。

話すことで、自分の悩みに向き合い、なんとかしよう!と小さな決心をすることで、良い流れへ転換する人を、何人も見てきた。

おかげさまで、常連さんと思われる方も増えてきたが、手相を見るというより、運気の流れを確認するのが重要になってしまう場合もある。

運気の見方はポイントで覚えると自分でも楽に運気の流れをつかめるので、拝見の初回は「カンタン手相講座」だ。

先日、受けた相談は職場の人間関係であったが、職場の人とはウマくいけば、ラッキーで、うまくいくにはそれなりに気配りが必要。

できない、わからない、と嘆くなら、わかるように本を読んで、対応策をたてる。

または、なにを言われても氣にしないという、決心をして乗り切る。

その決心が2日、3日で鈍ってもいい。もう一度、もう二度と、自分で伸ばしていければいいのじゃないか、と思う。

他人から評価されてもいい。自分も評価されてもしかたない。

でも、他人からの伝聞で、他人の評価を鵜呑みにしない。

自分の目で見て聞いて、自分で評価する。

大切なのは、判定しないってことだろう。

あなたの評価も、私の評価も絶対ではないのだから。

 



本日 おいでませ 大珠 

本日、届いたのは大珠がメインです。

水晶の白をベースに針状のブラックトルマリンが内包されています。

水晶の中にブラックトルマリンが棒状に内包されている存在をブラックトルマリン・イン・クォーツと呼びます。
ブラックトルマリン・イン・クォーツは、ゴールドルチルクォーツのように目立ちませんが、マイナスエネルギーから持ち主を守り、確実に物事を成し遂げていく、静かなる成功へと導いてくれる存在です。

この石を嫌う人は少ないと思います。天然の虹を内包する水晶。

16ミリ。圧倒的な存在感を感じます。




桜はまだ

今年のゴールデンウィークは寒いまま過ぎてしまった。

お隣の庭の桜の木は葉もつけていない。昨年の今頃は、通勤路の桜の写真を撮影していたと思ったのだが。

4月から、手相見の依頼も、天然石の依頼も続いており、ブログの更新はカメとなっている中、御訪問くださった皆様、ありがとうございます。

私への手相見の依頼は紹介制なので、初回の拝見するとき、どういうきっかけで御連絡くださったのか、たずねてみると、面白いことに「話を聞いてすぐ」という方は少ない。

だいたい、初めは 話を聞いたときは「ふ~ん」、「へ~」という感じらしい。数ヵ月後、転機(問題発生?)が来たとき、ふと心の中の声が「今だ」と聞こえて連絡してくださるという。

これは、背後霊の導きではないかと思っている。

悩みも様々だが、共通していえることがあるのだ。

それは、人間は、自分に無いもの、得られないものには敏感であるが、持っているもの、得ているものには鈍感である。

以前、読んだ経済の本に

「貧乏人には貧乏人なりの悩みが、金持ちには金持ちなりの悩みがある」とあった。

悩んでいて、苦しい。苦しいから、変えよう、と思わない限り、人間はそのままである。

意識的に意識を変えるというのが、必要な時期に来ている時、私は拝見した相手からも必要な学びを得ているのだと思う。

本人が他人より優れていることには、自覚していないことが多い。

私は、手相を見るが、手相を見ることは誰にでもできると思っているのだが、そうでもないらしい。

天然石でモノを作ることも、誰でもできると思っているが、そうでもないらしいとか。

だから、私から見ると、優れている点が多くある人が、悩んでいるのを見ると、ちょっと視点を換えれば、ずっとずっと活かせるものを持っているのに。

自分の姿を自分自身の目で見ることができないの。そこで私が見つける役割が回ってくるような気がしている。

変わること、希望を得たい人にご縁がありますように。

そして、見つけたきっかけを、依頼主が活かして開運できますように。

手相を拝見するとき、私はいつもそう、祈っている。