満月の夜

満月

2011年11月11日は満月。

その横には木星が輝いていますが、フレームに納まりませんでした。

満月のお財布の儀式も済ませました。

今日は、窓辺に水晶を置いて、月の光で浄化、エネルギーチャージができます。

コンパクトデジカメで、思いのほか美しく写真が撮影できました。

最近、職場の同僚が気になるというご相談が増えました。

 

「○○さんは、あんなことして…ブツブツ」

他人のことが不満で氣になるのは、暇だからですかね。

忙しかったら他人にはかまっていられません。

自分も忙しいけど、氣になるの!!ってな場合は、その感情の奥になにがあるのか、自分でじっくり向き合ってみるいい機会です。

 

彼女が職場の男性からちやほやされているから?

彼がまったく氣が利かないから。

ああもう、なんてあの人はずるいのかしら!!

さまざまな感情がありますが、その元々はどこから発生しているか。

黒い感情に気づいたら、人間くさい自分を素直に認めてしまい、好きなことをして忘れてみては。

 

この10年で、普及した携帯電話。道を歩きながら、携帯画面を見ている人も少なくありません。

子供づれなのに、小さい子供に目もくれず、見ているのは携帯電話の画面。

まだ、携帯が普及していなかったころは、そういう

道を歩きながら、バスを待っている少しの時間に、自分のこと、他人のことを考える隙間時間があった氣がします。

今はその隙間を携帯電話、メール、ゲームで埋めてしまう。とりあえず何かしている。

ゲームは息抜きになるならいいけど、面白いから、ハマっちゃう人が少なからずいる。

ゲームは面白いですよ。

私は携帯ではなく、PSでもDSでもなくて、本当に初期のころのゲームウォッチ世代なのですが、

3Dガンダム…今の立体の3Dではなくて、液晶画面が3面連なっていて、画面を移動して戦うというヤツをバイト先で買ってやっていました。

PCゲームもやり始めるとコンプリート目指してやり続けます。

そんな性分なので、ネットゲームも携帯ゲームもやりません。ハマるのわかっているから。

自分にこらえ性がないのを自覚しているからです。

危険な場所には近寄りません。

おっと、脱線、ゲームじゃなくて。

…もっと、隙間時間にぼんやりしたり、考え事しても良いんじゃないかなって。

お月様を見てそう思いました。

 

 

天空の橋

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今年も、天空に橋がかかりました。

私は現在、バイト先であるこだわりというか、神経症的にこだわっているモノがあります。

これは、マイルールとして、自分のモチベーションを上げるために密かに行っているのですが。

この妙なこだわりは、こっそりひっそり続けたいと思っています。

こういう、

「自分だけがこだわっている」という仕事の上での「こだわり」を持つのはいいのではないですかね。

お茶だしを率先したり、これだけは手を抜かずにする!というこだわりというのは、ある意味「内なる神様とのお約束」であります。

神社のお百度参りや、「○○断ちで願いをかける」ようなものです。

昔、バイトしていた書店では、店員さんが、コミックスの平積みの仕方に、独特の「こだわり」を持っていました。

ただし、自分でこだわるだけ。

迷惑をかける行為はもとより他人に強制してはいけません。

 

秋の空

 
もう10月も終わりである。

昨年の今頃は、何をしていただろうか。

来年の今頃は、何をしているだろうか。

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先日、秋晴れの空に、不思議に見える雲がかかっていたので撮影してみた。

空から降り注ぐエネルギー…スピリチュアル的にいうと、天使が舞い降りているようにも見える。

よ~く見ていると、写真上部に人影らしいのも…。

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季節だからだろうか、昨日には天空の橋もかかっていた。

今年は、今までの「結果」が現われる年だと言われた。

私は、今その結果を待っている身である。

昨年、私は自分史上、最多の人数の手相を拝見した。

今年、私は自分史上、最多の天然石アイテムを作成した。

手相見は昨年の3分の1くらい。

手相見の結果はいつも、数年後に現われる。

今年は、残りの日々は、これからどうするかゆっくりと思案中。

最近多いのが、天然石関連の問い合わせ。

今まで多かったのは、「石のことは、よくわからないので、お任せします」

な内容だったが

最近は「いろいろお聞きしたいので、会ってお話してください」といわれることも多くなった。

マンツーマンで会って、石の説明をして…というのは、案外、手間も時間も必要なので

あまりお受けできないのが正直なところだ。

 好きな石で、好きなように作るのとは、ちょっと違う。

天然石関連も対面して、カウンセリングして作成するとか。

必要なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

クリスタルチューナーの力

以前も紹介したことのあるクリスタルチューナー。

空間を浄化し、水などを使用できない天然石の浄化に使用しています。

今回、パワープレートもいただいたので、パワーチャージした後、コレクションのひとつの庭園水晶をチューナーで鳴らして浄化しました。

もともと虹入りの水晶だったのですが、虹の色あいがハッキリして虹の数が増えました。

コンデジではあまり美しく映らないのが残念。

クリスタルチューナーは水晶と相性が良いと聴いていましたが、私の別のコレクションの水晶も虹が浮かび上がりました。

この浄化力というか音色と言うか…。すごいと再確認。

私の持っているチューナーはバイソニックス社のものです。

購入はこちらでしました。

◆ギャラリーメイスン。

 

水晶付きでこのお値段はお買い得では。

お香も、太陽の光も、セージの葉での浄化ももちろん良いですが、気がついたときに空間を丸ごと浄化したいときに手軽にできるので愛用しています。

 

思案中

毎年購入している、ペイジェムのリバティプリント柄のダイアリーA6判を今年も購入した。

来年は年齢に反比例して、ピンクな柄を人目にふれず使用しようと思っている。

最近、思案中なのは、手相見を続けるかどうかということ。

手相見をしたときのおまけとして、天然石の小物を差し上げていたのだが、最近は、手相見よりも天然石関係の依頼が増えていて、天然石の購入額も多くなっている。

このままでは、趣味の延長線でしています…というワケにはいかないかもなと思っている。

申告義務のことを考えると、今年は手相見も天然石関連もお休みしたほうがいいのではないかとか、数年前に手相見を始めた頃には想像もつかなかったのだが。

ブログは備忘録として使用していて、依頼は口コミで受けている。

たとえて言うなら、昔の着物を仕立てる内職のような気持ちだった。

あれ、いつの間に、というのが正直なところだ。

内職として、きちんと腰をすえて青色申告するか。

このまま内職で白色申告で済ませようか。

悩ましいところである。

どちらにしても、書類手続きもある。

 

私のように、中途半端な働き方をしていると、どんなもんだろう。

 

来年から私の運気はちょっと波乱万丈らしい。

ゆっくり考えられるのは、今年ならではだろうか。

ダイアリーには、良いことしか書かないと決めているけど。

今年もあと2ヵ月半。

それから、ひとつ不思議?なことが。

私は、昔からなにもない道でコケて捻挫したりする人間で、高校の養護教師から

「地に足が着いていない」と評されたことがある。

当時はよく意味がわからなかったが、スピリチュアルを少しかじった今なら

「グラウンディング」 「地に足をつける」という力が足りなかったのだと思っていた。

数年経って、霊感のある人に上記のエピソードを話したところ

「煉さんは、歩きながら霊道に足を踏み込んでいるので、あちら側の人から足を蹴り返されているんですね」と言われて、妙に納得した。

以来、氣をつけていたつもりだったが、先週、2回も通勤途中で足をくじいた。

本当になんでもないところで、カックンと足首をひねったのだ。

瞬間の痛みに

「通勤途中だから、これは労災扱いになる?」とか思ったが。

 

くじいた瞬間は痛かったが、痛んだだけ。

腫れたりすることはなかった。

以前なら、足の裏側まで内出血するくらい痛んだこともあったが。

今回は無事!!

これは、少しは足が地に着いて来たってことだね! と一人納得したのである。

ヒーリング + (プラス)

私は、「手相」を見ることで相手をある意味癒しているのか?

「ヒーリング」というのは

「癒すこと」

ネットで検索するとたくさん探し当てられる情報である。

現在では「氣功」や「ヨガ」、「レイキ」などをいくばくかのお代を払って身につけられる。

占い師の延長にあるようなヒーラー養成講座もある。どれも数万円からの受講料が必要である。

とてもじゃないが今の私には支払えない。

(注)お金が無いという言葉は、自己暗示にかかるので、「手持ちが無い」と言い換えると運気の流れが変わってくるらしい。

師匠を見つけなさい。

昔、リーディングしてくれた人が言ってくれたけど、師匠も見つけられないまま。

ヒーラーの術に興味はあるけれど、他人を癒す前に自分を癒すことも叶わないまま現在に至る。

ところが

ある時、あることがご縁で知り合った方から、「ヒーラーになりませんか」と声をかけられて、

「欲の深い悪人」である私は、ヒーリングのテクニックを勉強させていただくことにした。

私にはヒーラーの素質がある?

とにかく長年の夢だったので、目の前に来たチャンスは逃すまい。

もちろん、こんな私であるから、巷にあるような養成講座で数万円もお支払いできるわけがない。

 

お支払いは、先様のご好意で天然石アイテムで良い、ということだったので、

ありがたいお話と受けさせてもらったのだった。

備忘録に載せている「ペンジュラム」がその代金だ。

 

まずは、疲れている自分をヒーリング。

その後は飼い猫、そのうち、手許に来た石たちにヒーリングして、パワフルになってもらいたい。

石がパワフルになれば、手にしてくださった方も、エネルギーに満ちて、幸せになるだろう。

 

世の中には、眼に見えることしか信じないという人がいるが、「氣」というものは存在することを否定する人は少ないだろう。

最近は、人間の脳波を感知して動作する電気製品も開発されている。

「氣」というのは、大切なのだ。

そのうち、ブログのタイトルが「ヒーリング+(プラス)」になっているかもしれない。

 

 

人生に+(プラス)

気がついたら10月になっており、天然石のほうが忙しくて、手相見は開店休業中です。

ブログの更新も滞りがちで、お立ち寄りくださる方には申しわけありません。

今日でほとんど、依頼品を消化しましたので、残るのは少しです。

写真はその素材です。

ヒーラーの方がダウジングに使用するペンデュラムを、作ります。

ブレスレットやストラップと違って、実践で用いられるものなので緊張しますね。

 

今はデザインをあれこれ考えています。

あまりこだわらずにシンプルなのがいいのかな。

天然石や宝石は、生きていくうえでは一見必要の無い存在のように見えます。

でも、美しいものを目にして、自分自身のエネルギーを高めるために、いにしえの太古の昔から、宝石はタリズマンであり、象徴だったのですね。

平和な人生に、ちょっとした希望の光、癒しの波動をもたらすもの、その一つが「石」だったのだと思います。

石と人間は、悠久の昔、同じ宇宙のチリ、星屑だったもの。

人間も宝石も、ともに星の生まれ変わりです。

今日、マッキントッシュというパソコンを世に送り出したスティーブ・ジョブズ氏の訃報を受けました。

パソコンが、味気ないデザインだった頃、パソコンを「使ってみたい」と思わせたiMacの登場がなければ、今、こうしてネットを使っていないまま、「パソコン苦手」な暮らしをしていたと思います。

そう思うと、恩人を亡くしたような寂寥感を味わっています。

天然石もパソコンも私の人生に+(プラス)をもたらしてくれたありがたい存在です。

 

 

虹を多く見る

今月に入って、二度目の虹を見た。

今年はよく虹を見るなと思ったら、それは意識的に虹を探しているからかもしれない。

24日の夕方に友人が、「虹が出ているよ」と携帯にメールをくれて撮影した。

大きな虹。

知らせてくれなかったら、見逃すところでした。ありがとうございます。

携帯にもデジカメ機能があるし、コンパクトデジカメもあるので、難なく撮影できるし。

こういうのを見られるというのもタイミングです。

タイミングというのは、運気を考えるときに大切な部分です。

間違った方向に、瓶のフタをいくら回しても開かないように、コツ=タイミングが合えば

難なく次のステップに進めるように、占いはそのツールだと思うのです。

「だいじょうぶ」

この一言を、依頼主は求めているのかもしれません。

こちらは大粒の天然水晶ビーズに虹が浮かんだもの。

虹入り水晶は、開運招福の力があるとされている。

運の変わり目には、虹が見られる。

虹を見るためには、雨降りを経験しなくてはならない。

 
どんなに悲しいことがあっても、空や天然石の中に虹を見ると、ほっとする。

虹は地球の色。暗闇には色は存在しない。

 
世の中はシルバーウィークだったが、わたしの首筋から肩が凝りに凝って重たいまま過ぎていった。

首も痛くてよくまわらない。

なにかの折に、首筋から肩が、寝違えたように痛むのは、運気の変わり目だと聞いたことがある。眠くてしかたのない日が続くのもそうらしい。

そういえば、最近、やたら眠たかったし。

肩凝りも、急にやってきた。

数秘術の占いでは、わたしの人生の運気のサイクルは8年ごと。

今年は、父の死、手術、その他色々の災厄を現した夢…三つの竜巻に巻き込まれる夢を見てから、ちょうど8年目だ。

8年前は、手術室に入る直前まで、同部屋の患者さんの手相を見ていたが

手相見として、こんなに多くの方々と接することになろうとは、想像もしていなかった。

それも 水引の内職をした道具で、天然石でアクセサリーなどを作っているなんて。

しかも
人様から頼まれるようになるなんて。

全く想像すらもしていなかった。

まったくもって、どうなるかわからない。

だから、面白い。

 

 

 

八角形鏡カバー

先日、紹介した卓上用、ミニ八角形鏡を、友人に贈りましたところ、その友人が、鏡カバーを作ってくださいました。

開運柄の唐草模様の八角形鏡カバーです。

私は昼間、ワイヤーで台を作って鏡を飾っていますが、鏡はエネルギーの通り道なので、夜にはしまっておくのが一番良いのです。

夜は箱に仕舞っていたので、カバーはとてもありがたいです。

鏡を仕舞っても、パワーの在る八角形で、とても素敵です。

とても丁寧な作りで、裏地付きです。

職人ならではの作りこみ。

いろいろと試行錯誤して作ってくださったようです。

手作りのぬくもりがとても素敵です。

また唐草模様が富氣を感じさせます。

このカバーがあれば、旅行に、職場に気軽に卓上用八角形鏡を持ち運びができます。

私はこの八角形鏡をどのような使い方をしているかというと、悪い氣の在る方向に向けています。

悪い氣を跳ね返し、良い氣だけを引き寄せるためです。

希望される方がいらっしゃったらお値段はいかほど…と

製作した友人に確認しましたところ、鏡代より高くいただけないでしょう、というお返事だったので、採算関係なく、鏡本体よりはお安く作ってくださるようです。

柄は唐草模様のみ、色あいは 青、赤などがあります。

鏡とセットでお譲りすることも考えていますので氣になった方は、私宛までメールくださるか、コメントでご連絡ください。

 

 

運の分かれ目は


 先日、天気がよろしくなくて、空には暗雲と白雲が拮抗していました。パラパラと雨がちらついたと思ったら、空には雨上がりのような虹が。

よく見ると、二重に虹がかかっています。

ダブルレインボーを見た人は幸福になるという伝説があるとか。暗雲を背にかかる虹もなかなか、不思議な趣があるものです。

手相を通じて、多くの人の運を読み取ってきた私ですが、数だけは見てきたので、他人様の幸、不運の「氣」も感じることができます。

先日は、バイト先の社員から、理不尽なあしらいをされて、久しぶりに、血管が切れそうになりました。

要約すると、いつも使う消耗品が在庫切れで、注文分が届くのが、私のスケジュールと合わなかった。締め切りのある仕事なので焦りました。

「なんとかなりませんかね~」とお願いしたところ

担当者は冷たいお言葉を呟かれました。

呟き…聞こえないと思ったのか?聞こえちゃったよ…。

担当者は最終的には自分のミスです、と認めて善処してくれ、おかげさまで、作業は間に合いました。

が、

認めるまでの対応が、社会人として残念!

心の中ではレッドカードです。(イエローカードは既にあった。)

 

まだまだ修行が足りないわが身を知りましたが、そこはそれ、亀の甲よりトシの甲、一段、高いところから見てみるとなかなか、考えさせられることも多かったです。

人間は、失敗をするものですが、失敗をした後の態度が、その人自身の運気をあらわすような氣がします。

失敗を隠す人、失敗の原因を他人に責任転嫁する人、失敗を潔く詫びる人…。

 

もう10年以上、昔になりますが、バイト先にQくんという大学生がいて、Qくんはうっかり

大切な顧客の注文品を、発注し忘れたことがありました。

商品が予定通りに来なくて、お客様は激怒。

当初、発注者はわからず、店内は大騒ぎ。

Qくんは、「自分が発注を忘れました。申しわけありません」とすぐに謝罪し、顧客のところにもすぐにお詫びに伺いました。

Qくんの担当した時間帯はとても、忙しい時間帯でしたので、その気になれば

「(担当者は)誰でしょうね」としらばっくれることも可能だったのですが

彼は

「人手が足りなくて」

「疲れていて、うっかり」等々、ひとことも言い訳をしませんでした。

お客様は「潔い」と褒めてくださったそうです。

Qくんは、大学生バイトの中では、一番礼儀正しくて、敬語も使いこなす、なんというか

立ち居振る舞いからして「デキルヤツ」だったのですが

就職難の時代にあっても、早々に内定をもらって、社会人になりました。

あるとき、職場の上司(男性50代)になにかと理不尽な要求をされているというBさん(男性30代)の手相を拝見したことがありますが、Bさん自身に問題は見られない。

職場でのやりとりを伺っていると、その上司は社長から信頼されていなくて、冷遇されているらしい。

その不満を、部下のBさんに当たっていたらしい、ということが透けて見えました。

不幸な人は、自分の不幸を周りに広げてしまう場合があるのです。

それも、自覚無しに。

自分の周りがうまく言っていないという不安や不満を、他人に当たって解消する、負のスパイラルに陥っているわけです。

失敗や不満を下手に取り繕うと、かえって他人には見えなくても良いものを見せてしまいます。

幸せな人は、幸せすぎて、不幸な人に鈍感な場合がありますけど、意地悪はしません。

自分が不幸だ、今、ウマく行っていない、と思ったら、原因は周りにあるのではなくて

自分自身の行動にある場合も少なくありません。

 

そして、それは、自分自身が何とかしたい!と気がつかなければ、手相見としては なんともして差し上げられない。

聖書で有名な一節に

「求めよ、されば与えられん」というのがありますが

自分から求めなければ、なにも好転しません。

 

それでも、できるのは、風水の技を使って、自分を守るぐらいです。

周りを変える事はオオゴトです。

私を手相見として見ている人から、時々普通の会話の後に

「あのとき×××と言われましたが…何かあるんでしょうか」とメールをいただくことがあります。

頼まれもしないのに、悪いことは言いません。(・_・)

不安にさせてしまうからです。

不安だけど、何とかしたい、と希望されたら、その時はお話します。

悪いことは無料で言えません。

 

これは、お金をいただく、いただかない、という表面的なことではなくて

悪いことを請われずに話して、不安にしてしまうことは、いたしません。

 

だいたい、あまり知らない人から

「あなたは××で、◆◆よね。それは…」なんて語られるのは

こころの準備もあるし、ありがたくないですよね。

必要とされていないのなら、どんな言葉も届かないと思うので。

また、受け入れる気持ちがないと、難しいです。

 

写真の黒い雲にかかる虹のように、

悪いところを知って、なお、改善するあるいは受け止める気持ちがあれば

大丈夫。

今、自分は、つらい。つらいけど、せめて人には優しくしよう、仕事をきちんとしよう…と思うことが、運気の分かれ目です。ツイテイナイと感じることは、ある意味チャンスです。

今回の血管が切れそうな件は、私の貴重な体験になりました。

運の良し悪しを推察する良い機会だったと思っています。

すべてのことには、意味がある。