内なる神様に繋がりたい

世の中、ハロウィーンでにぎやかですな。

私も気持ちだけはハロウィーンしています。スマホゲームの「ポケモンGo」でハロウィーンピカチュウを(予想よりも)たくさん、捕まえることができたからです。この分じゃ、私のアバターが持ってるバッグが、ピカチュウでいっぱいになる日も夢ではないかも。

しかしながらイベントが終わると、ピカチュウの出現率も下がります。

とりあえず、目先の幸せに浸るのも開運には大切。

今まで、手相を拝見した方には「オラクルカード」を使うと良いよ!とおススメしてきた私。

オラクルカードを使って、「同じカード」が何回も出てくる体験をされた方もいらっしゃるでしょう。私も体感しました。

オラクルカードにはタロットカードにあるような、一見「怖い」カード…「死神」や「悪魔」「崩れる塔」がないのです。

自分で自分のことを読み取ろうとすると、思考が読み取りを邪魔することがあり、また、オラクルカードは天使とか妖精が出てくるので、馴染むまでは読み切れない、読みなれないという点が気になっていました。

他人にはススメておいて、なんだ!と思いますが。オラクルカードの不思議な力は、体感していたので、おススメしていたのは、本当です。

先日、ネットで「RKカード」というものを知り、興味を持ったので、購入しました。

詳しくはネットでたくさん出てきますので、ここで説明は省きます。

届いたばかりで、まだ使いこなせていないのですが。

文字霊(もじたま)を宿すという文字で具体的に表されているので、容赦がないというか、直球勝負な印象です。

これは、自分の内なる神に繋がって、具体的な「神託」を受けるアイテムになるかもしれません。

いつもの自分なら、オレンジのケースを選んだところですが、今回は、違う選択で黒いケースを選びました。

エネルギーを活性化したいところですが、人間的には魅力的になりたいのです…。

シャッフルして使うのではなくて、基本は「切って」使います。

最近、ブログにたどり着く、キーワードが固定されてきたような気がします。

良い機会ですので、リンクを貼っておきたいと思います。

1.運気の変わり目

2.季節の変わり目は運気の変わり目でもある

3.体調を崩す時

「すみません」と言わない

自分の思考癖。他人様からなにかされると、つい「すみません」と言ってしまう癖。これは、他人様に大切にされていない、という思いが根底にあるから出る言葉。

子供のころ、親せき宅を訪問して、なにかしてもらったとき、出た言葉が「すみません」で、親類の子供たちに失笑されたことがある。

家庭環境にもよるのだろうが、「負け犬根性」がデフォルトだった。、「負け犬根性」は楽なのだ。

努力しなくて良いから。

そして、自分を大事にしていないと、他人からも当然大事にされない。

今、自分がツイテいない、なんとなく不幸だと思っていたら、まず、他人から何かしてもらったら「すみません」とは言わず「ありがとう」と言うように、ちいさな行動を変えてみることから始める。

そう聞いて、実践しているが、なにぶん、長年「ラクに流れている」身なので、うっかり「すみません」と言ってしまう。

そこは、「ありがとう」だろう。

ありがとう、と言うのが本当だ。

私も仕事で「すみません」と言われるほうになるが、相手が悪いことをしているとは思わない場面で、「すみません」と言われるよりは

「ありがとう」と言われるほうが、気分は悪くない。

なんでも「すみません」で済ませない。

嘘でもいいから、まずは形から。

そう思っていたのだが、が!

「年末のバイト」の面接で、「負け犬」な自分を出してしまった。

あ~あ。修行が足りない自分を感じる。反省。



あなたへ言いたいことがある

あなたへ、言いたいことがある。

手相を見始めて、幾多の年が過ぎ、あまたの人の手相を見て来た。チラ見から、代価をいただいた人、拝見した数だけの生き方があった。

迷いや悲しみ、苦しみを手相の向こうから、私は見て来た。

あなたは、私の見立てには満足できなかったかもしれない。

私も、もっと踏み込んで話をしたほうが良かったのかも、と思うこともある。

私は、前向きな言葉を選んできた。見たての時期、イベントの起こりそうな時期は、曖昧にしないように答えて来た。

さすがに、何月何日何時、出会って、〇〇します!なんてことは言わないけれど。

私の手相見は、抗いがたい運命を予言するものではなく、あなたの内面の奥底から浮かび上がる運気を読み取るもの。

手相見が見た運勢は、可能性の一片だと思う。

手相を見せた段階で、あなたの内面の奥底には、「選択済の決心」があるのだ。

私の言葉で、決心に確証を得て一歩進むか、退くか、それはもうあなたの心の奥底で決まっていたに違いない。

それでも、 私が手相を見ているのは、希望を見出したいからだ。

あなたは「見てもらって、すっきりした」と言ってくれた。

暗闇を歩いているような気持ちのとき、立ち止まるか、引き返すか、不安になったとき、「希望」という灯を掲げて少しでも進むために、私は手相を見ている。

今でも、あなたのことが、気になっています。

けれど、手相見であるかぎり、こちらからは連絡はできません。

ただ、祈っているだけです。

変わりなく元気でありますように。
幸せでありますように。
世界が平和でありますように。




プロバイダのメアドはそのまま

先のブログにメールアドレスを変更します、と記しましたが、来年の1月末から、携帯のアドレスが変わる予定です。パソコン宛てのアドレスは、プロバイダを変更しないので、使えます。よろしくお願いします。

この3連休は、家の紙ゴミを整理するのに費やしてしまいました。本来ならばマメにすれば良いのだろうが…。反省。

その中から、数十年前にエッセー賞に応募した原稿が出て来た。

もう雑誌は廃刊されている。エッセー賞に投稿したのは、文章を無料添削してくれる、ということだったから。

当時、私は本屋のパート店員だった。

今とは、書店の内情もかなり違う。1995年頃の書店の雰囲気を、備忘録なので、記しておこうと思う。

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「本屋な気持ち」

夏休みのワイドショーとかけて、盆過ぎの本屋と解く。そのココロは。

「すでにネタ切れ」

問屋が夏休みの間は、当然ながら本の入荷はない。背表紙が斜めに並ぶ本棚をつぶやいた。私の仕事は本屋の店員。身分はパートだ。

普通の小売業と違って商品のPRはほとんどしないし、サービスで特色も出しづらいうえ、バーゲンもできない。ついでに言うと利益も少ない。

ただ、品物を置く空間を提供する。

店の広さに比例する取扱品目の数が頼りな商売のように思える。パートの時給が最低線ギリギリというのも納得する。

一見、ラクそうに見える。この仕事に就く前は私もそう思っていた。が、本は数多く持つと重い。そして。「予約したのに本がこない」「注文して一ヶ月以上経っているぞ!どーなってんだ、バカヤロー」とお客様に詰め寄られたりする。

本は、二大問屋(日販、東販)いずれかを通して、店頭に並ぶ。納期は本屋の店員にはどうにもならない。

本屋で働くようになって、思い知った。

出版って、首都圏中心主義なんだなって。

発売日、発売日前に本を手にできるのは、首都圏在住者の特権のようにさえ思えるのだ。

北海道なんて最低3日は遅れる。「フライデー」が「マンデー」と化す。新刊で発行部数の少ない書籍になると、首都圏で売れまくっているうちは、なかなか地方には出荷されないらしい。

新刊の売れ線を見極め、発注する社員は、「株や投機をやっているものだ」という。

私はこの仕事が好きだ。それは本を買ってもらって、怒る子供は見たことがないからだ。本を買う。それは知識を得ると同時に、友を師を恋人を得ると同じなのかもしれない。

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講評論

「書店の特殊性、また北海道という地域性からくる問題、流通事情をなどについて、事情を知らない人にも十分説得力のある内容です。結論部であと、ひと工夫を」

内容の新鮮さ B

基本的な文章力 A

表現力 A

アピール度 B

総合評価 B

☆彡☆彡

原稿用紙の各部分に丁寧に赤を入れてもらっていた。

思い出深い。

最後の3行は、「きれいごとをまとめたという印象です」と記されていた。

文章力はあるが、ネタまとめ方に難ありというところかぁ。

手相見も、天然石も そこを乗り越えるのが大事ということか。

あの頃に比べると、欲しい本はAmazonで手に入るし、地元の図書館も充実しているし、ネットでも書評も読めるし、いい時代になりましたね。私の勤めた居たころに、「本屋大賞」があればな。

私の担当は、文庫でした。

地元を舞台にした書籍を企画して、それなりに売ったと思う。

天職だと思って働いていたけど、売り上げ減でリストラされて、気がついたら、手相見しているなんて。当時は売上グラフも手書きしていたんでございます。10色ボールペンを使いました。

 

ああ~あ。近所に書店もなくなって、立ち読みができずに寂しいです。立ち読みして、ズキューンとくる本に出会える醍醐味がなくなりましたね。

手書きの文字に昔の自分を見て、内容に進歩していない自分を感じて、ちょっと恥ずかしい気持ちでした。

 

10月を越えていく

早いもので、気がついたら10月で、連休に突入。

9月末日に、ポケモンGo、レベル34に到達しました。

運氣の流れをつかめ
1年間、こつこつゲットしましたよ!

先日、念願の「ラッキー」も卵から孵りました。

8月に、愛猫ぐれこが逝ってから、私の睡眠は妨げられることもなくなり、毎朝、4時半に目が覚めます。

それから、1時間ほど、iPad mini でネットを見たり、メールの返信をします。

ぐれこは高齢猫でしたが、6月末に病が発覚してあれよあれよと病院通いし、7月中頃から寝たきりになって1ヶ月、意識を無くす前日は、私の喉に両手を置いて眠りました。

私の喉は十数年前、甲状腺の右葉の腫瘍を摘出しています。

その傷口にそっと手を添えて眠りました。

ぐれこが息を引き取る前日に見た夢は不思議な夢で、見知らぬ男の子との会話でした。ぐれこは人間でいうと90過ぎのおじいちゃん猫でしたが、あれはぐれこの守護霊(ガイド)みたいなものかもしれないと思っています。

なんとなく、覚悟をしていたつもりでしたが、この数か月は心の深いところに、空虚感とか、寂しさが残っていたんだと思います。

体調も今一つでした。でもそこは、抗わずに、不調に浸ってしまおうと思っていました。

今年の前半は、手相見の新規の依頼主がどっと増えて、慌ただしくなりました。

「手相見は天然石とセットにします」と見料+天然石代を頂戴することにしたのです。それはそれで問い合わせも多く戴いたのですが、思惑通り、多忙さからは遠のきました。

ようやく一区切りになりましたので、このブログからは手相見の見料について、つづった記事は削除しました。

セットではなく、手相見には手相見、天然石には天然石の依頼主が存在していたようです。セットだと、どちらも頼みづらいというお話でした。

ご興味がありましたら、まずは問い合わせていただく、というのが一番かもしれません。

それから、気の早い話ですが、来年の1月頃に、携帯電話会社を変更する予定です。キャリアのメールアドレスは使えなくなるので、Gmailアドレスや、紹介者の方から、ドメインのメールアドレスにてご連絡くださるようお願い申し上げます。

落ち込んでいるときは、ちょうどいい機会なので、スマホのアドレス帳などを整理しました。

今はもう繋がっていないご縁を大事にしているより、新しくつながるご縁を導く場の確保、とでもいいますか。

とりあえず、連絡の途絶えている方々のアドレスは整理いたしましたので、何年も間を開けていらっしゃる方、ご連絡くださるときは、お名前を忘れずにお知らせください。