闇夜に足コケ

私は昔から、運気の変わり目には、足コケる。なんの変哲も無いところで。

高校生のときは校舎の階段を踏み外して捻挫した。それから捻挫が癖になって悩ましい。亡父の入院のときも何の変哲もない坂道で足を踏み外した。

足裏が内出血で真っ赤になったけど、病院にいかずに済んだ。

たぶん剥離骨折していただろうと後で、医療に携わっている友人は語った。

当時父も骨折で入院していたから、私まで入院するわけには行かない、というワケのわからない気概で、通勤を続けた職場の階段を踏み外してもう一方の足首を捻挫したという…笑い話のような展開が待っていた。

一時、両方の足に湿布をして通勤していた。なんとかなると思っていたから、なんとかなった。

人間最後は気力だと思う!

もっと後に霊感のある知人に「私、足をよく怪我するんですよね」と話したところ、「煉さんは、歩きながら霊道(別の次元の空間)に足を踏み入れているので、あちら側から蹴り帰されるんですよね」と言われたことがある。

高校生のときは保健室の先生に「足が地に着いていない」と言われた。別の言葉では離魂病(りこんびょう)と言うらしい。

私は歩いていても、足に注意を向けていることが多い。それは住んでいる街が、冬に道路が凍りつき転倒の危険があるからで、事実、友人の中には転倒して、背骨を圧迫骨折したり、別の友人は後頭部を打って生死の境まで行った人もいるし、大腿骨を粉砕骨折した人もいる。

前置きが長くなったが、昨日の夜、近くのスーパーに買い物に行って、帰宅するとき、歩きなれたなんの変哲も無い道でコケた。

コケだけで、こんなに前置きの長いのはどうよ。

右足に違和感があり、ぐらりと来たとき「ヤバイ、また捻挫するかも!!」ととっさに反対側に膝をついてコケたのだ。

不注意だと、嘆くのは簡単だが、幸福を探査中のワタクシにはもっと深い(こじつけ)な考えをすると。

帰宅して見ると、ジーパンの膝が横一直線に裂けていた。そりゃもう、見事なくらい。裂けた部分だけみると、「カマイタチ」を連想する。

幸いにも、今回右足は捻挫にならなかった。

左ひざに擦り傷を作り、少々出血したが骨は無事。傷口を洗ってオロナインを塗布して寝た。痛みも少ないし、今朝手当てをしたら出血もとまっていたし腫れてもいない。痛みはこの世に自分をとどめる手段かもしれない。そうでないと意識があらぬところに飛んでいくから。

今月は、思い切って手相見をお休みして良かったかも。怪我もしたけどそういう時期なんだと考えることにした。転んでもそれを力技でも良い方向に考える。そのほうが、悪い方向へ考えるよりずっと良い。悪く考えると悪い考えにずっと引っ張られてループする場合がある。

私の父は、「病弱な自分」が大切な人だった。自覚していたかは知らないが、病弱でいることが、周囲の人に大切にされ、家族に愛される手段だと考えていた節がある。

病弱な自分でいるより、病弱でも自分の体を労わっている姿勢のほうが周囲から愛されるだろうに。

病弱でいるためには医師に止められているお酒もタバコも自分でやめられないようだった。

人間、自分の健康に神経質になっても、死ぬときは死ぬ。それは運命だから。

なにごとも極端はよろしくないが、健康に神経質になってしまうよりは、ちょっと緩く考えてもいいと思う。病気の自分を怖れるより、受け入れる。少しの体調不良も受け入れるっていうのが、年齢を重ねた人間だからこそできるのかもしれません。

病気じゃないけど、今回の怪我も自分をツイテイナイと言い切るよりも「この程度で済んでよかったわ」と思うことにしている。

え、やせ我慢?いいえ!!運が良かったんです!!

いいんです。私自身がそう思っているから。

 



出た!バイト先で

土日もアルバイトに出かけていましたが、出ました。

出たと言っても「霊」ではなくて、スズメバチ。ある意味、「霊」より怖い。体長4センチくらい。気持ち的には5センチに見えた。羽音が聞こえたとき、思わず携帯のマナーモードのバイブレーションの音かと思った。

狭い室内で、ハチはパニックになり、欄間に体当たりしたりして、飛び回る。

進入したと思われる窓は低い位置にあるので全然、出て行けない。

スズメバチは怖いけど、下手に動いて攻撃されたら困るので、霊と同じ対応をした。

それは「見ないふり」。

でもなかなか出て行けないんだわぁ。ハチは疲れて、窓枠や、電灯の傘に止まって少し休む。

また出口を探して飛び回る、を1時間ほどしていた。膠着状態。

その日はデータ入力業務が多くて、事務室を出て行くわけにも行かず、聞こえる羽音に怯えながら、ついに意を決して、天井近くにある排煙用の非常窓を開くレバーを引いた!が、なんと古すぎてレバーが引けない。なんだぁ!? 役に立たん!!

再び、打開策を求めて、窓を開けて、お引取りを願ったが、ハチは全然、氣がつかない。

その姿を見ていて、ふと思った。

困ったとき、視野が狭くなっていて、ちょっと余裕を持って周りを見れば、いくらでも出口(解決策)はあるのに、眼に入らない。そんな人間の姿がハチとダブって見えた。

そうこうしているうちに、強攻策を施した。それは箒でハチを出口まで誘導するということだ。

自力で何とかできない場合、そういう大きな力が働く。それが箒(のようなモノ)。

逆襲されるかも、と怯えたが、大きな箒で、無事にハチを出口まで誘導して、ハチの悩み(?)は解決。

5分後、壊れた欄間から、再びハチが迷い入って来た。近くに巣でもあるのかも。

しかし今度は、解決のコツがつかめたので、ハチを祓う(意味ちがうけど)のに成功。

事務室はほぼ密室であったから、その中でスズメバチと1時間もいたけど。

ハチはやたら攻撃的ではなかったので、良かったです。

これは、「霊」も同じような感じ。そこらにいるけど、そんなに攻撃的な存在は少ないと思う。

ハチはあんなにカロリーを消費するような飛び方しているので、たまに窓枠に止まったりして。

「少し休むんだぁ~」と遠くから見てました。

あまり、下界(私の座っているところ)には関心がなかったよう。それも助かった。

箒=手相見として、依頼者に示すことができれば。

手相を見るって事は、出口は導く箒のようなものだろうと再認識した次第です。

5月は、2件だけの更新となりました。

忙しかったのもあるけれど、今回、占星術で自分の過去を振り返った上で、将来を考える機会があり、自分の人生の棚卸しをしていました。

若いときは、星占いって全然当たってない!と思っていましたが、それは、平均的な一般の星占いですね。

自分の体が突き詰めると、星のかけらで出来ていると知ってからは、星の波動が影響しているのではないかと思って、一度きちんと自分の出生時の星の位置を鑑定してもらいたい~と思っていました。過去のことは過ぎたことなので、変えようはありませんが、私の人生はどう考えたって、残り少ないわけです。

で、残り少ないので反省というか、自分の人生を棚下ろしてみようかと。

手相見とは違う、霊感とは違う視点から摺り合せてみようと思ったのです。

過去の運勢リズムを振り返って、これからの自分の運勢リズムをいかに生かすかをじっくりと考える月となりました。

すると、やはり手法は違っても、運気の流れは示されていることに感動しました。

示されているものは、良いタイミングで来ている。

求める自分の直感に、確信を得た5月でした。

ご連絡とか近況報告

桜が咲いて喜んだのはついこの間だったのに、この数日、私の住んでいる市はえらく寒くなりました。ストーブ点火!しています。周囲も寒暖差のせいか、アレルギー鼻炎か風邪なのか、よくわからない方々が続出です。

私のほうは、働き方の効率が悪いのでしょうか、忙しくしておりまして、土日もバイト。祝日は手相拝見、隙間時間に家族を病院へ連れて行って、天然石を探して廻るという生活です。

それから、最近、前日や当日に「拝見していただけますか」というのも増えています。

大変ありがたいのですが、心の準備と言うか事前の準備も色々としていないようで、実は見えない部分で用意がございます。基本、応じることは難しいことをご了承ください。ウマく時間が合えば、応じることも有りますが…。

なにをしているかというと、それは企業秘密(企業じゃないけど)。

もうひとつ、コメント欄で問い合わせや申し込みをいただくことがありますがブログのソフトの関係で、私のパソコン宛にメールが届かないことがあります。

こちらから氣がついて、返信を差し上げても、最近はスマホが普及しており迷惑メールブロックをされているようで、ドメインで迷惑メールに振り分けられたり、エラーで戻ってきてしまうことが少なくありません。

「返信が来ない!プンプン!」となる方とはご縁がないと思っておりますけども。

どうしてもエラー等でメールが送信できない場合は、ご紹介者にご連絡を差し上げます。が、2日経ってもこちらからの返信が無い場合は、もう一度、ご連絡くださいますようお願いします。

 

桜が咲いた

ipod shuffle

私の住んでいる街でも、桜が咲いて、見ごろです。桜の花の色は多様で、見ている人間の心をウキウキさせます。

先日、ヘミシンクの「オープニング・ザ・ハート」を購入して聞いています。4枚組みで、1枚目のCDがすごく、調子が悪いのです。音飛びしてしまうので、CDを拭きプレーヤーのレンズをクリーニングし、複数のCDプレーヤーで試しましたが、開始8分以降の音が聞き取れず、CDの動作が止まってしまうというものです。

念のため、バックアップをとってあったので、そのCDを聴くときちんと聴けます。

何らかの理由で、購入したCDのデータになんらかの原因で傷がついたようです。

こういうことがあるので、バックアップは欠かせません。…というか、購入したCDのデータが不良になったのは初めてです。いつもの習慣に助けられました。1枚目はヘミシンクの基本で、無くても良いかと思ったのですが、基本は大事ですよね。

ポータブルCDプレーヤーの調子もよろしくなかったので、思い切って

ヘミシンクCDを集中して聴くために、ipod shuffleを購入しました。

クリップが着いていて、邪魔にならず、操作も簡単。shuffleという名前が付いていますが、順番に聴くことも可能です。

容量は2GBですが、インポート設定を「Appleロスレス・エンコーダ」に設定すると、高音質で取り込めます。10枚ほどのヘミシンクCDを取り込んで寝る前にパジャマのポケットにクリップして使用しています。

ipodは10年以上前に、液晶が白黒の初期の品、Mac専用の10GBのを購入していましたが、対応ソフトが進化しすぎて、新しいのを取り込んでいませんでした。当時、3万6千円くらいしたはず。

今回のshuffleは色も豊富で、4500円(税別)。一つのことに特化して聴くならお値段以上だと思います。プレイリストを読み上げてくれる機能も付いてます。ロボットの声でちゃんと読み上げてくれるんですよ。感動しました。

あ、今回「オープニング・ザ・ハート」を購入したのは、ヘミシンクのCDの中ではメインの「ゲートウェイ・エクスペリエンス」の次に人気があった品というので興味が湧きました。で、お安く、販売されていたのが見つかったからです。

幽体離脱はしなくてもいいけど、なにか変化を求めたいというか、「愛」を感じられるかも~という興味が勝りました。

これで、「何か」を体験したら、次は「エクスペリメンス」に行くかも。

まだ、実感は湧かないですが、さまざまなツールを使う楽しみがあります。

ストレス解消、疲労回復にはいいと思ってます。

語りつくしたようです

フリーターを地で行く生活を送っています。

真の自由業者と言えるかもしれません。本当の休日が無いので、隙間の時間に手相を拝見しています。

一日、3人までがイイところでしょうか。過去を振り返ると、だいたい一日3人まで、見ていました。しかし、手相見で忙しいのではなくて、手相見以外で忙しいのはこの4月がピークではないかな。

5月からはちょっと息つけると思います。

今年に入ってから、ご新規さんが多かったのですが、このところはリピーターさんが増えてきました。

先日、見た夢の話しを。

集団の中に居る自分(たぶん高校生の設定)が

校歌(一般の生活?)を知らず、歌えない。というものです。

ああ、やはり、この道しか、もう残っていないのか、と思い当たりました。

手相見ているようで、実は依頼主の幸福を応援しているのだと思えます。私に話すことで、気持ちの浄化につながっているのであれば、私も手相見を続けている甲斐があります。

依頼主の方からかけていただける言葉のおかげです。

たぶん、依頼主が絶えて、手相見でなくなるときが来るまで、これしかできないんだろうなぁ。

そんなこんなで、今月は、あまり更新できませんでした。

すでにネタ切れかも…。



申し訳ない

 

ここのところ、身の周りが慌しくて、手相見のブログも備忘録もほぼ放置状態が少し続くと思われます。

なんというか、自分の心理的なものもあるようです。

春だから?

もしかしたら、怖れていた、これが更年期の心理と言うものでしょうか。

私は内面と向き合っているというか折り合いをつけるために格闘中。

オラクルカードを数回めくっても、同じカードが示されます。

引き寄せの心理が働いているのかも。

自分がちょっとした超能力者になったような気分です。

他人様の手相で運勢を読み取りながら、自分の運勢はなかなか読みきれませんし、心理的な落ち込みや葛藤の解決策も、手探りで探しているのですが。

私は今、心理的にとても幸せと辛さ(漢字の似ているそのままに)一本のラインを上がったり下がったりしているような不思議な感覚があります。

 

変容の兆しを感じています。

どんな変容かは、神または背後の人のみが知ると言う。



思案中の春

4月となり、消費税も上がりましたね。

私が消費税が上がる前に買ったのは、酸素透過性ハードコンタクトレンズです。

欲しかったものも多々ありましたが、増税後に買おうと覚悟を決めたので、購入していません。

テレビでは、増税前に買っておけ~買っておけ~というようなイメージでニュースを報道しているので、それに乗るのもシャクに触るし、乗らないのも不安な小市民。レンズのみにしておきました。

メガネも処方箋を作ってもらったけれど、買いに行けません。

家族の通院の付き添いで慌しいのに加えて、土日も働いているので

手相見はその合間…祝日に拝見しています。

平日ご希望の場合は、拝見日に余裕を持ってご相談ください。

3月末からは、予約、問い合わせが多いようです。

 

増税してから買う!だってお国のためだもん~。という気持ちになれば、あら不思議、自分が豊かに思える。

思えば消費税が導入されて、3パーセント、5パーセント、そして8パーセントとなりますが、人間はきっと慣れてしまうんでしょう。

増税分、お給料も気持ち、上がりました。でも通勤のバス代も上がったので…あまり実感が湧かないです。

もっと税金の使い道に眼をこらすべし。という天の声が聞こえるようです。

無関心になって選挙の投票にも行かない、なにもかかわらないけど文句だけ言うというのは、人任せな感じでしょう。お金は大事です。

先日、何年かぶりに手相を拝見した、リピーターの依頼主さんに

「煉さんは、いつの間にか見料上がっていて驚きました。(笑)前はお話を聴いてもらうために、見料を頂いている、と話していたから」と言われました。

そうだなぁ~。手相見を始めたばかりのころは、そうだった。うん。

今は、あまりリピーターさんを増やさないために見料を受け取っているのかもしれません。

今の御代にしてから、「気楽に見てよ」という方やひやかし半分の方は依頼されなくなりました。

儲けているように見えるのでしょうか?

生業にしようと思ったら、見料を倍いただくか、拝見数を倍に増やさないと無理な話です。

私の年齢からして、残り少ない時間を当てています。

運気を見るのは気力を使います。お代は私自身と依頼主のため。

無料で見ていると、気楽な分、責任も無い印象をもたれるかも。

守秘義務のための契約金です。

無料で見ているときは

手を差し出す人も気楽過ぎて、私の言葉はあまり届かないことが多かった。

今のバイト先でも、「見て欲しい」という方が意外に多いのですが

同じ職場の方は、お断りしようかと思案中。

同じ職場の関係上、いろいろと面倒になるのも困ります。

さて、それとは別に、紹介者がいらっしゃらなくとも、ブログを読んでくださった方からの依頼は受けても良いかも、とも思うようになりました。

これもまだ、思案中です。

エイプリルフールはとうに過ぎたのに、思案中ばかりで申し訳ありません。

質問や意見がありましたら、よければ、お聞かせください。

春は、思案中ですから。

おかげさまで

昨日は妙な日記を打ちましたため、多くの方にご心配をいただき、ありがとうございます。就寝前に少し高熱が出ましたが、朝起きたらすっきり、両腕に出ていたじんましんも跡形も無く消えました。

風邪ならば、長引くかも、と憂鬱になりましたが、本当にあっという間に来て、ナニかが過ぎ去ったようです。

耳の不調と言うのは、劇的な不調ではないですが、何かが違う…という妙な感じでした。

ネットで検索すると、【突発性難聴】の前触れと言う記事もありました。

早々に回復して良かったです。

ほぼ休みなしで働いているので、ご心配頂きましたが、精神的にも肉体的にも己の限界点には到達していないと思っています。

自分の知りたいことが学べ、時給以外は好条件のバイトだと思いますから、これはもう「引き寄せた」ようなものですかね。

ヘミシンクCDの効果が出たのかもしれません。

多少の不調は、おまけだと思っています。

後ろの存在や、皆様のお気遣いに感謝しています。



運気の変わり目到来

昨日撮影した夕焼け。太陽から放たれる光の美しさに感動した。

朝、起きると耳の調子が悪い。聞こえないとか、痛いとかそんな感じではなくて、なんというか「調子が悪い」まるで耳を手で塞がれているような感覚。

運気の変わり目、到来か?

「手相見をやめようと思った私が悪かったです。許してください」背後の方にお願いしたところ、昼過ぎに不調は解消された。

「天然石を扱うのもやめようかな」と思っていた矢先、昼間に職場で不思議な存在を見かけた。一見、普通の人に見えたのに。私の目の前を駆けた女性(と思われる影)が飛び込んだ、エレベーターの中には、誰もいなかった…。珍しく、2基あるエレベータの扉が同時にふたつとも開いていた。

ときおり、わたしが前を通ると、誰も乗り降りしないのに、2基同時にドアが開くときがある。

偶然も、重なると不思議な感覚である。

「煉さんは、いつも辞める辞める、言っているけど(見るのも、作るのも)やめないでしょう(笑)」と人様から言われる。

そうだよ。

手相見で個人的には重たい案件や、難しい天然石の依頼を受けるたびに「やめたほうがいいのかな」とはいつも問うている。私の後ろの存在に、自分の内面に。

昔、他人の運命を見る人は、身体のどこかが不調になる、とも言われた。

本来は、未来を見る眼は閉じていなければならない、と。

それを承知で、他人様の運勢を手のひらから読み取ってきた。

私が読んできたのは、運勢であって、運命ではない。

けれども、人間なので迷いもある。

とくに今は、履いているワラジが増えているから、「やめてもいいのかな」と思った。

 

私は、運の流れは変えられると思っているが、私が直接変えられるわけではない。本当に変えるには当人の思いにかかっている。

自分の非力さを感じるたびに「もう、やめようか、明日やめようか」と思っていたのだ。

けれど、そのたびに、励ましてくれたり、必要と切望してくれる人が存在して続けてこられた。

作ったものに、力があるのなら、それはきっと、依頼主の後ろの存在が力を貸してくれているのだ。

私はその橋渡しをしているにすぎない。

オラクルカードで問いかけてみた。

答えは「あなたは正しい道を進んでいます」。

今、運気が変わりめに突入したようだ。

おっと、両手に今、蕁麻疹が出てきた。

明日までに治るといいけど。

オラクルカードに問いかけてみよう。



引かずに、押せ

最近、知って、妙に印象に残っている言葉「獅子に腕を噛まれたら、引くな、押せ」。

苦手なことを避けずに、自分から立ち向かえ、ってことですかね?

そうですね~。苦手なことなどを避けよう、避けようと考えていると、その間の負の思考が、かえって苦手なことを呼び寄せる。

あえて、苦手なことが目の前に来たら、思い切って掴みに行ったほうが、得る事があるという意味だと思ったのですが。どうなんでしょう。

実際、獅子に腕を噛まれて、引こうとすると、大怪我、うまく腕が抜けても、その隙に獅子は襲ってきますね。

逆に、多少痛いけど、腕を突っ込んで、獅子に一撃を加えて、打開するという手も使えます。そのほうが自分の気分としては「勝ち」ですね。

もう、生きている年数より、死ぬまでの年数のほうが近い年齢の私として、自分の人生を振り返ると、「無駄ばかり」「失敗ばかり」「選択違い」という言葉が脳裏をよぎります。他人から見ると「愚かで」「負け犬」と指さされるかもしれませんね。

でも、私自身「これが私が”生まれる前から望んでいた計画通り”の人生だったのね」と納得してしまうと、私自身にとっては、「幸せな人生」だったということ。他人の感想は関係なくなる。

自分が、自分の人生を「予定通りだったなぁ」と納得してしまえば、他人の眼から見てどうよ?というのは意味が無いわけです。

「こんなこと、恥ずかしい」という思考は自分の本質に対して考えていればいいのか。

「煉さんて~~、その年齢で、結婚してないんですか~?人生終わってますよね~~ 」と言われたとしよう。

「そうだよね~~。一般的にはそう見えるよねぇ。でも自分でそういう人生を選んだから、しょうがないのよ」と応えるだろう。

一般的と言うのに、こだわりや安心を得られなかった。

一般外な人生。まさにわたしが選んできたのはそこかも。

人並みの幸せには、縁遠くてしかたない。

生きているだけで、自分に「OK、上出来」と言えるのが私の今生の目標だったってことだ。

そういう視点でみれば、「なんだぁ。幸せな人生ってことね」と腑に落ちた。

「引かずに押した」ぞ!! ←????こんな感じでいいのか。

…なんの落ちも無く、終わる。