運気の変わり目を感じることがある。
最初に感じたのは10年前に病のため入院した時。手相を見ることが他人様に必要とされているのかなとぼんやり思ったとき。
最近気がついたのは、自分の手相見はたいしたことがないと思っていたけど、他人様にはそうでもないのかも、というのが続いたとき。
私的には、趣味の延長で始まった手相見と天然石関連のあれこれが、他人さまに喜ばれるというのは、なんとも不思議な感覚のままだ。
自分の好きなことで、お金が稼げれば一番良い。
ほかに自分では普通にできることで、大したことではないと思っていることでも、他人から「デキル」と言われたことに、お金を得ることができる種がある。種に気がつき、育てるかどうかは、自分次第。
種を見つけるためには、自分の内外にアンテナを鋭敏にしておくことが必要だ。
明日も今日と同じだと思い込んでいる、あるいは昨日と今日は同じこと、という思い込みを持っていては、「種」は見つからない。
種を見つけるという、気持ちが大切だから。
手相を見るということは、依頼主の中の「種」を見つけること。私は自分に対して必要な「お告げ」は、他人の口を通して伝えられるとも思っている。その「お告げ」に気がつくか気がつかないかは、そのアンテナの感度にかかっている。
過去に囚われていては、未来は過去に引きずられたまま。
建設的な生き方を選んだ人は未来に生きることになる。
私は手相を見ることで、ちょっと未来の流れがわかる。
未来がわかった時点で、運気の流れは変化する。
私の尊敬するある人が語っていた言葉を引用(意訳)してみる。
「苦しいことがあったときは感謝しましょう。それは成長のためです。
迷いがあったときは感謝しましょう。それは運命を変えるチャンスです。
悲しいことがあったときは感謝しましょう。それは心を強くするためです。 」
今、辛いこと、迷っていることがある人は、それをきっかけにして、良い運を引き寄せることができる。
他人をうらやんでいる時間はない。
自分のために自分の開運の「種」を探してみよう。それは、自分が他人から言われた言葉から、見つける。
あるいは 自分のしたいことを、とりあえず、試してみるのだ。