上から降ってきたなにか

このところ、眠気が強くて、ヘミシンクを聴くのをお休みしている。

よくあることなんだろうけど、と前置きしておいて。

寝落ちする寸前に、頭に何か「落ちてきた」感覚があった。

飼い猫や、机の上の本ではなくて。空気の珠、丸い玉のようなものがふわりと落ちてきた感覚。入眠時の幻覚のようなものか。

昔、眠っていたところ、頭の中から、なにか引っ張り出されるという感覚を味わったことがあり、今度はその逆パターン。脳の錯覚としても面白いと思う。

別の日には、光の玉が、落ちてくる夢をみた。夢は潜在意識の表れてあるから、興味深い。

本日、私が呼ばれていた(と思っている)モルダバイトのペンダントが到着。

手にして見つめていると、遠い宇宙に想いを馳せると、アニメオタクだった頃や自分や天文オタクだった頃を思い出す。

最近のアニメを見てときめかないが、’80年代から90年代のアニメをYoutubeで見ると、気分が高揚するなぁ。

世の中には、人間には見えていない世界がある。最近の宇宙物理学は、それを数式で証明できつつあるようだ。

数式を見ても凡人には数字の羅列でチンプンカンプンだが、見える人には意味ある事象が見える。そんなふうに世界には、自分の目だけで見えないものが存在する。

 

密かにブログのファンをしていた道内のある霊能者Aさんの、メルマガの内容が、偏りだしたことに氣がついたのは最近だ。

言葉遣いが乱暴で、断定的になってきた。ネット上でもよからぬ噂が流布されている。だいたいはとても汚い言葉で罵倒された、という内容が目立つ。

噂は噂にしかすぎないが、実際はどうなのか、会ったことのない私には断定できない。

ただ、自戒として話す言葉には氣をつけねば、とあらためて思った。

どんなに優秀な霊能力者も、心の隙間に入り込まれて、低級霊に憑かれてしまうと、「言葉が乱暴になる」とか「金銭にうるさくなる」そうだ。

強力な守護霊が憑いていても、守ってくれないのか?

というと、そういう低級霊から守ってくれていても、当人には及ばないらしい。

低級霊に憑かれると、直近のことはよく当たるらしい。そして位の高い神様の名前を名乗って接近してくるとか。

とりあえず、私には、今のところ、そういうのはない。

直感で、繋がっているのみである。

バンバン当たり始めたら、かえって危険なのか?難しいところである。

見料は、当面、新渡戸さんでお願いすることになりました。

この世に正解はない

このところ週末は大雪で、2時間おきに外へ雪かきに出ていました。

筋肉痛になるかと思ったけれど、雪が軽いので、筋肉痛は軽くて済みました。

氣がつきましたら、手相見+の記事数が400件となっていましたので、これが401件目の記事であります。

雪かきに追われて、手相見も予定通りに行きません。そういう時期ってあります。

私の父方の従姉妹はバリバリキャリアの公務員ウーマンなんですが、親類の葬式で会ったとき「普通のパートのおばちゃん」がしたい、と話してました。

上に立つ人間はいつでも決断と責任の立場で、ストレスが溜まっているのと察します。

彼女は結婚して子供もいますが、仕事のために、子供になにかがあると実母に助けられていたと言います。

子供と一緒にいられなかったという寂しさもあったのかもしれません。

普通のパートのおばちゃん、である私から見ると、バリキャリでうらやましいと思っていたのですが、人間と言うのは、自分の持っていない部分を欲するものなのですね。

自由があれば不自由をうらやみ、不自由なら自由を欲する。結局のところ「リアルが充実」するっていうのは、自分の気持ちの落としどころを掴むと言うことに尽きるのでしょう。

それぞれの生き方は自分で選択したので、誰がOKで誰がNGということもない。

人間の生き方の評価は勝手に他人がしているので、合わせる必要もないのです。

手相を見ていて、これからの展開を話していて、敢えて、難しい道、厳しいほうの選択肢を選ぶ依頼主もいらっしゃいますが、私の見通しでの「幸せ」と依頼主の魂が欲している「幸せ」は別物なのだと、思い当たります。

占い師と依頼主の相性も、確かにありますしね。

ただ、「こうなる可能性」を示されたからと言って、盲目的に信じる前に自分の内面、心の声を確認しながら選択する自由はあるということを覚えていて欲しいのです。

今、迷っている人、辛い人、その辛さは、自分自身の成長のため、カルマの解放のため、予定通りなのかもしれません。

予定通りなら、次はもっと自分の心に正直なものを選択してみてください。あなたの思考

結婚しているからOK、未婚はNG

子供がいるから良い、いないのはダメ

モテルのは良い、モテナイのは…etc.

この思考の展開は、案外、世間(または支配層)の刷り込みかもしれません。

ようは、自分がなにを選んだか?

自分の考えに固執しないで、たくさんの意見を聴くのも大切で

自分がどれを選ぶか、だけです。

昔と違って、たくさんの情報に触れることができる時代です。

道行くスマホを見つめている人を見ていると、それぞれがそれぞれの神の声を聞いているような印象を覚えます。

見ている方向は手元の画面だけれど

周りも見ていないと、足元が危うくなるので

占いと言うのは、足元を見るために利用するのが一番なのではと思うわけです。

不思議な力

手相見の見料についての記事を上げてから、アクセスが急増しているが、なぜでしょう。

基本、新渡戸さんが1人でリピーターさんが漱石さん4人でいこうと考えています。あまり変わらないと思います。

あ、漱石さん一人が前後するかもしれませんが。

今まで、通りすがりの手相見を自負していたのですが、最近はリピーターさんも増えてきましたので、考えを改めました。最初は時間をかけて拝見して、2回目からはポイントを押さえて流れを見るというスタイルが望ましいのでしょう。手相見を始めた頃は、リピーターさんがいらっしゃるとは考えていなかったのですが、数年やっていると、意外と需要がありましたね。

昨年は、紹介されたアルバイトで土日も働いていた関係もあり、日にちと時間が合わず、お断りした依頼も複数ありました。正直申して、アルバイトで働いていたほうが、収入も安定していたのです。ただし暇がない。

もしもこのアルバイトが続いたら、手相見は辞めることになるかもなぁ と頭のどこかで考え初めていたのは正直なところです。

ところがですよ、そんなことを考えたとたん、バイト先の仕事は終了しました。当初の予定が全て終了したのです。ミッションクリアです。

次に希望された業務内容が、施設内某所の整理でしたが、責任者が「その場所には怖くて一人でいられない」と言いながら、私にそれをしろ、と言う内容でした。

最初はやんわり断りました。でもなかなか伝わりません。当初の仕事のゴールが見えてきてだんだんその話が本格的になってきます。

場所が場所だけに「ちょっと氣が進みません」とお話したところ、突然、責任者が「仕事は終了した」と言いました。

延長するならば「勤務時間が今までの半分」になり、またその日の忙しさによって延長がある、つまり時間ははっきり決まらない勤務という条件で、または平日の仕事を辞めて専任するかだ、とも言われました。
詳細は省きますが、その仕事に専任するには不安な材料が多々ありましたし、

勤務時間が当日にならないとはっきりしないというのは、正直厳しいので延長はお断りしました。

今までパソコンのスキルで望まれて是非に、というのでいただいた仕事を無事に完了できてほっとした反面、延長をお断りしたとたん「もともとパソコンなんて必要なかった」と責任者の方に言い捨てられたのは、残念な思いもあります。

単純な言葉の行き違いだったとも思うのですが、信頼している複数の人や夢見でも「もうその場所のバイトは辞めたほうがよい」と告げられていたので、渡りに船だ、と判断しました。

あまりの急展開に、見えない力が働いていると思わずにはいられません。

今から思うと、責任者の方の態度や言葉も普通ではなかったように感じます。

当初の予定を終了したところでしたから「もう後ろは振り返るな、走って逃げろ」と背後霊に促されて、新たな気持ちで新年を迎えよう。

でも、ほぼ一年、そのバイトを通して私は見えない世界を見て、得た知識も少なくありませんでした。貴重な体験です。こんな私を紹介してくださった方や、採用してくださった方には感謝の言葉しかありません。
本当にありがたいことです。

急な終わり方に見えない力を感じたのは、もう一つあります。

バイトを辞めたとたん、手相見の依頼と天然石の依頼が続いたことです。

依頼主からのお礼のメールや近況報告も多く届きました。

堰を切ったように、という表現が合っているかはわかりませんが、続くときは続くなぁと感じました。

ヘミシンクを始めて一年以上になりますが、2014年はこのバイト先に勤めることで、私は前世のカルマをひとつ解消したと思っています。

ヘミシンクの「Hemi-Syncによる過去世(別の人生)探究(日本語版)」で

強烈な過去世の夢を見たときに、このバイトが決まったのです。それも不思議な偶然がいくつも重なってです。

当初は断りに断ったのですが、あれよあれよと決まり、氣がついたら土日その他で95日ほどの短いバイトでしたが、始まりも終わりも、不思議な展開、不思議な力に導かれていたような氣がするのです。

己の直感を信じていいのかどうか、オラクルカードを引いて尋ねてみたら

「あなたは正しい道を歩いています」というメッセージでした。

占いが必要な時

写真は、まるで杖を思わせる姿の水晶ポイント。先端近くにタビークリスタルの結晶が、嵌っています。これをドルフィンと呼ぶのか、それとも別の呼び名があるのでしょうか。

昨年末にお店の閉店セールで一目ぼれしました。

昔、水晶がなかなか手に入らなかった頃、手にした書籍に記されていた販売店で、水晶ポイントを通販で購入しました。現金書留郵便で、送金して、届くのを待つ。

水晶といえば、完全な六角柱で無傷のもの、という思い込みがあったので、届いた水晶には他の水晶を外した痕が残っていて、少し不満がありました。

この、別の水晶を外した痕が残る水晶が、異界への導く力がある「ゲートウェイ」と呼ばれると知ったのは、恥ずかしながら数年前です。その販売店とはネットの普及する前から、かれこれ20年以上通信販売でお世話になりました。今から振り返るに、水晶マニア御用達の石をたくさん、提供していただいたと思います。

私が水晶を手にしたのは、人生がどん底だったと思ったからで、その時は「おぼれるものはわらをも掴む」な気持ちだったのは事実です。

水晶は、手にしただけでは、ただの水晶です。水晶と向き合い、自分と向き合うということが一番大切だと、痛感します。

占いが必要な時も、「その時」だと思います。

基本、幸せで絶好調!の時に占いってあまり足が向かわないもんです。

ちょっと物事が停滞している時や、動かないと感じたとき、将来が不安なときに、占いを求めるのでしょう。

人間をたやすく死に至らしめるものは、「絶望」だと言います。

海岸の砂浜から一粒のダイヤを探すように、「希望」を求めて、占いをする。

その「希望」を見つけるのは自分自身ですが、その希望へとたどり着くヒントを一緒にしたいと思います。

今まで必要としていた占いを必要としなくなったとしたら、あなたは「運」を自分で引き寄せている。すなわち 強くなった人です。



2015年キター!

謹賀新年

2014年末から2015年のお正月は、いつもの通り寝正月を決めこんでおります。外出もせずに自宅で年賀状を書いたり、本を読み耽り過ごすのが私のお正月。

このお正月に慣れてしまうと、おひとりさまな人生まっしぐらだと納得します。

寝正月と決めたからには、普段は飲まない、お酒の類も飲みます。お神酒の日本酒に始まって、そうだ、ハイボールも飲んでしまえ。

ハイボールを飲んだら、蕁麻疹ぽいのが出てきましたが、やりすごし、お正月なので、と、さらに日本酒の発泡酒を飲み、もう少し良い気分になってしまおう!と思っていたが、普段より飲みすぎたはずなのに、ほろ酔いが醒めてしまいました。酒が中和されたのか?いや、自分が酔っていないと思うこと、すなわち酔ってしまったということか。

ついでにアルゼンチンワインも開けてしまえ!と飲みつつ、NHKの紅白を見ていたが、急に眠たくなり、1時間ほど横になって眠った。おかげで紅白の結果は見逃してしまった。

画面はすでに「ゆく年くる年」となっていた。

すべては午後11:55分から教育テレビで放送される「0655 2355 年越しをご一緒にスペシャル」を見るため。

見て、今年一年の運試し、年運の「たなくじ」を引かねばならん!これが私の年越しのイベント。

眠い眼を、しょぼしょぼさせながら、携帯電話で撮影した「たなくじ」。

今年は”太田吉”(たぶんレア)画面をゲット!

新年の始まりに、縁起が良いわ!!と一人ほろ酔いしたまま悦に入って、床に就きました。

昨年は、依頼主の方から太田吉の画面を送っていただき、おかげさまで2014年は、干支のとおり「駆け抜けた」感があります。

あまり記憶に残っていないので、ブログは役に立ちます。

年賀状を、たくさん頂戴してありがとうございます。

皆様から「おめでとうございます」の言霊を頂戴して、私の運気も上昇確実です。

昨年末に、「ぷっかの卵」、おっとっとの「皇帝ペンギン」などを手にして、お宝水晶を手に入れ、この画面を手にしたところ、2015年は良い年であるのは決まりです。

 

運は、伝染する。運に恵まれた人とつきあえ という言葉があるそうなので、どんなことがあっても自分は「運が良い」と信じる、信じることが肝心ね。

今年もよろしくお願いします。



来年もよろしくお願いします

12月を師走と言うが、なぜにこういうのかという説は様々あって、最近知ったのは「師」すなわちお寺のお坊様も昔は年末のお経に忙しかったから、なんていうのもあるそうです。いやいや長く生きてきたけど、つい最近知りました。

年末、地元の情報紙の広告に眼を奪われて、お店の閉店セールに足を運びました。

今まで氣にはなっていましたが、いつでも開いているお店ではなかったので、行きそびれていたのです。

お店は昨日30日付けで閉店されました。私は28、29日と通って、写真の水晶を購入しました。

水晶教となって久しい私ですが、住んでいる土地の事情もあり、直接お店で手にして購入した水晶は数点です。デパートの売り場、東京の石屋さんなど。あとは信頼のおける通信販売業者に依頼して、水晶と出会ってきました。

お店での水晶の扱いにも少しはうるさい私ですが、このお店での水晶たちのとの出会いは、まさに「運命」と言えました。

普通のショップでは数千円から数万はするであろう、マニア垂涎(?)の個性的な水晶が数百円から居たのです。(そう、あえて言いましょう、居たのです。)なんでも店主さんが亡くなられたので、市場価値がわからぬままの「売り尽くし」セールだとか。

太さの6倍以上の長さをもつ「キャンドルクリスタル」とか、柱面がくっついているクォンタム・クリスタルやレムリアンクリスタルなど。これが、2個でいくら!で販売されているなんて。

そのうえ太い水晶の周りに小さい水晶が取り巻いている「アバンダンティア・クリスタル」註)アバンダンティアはローマ神話の豊穣の女神の名。

これは180グラムもあって普通だとグラム100円とかでも18000円くらいすると思うんだけど。

取り巻いている水晶がほとんど、ダブル・ターミネータ でルーペで見ると、虹も入っているし、ツインソウル、カテドラルな部分も多いのです。

あ~、これは水晶オタクな呼び名を連呼してしまった。わからない人はわからないが、わかる人にはわかる、そんな水晶です。群生とは違うらしい。群生というのは同じ根元が成長しているのを指すので、これはポイントだと思います。

 

そのうえ、ここ重要。水晶たちはお香の香りに包まれ、丁寧に扱われておりました。

世の中にはこういう幸運な出会いがあるんだわ。私が必要としている水晶たちに、

まさに、石に「呼ばれた」2日間でした。

店主のコレクションだった書籍も譲り受けることができて、年末年始は読み耽りたいと思います。

「備忘録」ではないのに水晶の話を熱く語ってしまいましたが、手相と無理に関連付けるとしたら、チャンスをキャッチするアンテナ、磨いておこう。

道は、あるとき突然、開かれる。

それを痛感した2014年、年末でした。

来る2015年も、ブログに来てくださる皆様のご健康とご多幸をお祈りします。

2015年もよろしくお願い申し上げます。



今年を振り返って

写真は森永のお菓子「おっとっと」に入っていたレアな皇帝ペンギン。ラッキーなことが起きるでしょうか。
つい、この間、新年を迎えたと思ったら、今年もあと7日となっていました。

平日、土日、バイトをして、隙間の時間に手相見と天然石のアイテムを作っていたので、なにか、寛いだ気分にはなれず、光の速さで過ぎた印象の2014年です。

手相見のブログなので手相見についての印象を申し上げますと、市外の依頼主で始まり、市外の依頼主で終わった一年です。市外7割の地元3割。女性7割の男性3割です。既婚者7割の独身者3割(いずれも現段階での話し)。再度いらっしゃいませ、は4割でした。

今年も年賀状の準備をしなくてはならないのですが、まだ出来ていません。

毎年のことですが、年越しのときにあたふた宛名を書くことになるのでしょう。

最近、あまり夜更かしできないんですよ。

年末年始は、ちょっとのんびりできると思っています。

我が家はいつも、寝正月。

静かに年越しします。

今年一年を振り返って、思う言葉は

「獅子に腕を噛まれたら、引くな、押せ」ですかね。

みなさんはどんな一年だったでしょうか。



大雪備忘録


先週の、17日と18日、爆弾低気圧襲来で、猛吹雪となり、仕事を2日続けて休みました。「不要不急の外出は控えてください」ってテレビで言っていたし、吹雪の中乗り越えていく気力もなかったし。一晩で80センチくらい積もった雪。この地方らしからぬ、水分を含んでめちゃくちゃ重たい。一日目の初除雪にして腰を痛めたため、以後、1時間おきに除雪してなんとか、しのいだ。

写真は爆弾低気圧が去った、翌々日の20日に見かけた雲。一瞬「竜巻の襲来になるかも」と一瞬ドキリとした。

が、なにごともなく風に拡散したようだ。良かった良かった。中心に「天空の城」が隠されているような雲。

吹雪の暴風のため屋外の電話線が緩んで、お隣の玄関前に垂れてしまった。

クルマが入れば、屋根にひっかかり、人が通れば首に引っかかるくらい、垂れている。

NTT東日本の支店に電話するも、この大雪被害でどこもかしこも繋がらず。

外の配線が、電話線か電気の線かよくわからないので、確認のために電力会社に電話してみる。

すぐに電力会社のパトロール車が来てくださり、「垂れている線は電話線のようです」と教えてくださった。

そこで、NTT東日本の市の支店に電話するも「土日はお休みです」とのアナウンスが。

故障担当に電話するも、ほとんど繋がらない。

そこを粘りに粘って(2時間くらい待った)ようやく繋がるも「24日まで行けない」というお返事。

「はい、そうですか」とはいかず、「まぁ困ったわぁ。お隣さんになにかあったら困る」と念を押して電話は終了。

ところが、それから2時間あまり後、連絡をくださったのは、旭川から応援に来ているというNTT関係工事担当者さんであった。

故障担当の受付さんが、念のために連絡してくださり、たまたま近くにいた業者さんが応じてくださったらしい。

陽も落ちていたのに、現在地から30分かけて雪を越えてやってきてくれて、垂れた電話線を応急処置してくれた。

きちんと電話線を処理するのは、雪がなくなる春まで待たねばならないらしい。

同じ頃、我が家の前の道路で、クルマが雪にはまって立ち往生していたのだが、私も通りがかったのが縁で雪かきをしたり、押したりしたものの、車が動かなかった。

垂れた電話線の処置に来てくださったその足で、業者さんはクルマの車輪を除雪し、脱出に力を貸してくださった。

翌日の今日は朝早くから別の担当業者さんが、駆けつけてくださった。どうやら現場は混乱していて「処理済」の連絡がうまく伝わっていなかったらしいのだ。混乱ぶりがよくわかる。

実は私、NTTの故障担当電話が何回かけても繋がらないので、少々憤っていたのだが、現場で働いている人の「おかげさま」であることをつくづく思い知って、恥じ入った。

怒る前に、相手を思う、想像力がなくなっては、ダメだよなぁ。

自分ひとりではなくて、世界は誰かの「おかげさま」で動いている。NTT東日本さんやそれに携わる人々、電力会社の皆さんのおかげで、爆弾低気圧の襲来も乗り越えられた。ありがたい。

我が家は電話線だったが、お隣はテレビの線が切れたらしい。

お世話になった皆様、本当に

ありがとうございます。

泣きたくなったら笑ってしまおう

写真は、行きつけのお店で「見切り品」にて半額で売られていたお菓子「プッカ」を購入したところ、「レア(らしい)のプッカのたまご」が入っていたので記念に撮影。「どの箱にも入っているんでしょ~」と思っていたが、先日テレビのモーニングショーで「レアアイテムを探せ!」的な、入っている確率を調べるコーナーがあり、思っていたよりレアな出現率だった。ラッキー。

長く生きていると辛いことにたまに遭遇する。時々無性に落ち込むこともある。更年期のせいもあるだろうし、季節的なものもあるかもしれない。そんなとき自分が世界で一番ツイテナイとか、不幸とか。短絡的に思っちゃったりする。氣がついたら「最近笑っていないわ」と思いあたり、「漫才」を見たり「本を読んだり」するが、疲れていると、笑う気力もなくなっているのだ。

これは、危機的状況である。私はストレスがかかると持病に出てくる。人間、メンタルの健康は第一優先。

とりあえず、好きな本を読み、好きなことに没頭する時間が必要なのだ。土日も休み無く働くのも良い経験だったけど、何年もするものじゃないし、できないものだったとわかった。

落ち込んで倒れたら、目先に落ちている「何か」を掴んで起きる。

寄ってきた得体の知れない存在を祓うのは、とりあえず良い香り(お香)と光物(ヒカリモノ)そして快適な睡眠。

泣きたくなったら、嘘でもいいから笑ってしまえ。

 

そんな自分を笑って、どんな小さな幸運を見つけて、次に進むべし。

 



手相棒も復活

手相見を始めて、しばらく愛用していた手相棒、本当はガラスの爪楊枝だった。ふとしたことから折ってしまい、それから使いやすい手相棒を求めて試行錯誤していた。最近、レジンを使うようになったので、レジンランプを購入したのを機に、レジンを接着剤にしてつなぎ、やや曲がってくっついたが、そこはワイヤーで補強して、使ってみた。

このちょっとした曲がり具合がなんとも使いやすい、手相棒復活。

手相棒を復活させたところ、いいタイミングで依頼主があらわれた。世の中、うまくできている。

今年は去年よりも多く依頼していただいた。

掛け持ちのバイトでご不便をおかけした皆様、申しわけありません。

そして ご協力ありがとうございます。