すでに7月になり

気がついたら、7月になっていました。

連日暑い日が続いているので、まだ7月?という感じです。すでにバテバテです。

天然石三昧な月末を過ごしました。

今日は久しぶりに雷鳴が轟きました。雷光が見えなくて残念。

写真はお祝い用に依頼されているサンキャッチャーのトップ。

左は20ミリでチェコガラスのサンキャッチャー。私が初めて手にしたサンキャッチャーだ。

当時は、サンキャッチャーとして必要だったわけではなくて、

風水の開運アイテムとして欲しかったというのが正直なところだった。

 
右は30ミリのスワロフスキーシャンデリアパーツ。

直径1センチしか違わないのに、質量がものすごく違うので、これを吊るすには、テグス、ワイヤーではなくてチェーンがいいかも。

チェーンにしたら、どのように天然石を配置しようかと思案中です。

ワイヤーで飾りパーツを作ったほうがいいかも。

サンキャッチャーには様々な形があるけれど、風水的にも強い波動を持つし、虹の量もボール(スフィア)が一番多いと思える。ここ一番にはボールをオススメしている。

このところ続いてご依頼をいただくので、これからは週末にまとめて石を注文して、手間を省略する方法を思案中。



手相と天然石の間


ただいまの手相見度25パーセント、天然石度30パーセント、その他45パーセント。

26日は満月だったが、部分月食の日であり、太陽系の惑星がグランドクロスに並ぶ日だったそうだ。

部分月食を携帯電話のカメラで撮影した。最大の蝕のちょっと前。

新しくフランス製のガラスペンが手相見棒として使用開始した。

天然石関連の依頼を受けるときは続くので、今年はこれが最初で最後のビッグウェーブかもしれない。

石は、連(40粒くらい)単位で買う会社、一粒単位で買う会社、そのほか資材を買う会社とだいたい分かれているので、全ての素材が届くまで、依頼されたブレスやストラップのデザインなどを考えておいた。これで素材が届いたら即作成できると思っていたのだ。

実際、石を手にすると、デザイン表に描いた配置ではしっくりこない。腑に落ちない。デザインはどんどん変わる。作っている最中に、これは「石の声」ではないかと思えてきた。

石が「ここにおいて」「この石の隣はイヤ」と言っているよな気になってくるから、不思議。作り始めると時間はあまり要しない。実際、石を選ぶまでの時間、作り上げてから、石と依頼主の橋渡しをする説明文を書いている時間のほうが長い。

私の作ったものは大量仕入れができないから、コスト的には分が悪い。割高だと感じられているかもしれない。 世界でひとつ、その人のために作られるモノだ。

石は人を選ぶ。手にした石は、あっという間にあなたの手元から消えるかもしれない。

それは、次の石との出会いのチャンスでもある。

消えた石と引き換えに、チャンスが得られたのかもしれないと思うことがある。

私は手相と天然石の間に位置する。

幸せの場所を見つける羅針盤でありたいと思う。

 



 

石は石を呼ぶ

ただいまの手相見度は20パーセント、天然石度40パーセント、その他40パーセントというところ。

手相見のおまけにミニストラップを付けているのは、依頼主の幸福を願ってのことだ。

おかげさまで今週は、そのおまけのストラップがご縁で、天然石関連の依頼を、多くいただいた。

こんなに続いたのは初めてかもしれない。

週末は石選び、注文に楽しい時間を得た。来週は石まみれなパワーストーン週間になるだろう。

続けて依頼をいただくと、石をまとめて注文しやすくなり、それゆえ送料が安く済み、また宅配便を指定できるので、手元に届く日数も少なくて済む。

手間賃というか制作費は私のバイトの時給分が目安だが、受けたからには良い石を選んでさしあげたくて、ネットのお店を巡り何時間もかけて探し回る。

気がついたら、依頼主のご予算がほぼ石の代金で手間賃(制作費)は予定の半分になることも少なくない。

まぁ商いでしているのではないので、「嬉しい」、「ありがとう」と言ってくださる依頼主の言葉が活力源だから続いていると思う。

漫画家を夢見ていた頃は、「好きなものを好きな時間をかけて描けるのはアマチュアの時だけよ」と先輩から言われたものだが、そういう点では私はまだまだ限りなくアマチュアに近い存在と言えるだろう。

石とのご縁をいただいて、ちょっとした分け前をいただいているのが今の自分だ。

私は、人間と天然石の接点に位置する。

ここらへんのこだわりは、備忘録の

「出来上がり、が始まり」を読んでいただくとありがたい。

 最近、備忘録を見てくださった方から、「石の種類がたくさんで、選べません」というメールをいただいた。理由は様々だが、願望が多すぎてどの石を選んだらよいのかわからないというのであれば、まず自分の願う幸せの元はどこにあるのかを考えてみる。

仕事で乗り切りたいのか、恋愛で悩んでいるのか、体調が悩みなのか。

初めから完璧に幸せというのは叶わないので、まずは目の前のコレをちょっと上向かせたいと考えれば、「願い」はスッキリする。

なんとなく開運したい、守護を得たいというのも立派な願いである。

自分に足りないものを補うという視点から探り当てる。

一口で「仕事運」が欲しいと言われても、財運が上がれば幸せなのか、人間関係が良好になればいいのか、自分の才能を活かしたいのか、体調が心配なのか…悩みの元をたどってみよう。

恋愛運と言っても、出会いが無いのが悩みなのか、進展しないのが悩みなのか、様々な想いがあるだろうから、そういう時は、気軽にメールでお尋ねください。

願いに関して、私が思い出すのは、ギリシャ神話に登場するミダス王の話だ。

富豪でありながら、ミダス王は神に、「自分が触れるもの全て黄金に換える力」を望んで、その力を得たが、手にするもの全てが黄金に変わり、食べることもできなくなった。飢えに苦しんだ王は、神に許しを乞い、その力を失ったが、もう黄金に執着しなくなったという話。

得たいものが金運、だったらそれは仕事運につながっているのか、恋愛運につながっているのか。

一生に一度しか石との出会いが無いわけではないので、とりあえず、目先の願い、未来の願いに焦点を合せてみてもいい。

また、直感で、惹かれる石があったら、それはあなたの内面が欲している力を宿しているのだ。そのために備忘録には写真を載せている。

自分の内面から湧き出る直感にしたがって、石を選んでみるのも、石との出会いには必然だ。

どうしても、選べない!という場合は、相談してくだされば、私がオラクル・カードであなたの悩みの解決策をリーディングして、石を選ぶと言うことも。 お任せコース。

人が石を選ぶのではなくて、石が人を選んでいるのではないかと思うことがある。

どんな石とも縁ができたら、可愛がって欲しいと願う。石は石を呼ぶ。

ひとつの石を手にして、次の石を手にする財力や行動力を用意してくれることから、古くから

「石は石を呼ぶ」と言われている。

 

先日、夢を見た。私が天然石を購入しているお店の夢。

実際はネット通販で購入しているのだが、夢の中では、私の近所に お店が存在し、私は石を選んでいる。

お店には石の効能が綺麗に記されたカードがあった。そこでは私の作ったブレスに対しての寸評が載っている。

 

異次元にそのお店は存在しているとしたら、私のもとにやってくる石はあらかじめ決められているに違いない。そんなことを思った。

涙は

ものの本によると涙には、脳内ストレス物質が含まれているそうだ。

泣くことはストレス解消に良いということだ。

私の年齢も年齢だから、相手の気持ちを思うと涙腺が緩むということがある。

もらい泣きはよくする。

 

父を亡くしたとき、あわただしくて泣く暇も無かったが、父の長兄、-私には伯父に当たる- に

電話したとき「我侭なヤツによく尽くしてくれた」と労いの言葉をかけてもらって、やっと泣けたことを思い出す。

 

 嬉しくても、悲しくても涙は出てくる。脳内に蓄積された物質を流すために。

手相を見ていて、話をしていると、依頼者が泣かれたことがあった。

その涙は、自分を取り巻く環境が良い方向へ行くだろうという安堵の涙。

周りにいる人たちへの感謝の涙。

それは、悲しい涙ではなくて、安堵の涙、スピリチュアルな言葉でいうと浄化の涙だと思える。

 

涙は、どんな涙でも、次の段階へ導いてくれると思う。

泣くことは、恥ずかしいことではない。

 

新しい手相見道具

140111 ren2先日、愛用していた手相見棒が折れてしまったので、新しい道具を購入しました。

木製かんざしに、シトリンとブルートパーズを飾ってみる。

フランス製エルバンのガラスペン。色はアンバー。

両方手にして使ってみたら、木製のかんざしは軽くて使いやすいが、手相の線を示すとき見づらいかも。

ガラスペンは、手相の線は示しやすいがガラス製なので、ちょっと重く感じます。

しばらくはガラスペンを使ってみて、かんざしは予備にしておこうと思います。使っていくうちに手に馴染むと思うので、

新しい道具で手相を拝見できるのを楽しみにしています。

次の段階に

今日、長年愛用してきた、手相見棒が、折れてしまった。

それは突然だったが、必然だったと思う。先日某占いで

「大切にしていたものが壊れるかもしれません。でもそれは、ワンランク上のものが合うようになったということです」

という文面があったから。

思うに、今年に入ってから毎月、手相見の依頼がある。昨年までは「隔月手相見」だったが、今年からは「毎月手相見」状態。見料を値上げしたので、手相見の依頼は減るかも…なんて思っていたのだがこれは予想外だった。

すでに、昨年一年間の拝見人数を越えている。

合わせて、天然石関連の依頼もほどほどにある。気をよくして天然石ビーズを私としては多めに購入してしまったほどだ。

次の段階に来たというのか。手相見のとき、口で説明しても、依頼主は目で追えないので用いるようにした手相見棒、いつか壊れると思っていたけど。

次の手相見棒はかんざしにしようか、と考えていたが、簪(かんざし)お高いので、自分でパーツを買って作ってみることにした。

このところは、手相見の前に依頼主の悩みについての、ご神託を、「オラクルカード」シリーズの「大天使ミカエルカード」でリーディングする。

3度カードを選ぶが、だいたい同じカードが出るので、手相見のときにそのカードの内容の話もする。

多くの依頼者が、驚かれて、思い当たるところがあると言う。

私はただの手相見であり、わたしの言う言葉に、依頼主は自分の深い心を見るのだと思う。

多くの、「運気の変わり目に入りつつある人」が、私に手相を見せてくださるのは、必然であると思う。私は、依頼主の深層心理、または背後にある見えない存在の言葉を語っているのかもしれないと思う。次の段階に来ている。そんな気がする今日この頃。

 

お断りする

初夏らしい天気が続いています。汗かきの私にはちょっとつらいですが、太陽が輝いて、青い空が見えるって言うのは、ありがたいことです。写真は庭のライラックの花。

最近、ブログを見てくださって、手相見を依頼してくださる方が増えました。先日は東京在住の方からお問い合わせのメールが…。ありがたいことです。手相を拝見することは叶わないですが、私に問い合わせるという行動を取ってくださったことになにより感謝します。

また、知人の方の依頼でブレスレットに組む石のことについて相談したいとメールをいただきました。だいたい私は希望と予算をお聞きして「お任せ」で組むのですが、「お時間取れませんか」という先様には以前、お世話になったこともあり、出かけました。

石の希望など話を聴いているうちに、背後からの声が少しずつ大きくなり、石の組み合わせや願望をうかがっているうちに出たのは、私本人も驚く言葉でした。「私にあなたのブレスは組めません。お断りします。ブレスを組んでも、今のあなたの手元から消えてしまうから」

頭の隅の回線が細くつながった感じで、次々と言葉が出てきます。

相手の開運したいという気持ちはよくわかったのですが、ブレスひとつで解決できない深い事情があると直感しました。私は自分がその事情を映す鏡のように感じました。

全てお話したところ、相手も納得してくださいました。

稼ぐのが目的ならば、いくらでも高い石をお勧めして、組むことはできます。効果があるかというと

それは疑問です。

でも、私にご縁のある人には、開運していただきたい。

運というものがどのように手元にやってくるかと説明して、気がついたらお茶一杯飲まずに2時間近く経っていました。

相手に開運情報を提示しました。「ここからは、有料です」と一線を引けたら良いのでしょうが、

“人間相手に商売はしない”もっと上の存在、自分自身に誠実に仕事をしたいと思っているので、今回はブレスの作成は丁重にお断りしました。見えるもの、お金を得ると、相手に見えないもの「運」を渡せると言われている私の直感です。相手は、得をしたようで、していないのかもしれません。

お金をいただくとか、いただかないとか、それ自体が問題ではなくて、自分で気づいて周辺に気配ることができたら、もっともっと運を掴むことができると思うのですが。

私はひとつ徳を積んだと思うことにします。私も見えない力にずいぶんお世話になってきましたから。

奇しくも、手相見をお断りし、ブレス作成をお断りし、「お断り」が二つ続きましたが、その理由はまったく正反対のものとなっていました。

居住地の関係で、手相を拝見できない方には、運を呼ぶ、場を浄化するなどの天然石アイテムで繋がりたいと思っています。でも、アイテムはアイテム。手にした人の強い気持ちが必要だと付け加えておきます。それは一種の念力です。

先々月、仕事運のストラップをご依頼くださった方から、「先月はじめの暇から比べると一転、仕事にモテモテ状態です」とメールをいただきました。ありがたいことです。

開運行動を実践してもなかなか効果が現れない場合もあります。その場合は、開運行動のベクトルがズレテいるのかもしれません。まずは住んでいる家、部屋に良い運気を呼ぶというサンキャッチャーが値段も手ごろでおすすめです。もちろん八角形鏡も試す価値があると思います。

自分が運が欲しい!と思ったときは、その運の元となる希望を自分の中に見つけることからはじめます。


 

お茶碗に5円玉

やっと初夏らしい天気になりました。

お茶碗に5円玉

今日はひそかに話題の、「お茶碗に5円玉」という沖縄発の風水を紹介します。ネットで検索するとたくさんヒットします。そこでも色々と情報が得られますが。これは琉球風水で、島袋千鶴子さんが書籍にして出版されています。お茶碗に5円玉を入れて、玄関に置くだけ。置くだけです!!簡単です。

注意点は、

■お茶碗は欠けたものは使わない。

■5円玉は五円と表記された面を上にして、ピカピカのを使用します。

■赤い布を敷いておくと、さらにパワフルに。

■玄関は綺麗にしておく。お茶碗もきちんときれいに保つこと。

これだけです。

東京在住のクリエーターにひそかに広まったらしいですが、試すだけはタダなのでさっそく試してみました。

効き目あったか?というと、はじめの1週間はなにもなかったですよ。

でも、2週目に入ったところで、天然石ワークで大きなご依頼をいただいたり、ご縁をいただいたりして「効いてる」と実感しました。効いてると思うと、楽しいじゃないですか!効果ありました。

今でも、玄関にお茶碗を飾っています。

先日、尋ねた友人の家の玄関にも、「お茶碗に五円玉」がありました。

効き目がある!と思うとそれが「引き寄せの法則」のように働いて引き寄せるエネルギーとなるのではないですかね?オススメします。

今年に入ってから、毎月途切れることなく手相見のご依頼をいただいています。手相見度40パーセント。ありがとうございます。

最近は自営業や、会社の管理職の方の手相見も増えてきました。

人を指導する立場にある人の孤独が、私のようなものにも手相見の依頼へとつながるのだろうと思います。思いつめていると、たくさんある選択肢が一部しか見えていないことがあり、手相を見ていると

「ああ!」などと発想の転換に気づかれる方多いようです。

開運行動も、考えを柔軟にするというか、幅を広げるきっかけになると思っています。

意味ある偶然

気がついたら6月です。天気もよくなりました。2日ほど前の晩の話ですが、携帯電話のメール着信がひっきりなしになった時間帯があります。

同じ人からのメール、返信ではなくて、複数の人から数分おきにメールがあるのです。着信音がひっきりなしに鳴るので、最後のほうはサイレント(無音)にしていました。携帯電話のメールが1通も来なくて、「千年の孤独」の気分を味わう時もあるのですが、反して今回のように複数の人から数分おきにやってくるようなこともあります。

これは不思議なことに思えます。まるで見えない世界にとあるタイマーがあって、ある時間になると、「煉あてにメールしてみよう」というスイッチが入っているようなイメージ。そしてそういう時は長らく連絡が途絶えていた人からが多かったりする。

長く生きていると、そういうのを複数回経験しています。

ブログを読んでくださっている人にも似たような経験があるでしょうか。気になるところです。

この「見えないタイマー」をタイミングというか、運というか、見えざる力を感じます。洒落た言葉を選ぶと「シンクロニシティ」 意味ある偶然の一致 なのかなとも思います。

以前も記事に書いたかもしれませんが、運という言葉は「運ぶ」ということで、誰かが運んでくれるものという意味があると聴いたことがあります。

ただ運ばれることをじっと待っているという意味ではなくて、運を掴む、得るためには、事前に自分が人と接して、相手に運んだ「運」がめぐって自分の元に戻ってくる。それは1日先かもしれないし、1週間後、1ヶ月、1年、10年…あるいは来世かもしれません。忘れた頃にやってくる。

どんなことにも、意味を見つけて過ごすと人生は、運がついてくる。

 



 

友だちの手相

ちょっと、更新が滞ってしまった。なのに、アクセス数が過去最高になっていたり、またその反動で、翌日は数が落ち込んでいたりする。これって人間の気分や運気の波にも似た印象を受ける。

写真は私の愛用しているピアス。

大事に使っていたのに、ある日突然行方知れずになり、1年以上経ったときに、自宅の浴室で見つかった。お風呂で落としていたのに1年以上も排水溝に流れていってしまわなかったことに驚き。

しばらくすると、また行方不明になった。気になっていたまま、先日、お隣の駐車場前の路上で見つけた。

知らない間に落としていたらしい。偶然見つかったことにも驚きだが、縁のある石というとは失くしても戻ってくるんだなぁと実感する。逆に合わない石は手元から消えていくもの…と再度認識した次第。

 

最近、手相見をしていて、考えることがある。

「友人の手相を見る」のと「手相を見ているうちに友人になる」というのは、同じようで違うものだ。

前者はありえるが、後者はないと思っている。また、友人の手相を見料をいただいて見るのは、「1度だけ」と決めてもいる。

手相見に限らず、霊感リーディングでも、タロットでも、近すぎれば、近すぎるほど私情が入り込み、運気の流れを正確に読み取れないことがある。お付き合いの中で生まれた、「相手に対する先入観」が肝心なことを見えなくする場合も少なからずある。また手相は、時間をかけて変化するものなので、1ヶ月前に見た人の、その後すぐにどうか?という質問にも弱いと思っている。

私はあくまでも手相見。手相を見ているだけであって、運気を上げるも下げるも、個人の行動にかかっている。流れに身を任せているだけ、にしても、物事に対する視点を変えたり、考え方を変えたりするだけでも展開が違ってくる。

「また、メールしてもいいですか」とよく問われる。

「今回の占いの延長ではないこと、開運行動に関することであればどうぞ」と答える。

それゆえ、私の手相見にはリピーターは少ない。またリピーターの場合、拝見時期の間は半年以上から1年以上開いている。

手相見のあと、メールで「恋愛運について」「金運について」と聴いてくるお客さまもいる。

正直、見ているときは、手相を通して、判断しているので答えられるが、手相が目の前にないと

正確には答えられない。一人一人の手相を詳細に記憶もしていない。

「友人の延長」で色々尋ねられる場合も多いが、関係が近ければ近いほどあまりアドバイスが身になっていないことも多いかもと思う。友人に対する軽いアドバイスの領域を出ていないだろう。

見料は「ありがとう」という気持ちと、わたしの「開運して欲しい」と願うエネルギーの交換だと思う。エネルギーのカタチがお金である。

お金は大事だ。だからこそ、私に見料を支払っても見てもらいたい、と思ってくれた人には、それに見合ったエネルギーを渡せるように真剣に見る。

聞く体勢ができている人には、有益な開運情報を示しやすい。

待ち、の気持ちを進む気持ちに変えたい、いい流れを作りたい人と「手相見」のタイミングは合うものだ。