アツイ

連日、暑い日が続いています。

勤め場所が、エアコン完備になり、出勤時はバスで通っています。それでなんとか体力を温存しています。

でもいつでも体温が熱く感じるので、熱中症の一歩手前かもしれません。

アツイと言えば、このところは、天然石関連のお直しが「アツイ」…忙しいです。

今年の後半は、自分の今までしてきた「結果」が現れやすいという話でした。

どんな形で現われるのかと思っていたら数年前に手相を拝見した方からの依頼が続きました。

紹介制で見ているので、あまり相性のよろしくない依頼主に当たったことがなく、また依頼主が開運していることが私の小さな自慢です。

今までで、一番手相見として、敗北感に凹んだひとつの事例があります。

 

2010年3月16日付

◆空白をどう読むか

このときの依頼主、Tさんとしておきますか。

今までで一番長い時間拝見し、あらゆることで印象深い依頼主でした。

Tさんからは

「もっと的確に言ってくれるかと思った」

「こんなことなら市外の占い師の所へ行けば良かった」

面と向かって色々言われました。

 

自分の未熟、力量不足を痛感しながらも

ああ、相性が合わないってこういうことなのね…。

手相見としての洗礼を受けた気分でした。

私にも良い勉強になりました。

そのTさんを紹介してくださったR子さんから、連絡があり、

「もう一度、Tさんが見てほしい、と言っています」とのこと。

ありがたいと思う一方で

なんだか、複雑な気持ちです。

 

ご本人から依頼されれば拝見します。とお返事しました。

手相見はそれでお代を頂いているのです。

占いには相性があるので、今度もまた御満足いただけないと、お代がもったいないと思うのです。

Tさんが求めるものが、何年何月に運命的な出会いをして、云々。。。。。というものなら

非力な私にはご期待に添えないのも事実ですから。

 

今はまだ、Tさんから、再見の依頼はありません。

再見することになっても、ならなくても、それは天のはからいに他なりません。

 

今日も暑いし、明日も暑い。

今日も保冷枕で寝ることにします。

 

耳をすませて

このブログで、書いた記事で、アクセス数が多いのは「仕事運」です。

常々、「お給料は我慢料」だと思えば、腑に落ちると書いてきました。

今まで、私は多くのバイトを経験してきました。

たくさんの人とお仕事をする機会に恵まれ、勉強になったと思います。

手相見の私の経験値アップに繋がる方々と出会えたからです。

 

 

その多くの出会いの中で、発見というか、印象深いAさんのお話をします。

Aさんは、某学校の校長先生の奥様で、ご自身も学校の教員免許を持っていらっしゃる。

ご自身が働かずとも、専業主婦として、のんびり暮らすことのできる人です。

ですが、私と同じバイト先で出会ったとき、Aさんは50歳半ばでした。

初めての仕事ですから覚えるまでが大変で、ミスもします。

ご自分のお子さんの年齢のような上司に、ナンダカンダと注意されます。

Aさんと仕事をしていて思い出深いのは、どんなにミスをしようと、どんなに厳しく注意されようと、Aさんはにこにこしているのです。

図太い。一見そう思いましたが、

Aさんは「これぞ、お仕事って感じよね。楽しいわ」と話してくれました。

「楽しい」。

他のバイトの私たちは、時間給でこき使われ(ていると思っている)仕事がなければ、早く帰されるし、ほかの売り場に手伝いにも行かされる。正直、売り上げをアップしても、時給が上がるわけでもない。

別のバイトは「同じ時給なら、暇のほうがいいでしょ」と話していました。

想像するに

Aさんは、生活のために働いているのではないので、心に余裕があるのです。

上司に叱られても「叱られてしまったわ」とニコニコしている。

社会にかかわっている自分、働ける自分が楽しいのです。

Aさんは、勉強熱心な方でした。パソコンなども積極的に学ぶ姿勢がありました。

働いていたお店も、品揃えから「遊園地みたいね」と嬉しそうでした。

…これは最強です。

さすがというか、立ち位置を上においているので最強なのです!

仕事なんだから、厳しくてあたりまえ。でも働けるのは楽しい。

Aさんの姿からはそういうプラスのエネルギーを感じました。

厳しく注意されて

「なによ!若造のクセに!」

「私はこんなところで働かなくてもイイのよ!」

などと、思ってしまうのはマイナスエネルギー。

 

仕事だからつらい、仕事だから報われなくて不満だ…と思っている人と

仕事だから、少々厳しくても いいかぁ。こんな叱られ方しちゃった♥

と思うかで、エネルギーが違ってくるんですよ!!

 

てなことを頭においた上で、それでも

つらいことや不満が溜まってきて、どうにも頭から離れなくなったら

それは、自分で転機を決める時期だと思います。

つらくて苦しくて、ここぞ!という転機の時、天はあらゆる人や出来事を配して

その人に「次」を促すからです。

 

私の場合、数回、そういうのを経験しています。

工場で働いていたときは、他の人と確認して数をかぞえていた微細部品が、作業中に、ありえない回数手許から消えたりしたことがあります。

なにをやってもうまく行かない。

沈んだ気分が浮上しない ことや

ここぞというとき、病気になる。

最悪に思えることも、後から考えると、そうだったのか!と思えるはずです。

どんな大変な時期でも

「すべては予定どおり」。

自分の内面の声を、耳をすませて聴いてみてください。

写真はハート型のローズクォーツに、ロードライトガーネットをワイヤーで飾りました。

◆◆◆

手相見のご依頼をいただいた方、3ヶ月をめどに携帯電話のアドレス、メールは消去しています。

改めて、メールをくださるときは、必ずお名前を併記してくださるようにお願いします。

さよならの夏

現在、公開中のスタジオジブリ最新作「コクリコ坂から」の主題歌で、耳にすることが多いでしょうか。↑当時はこの歌を歌っているのは手嶌さんではなくて、森山良子さん。35年前の夏のドラマの主題歌です。

名優、故、細川俊之さんと女優、岩下志麻さんが主演だったと思います。

ドラマの内容は覚えていないのに、主題歌はその旋律の美しさ、歌詞の美しさが ずっと記憶の片隅に残っていました。

歌を聴くと、その歌を初めて聴いた頃のことを思い出します。想いは時空を越えます。

歌から、情景が浮かび上がってきます。

35年目にして、初めて ジブリの映画の主題歌として、タイトルを知りました。

それを、ネットで知ることができるなんて、良い時代です。

手相見+(プラス)

手相見とブレスレット作成を同時にした記念日です。

手相見の前に、作成を依頼されていたので、手相見当日に納品となったのです。

サイズが、大きかったので、石を減らして目の前で組みなおしました。

ブレスレットを作るときは、石の配列はあらかじめ決めていますが、ゴムを結ぶときにほどけたり切れたりする場合もあるので、緊張しました。

今回は、そんなこともなく依頼主さまにはとても気に入っていただけました。良かったです。

直感で決めている石の配列でも、作る場合は、サイズ調整の為に足す石と減らす石を

だいたい決めています。

いざ、組直しをすると、予定通りではない仕上がりになっていることも少なからずあります。

そこがブレスレット作成時の不思議で、面白いところです。

用意した石とは別の石の組み合わせになったりして、そうしてだんだん、わたしの元には石が増えていくわけです。

手相見のテーマも、続くときは続きます。

先日、手相見や天然石でお世話になった依頼主と、お会いする機会がありまして、

どうやらものごとが良い方向に進んでいるという嬉しい報告がありました。

わたしの力ではなくて、そういう方向に持っていこう!と決めた依頼主の努力が報われたのだと思います。

わたしはそのキッカケを提示したにすぎません。

わたしの運があがるためには、かかわった人たちの運があがることが一番の開運方法だといわれたことがあります。

依頼主の幸せが、わたしの開運に直結しているわけですね。

写真はクンツァイトに浮かぶ虹です。

石に映る虹は、開運の兆し、吉祥です。

注意深く見ると、虹の浮かぶ石に出会えます。

ものごとはそんなものかもしれません。

先日事務仕事で、某ソフトの使い方がわかりません、困っているんです、という職場の人に、関連サイトを紹介しました。

無料なのがもったいないくらい、きちんとソフトの使い方を解説しているサイトです。

下手な教室に通うよりも、学べると私は実感しています。その気があれば。

わたしは、情報の在り処を示しただけです。活かすか活かさないかは、当人の意思です。

教えてくれ、と言われれば、教えないこともありません。

教えます、と言い切れないのは、相手の姿勢による…ので。

でも、黙っていても、教えてくれるだろうという姿勢では身につかないのは確か。

困ったら「困ってます、教えてください」と求めなければ、

自分で身につけたい!と切望しなければ身につかないのは経験上知っています。

掴む気がなければ、つかめない、それは「運」と同じです。

「運」は文字通り、運ばれるもの。

 

運が良いときは、自分が運が良いと気がつかないことが多いのではないでしょうか。

欲しいものは、欲しいという。周りに示す。

これからは、その欲しいものを見つけ、いかに自分のモノとするのが、手相見のテーマになりそうです。

 

 

 



 

試される時期

長いこと、更新しなくて、お立ち寄りくださっていたかたたちに申し訳ありません。

昨年、わたしの金運は底だと霊感リーディングされて、油断したのでしょうか。

いえいえ、底を打った?と思っていたのですが、どうやら運気的には試されていると感じています。

こたろう

わたしが8年前に口腔外科で手術した部分を再度治療を開始しました。

と書くと大げさですが、歯の治療が始まったのです。

8年前に手術したときも、ダメなら抜歯する、と言われていたのですが、手術で歯根を切除して、8年はもったほうだと思います。

 

我が家の猫
、愛猫 こたろう オス 13歳が、左前足に腫瘍ができ、闘病生活に入りました。

すでにリンパに転移していますので、これからは対症療法で、一日一日を大切に過ごしていくと決めました。

この夏で満13歳のこたろうは、人間だと70歳弱でしょうか。

 毎日、自宅で、包帯を交換し、
週に一度近所の動物病院で受診して、一日2回、薬を飲んでいます。

 
我が家の経済状態を考えると、頭の痛いことが続いているのは…。

手相見も、天然石その他も、続いているので、これはもしかして、運気の変わり目?と思って自分の手相を眺めたりしています。

開運を謳っている、このブログで管理人が不幸只中突入?

それではシャレになりません。

 

いえいえ、これは次への段階への合図に思えます。

調子の良いときに、運が良いのは当たり前。

 わたしは今、試されているのです。

ここでただ悲嘆にくれるだけの人間か。

それでも、人様に対して開運探検者でいられるかどうか。

 自分のことを、ツイテイナイとか、ダメだと思ったら、そこまでです。

もしかしたら、もう少し手を延ばせば(努力すれば)なにかが掴めるかも知れない。

 人間にどんなときにも必要なのは、「希望」ではないでしょうか。

手相見として、多くの人にかかわった経験から、そう確信します。

7月に入って、おかげさまで、絶賛?(個人的に)、手相見度アップ中です。

この夏を越えたら、なにかが違っているかもしれない。

そんな気がします。

 

タイトルに偽りアリ

今月は、手相見としてよりは、天然石関連の依頼が多く、すでにこのブログのタイトルは「偽りアリ」です。閲覧者数も、ずっと天然石のブログが多かったです。

この時期はなにかと雑用も多いので、拝見数も控えました。

手相見の時は緊張するので、少し安堵している自分があります。

手相を見るということは、他人の人生を垣間見ることです。

たくさんの悩み、苦しみが透かして見える。

その中には身内にも言えないことが、あります。

手相を見ているわずかの時間に、その悩みや苦しみを共有するのです。

 

私は手相見の相談内容は、意識的にすぐに忘れてしまうので

2度目に拝見するときも、まっさらな状態で読むことになります。

考え方を変えた人には、全く違う線が延びていることも多いのです。

手相は未来予知というより、自分の進む道への羅針盤かもしれません。

先日いただいたメールは

数年前に拝見した方からで

「色んな悩みの只中に居るときは、考えもしなかった安定や幸せを得ています」

記されていました。

嵐の中に居ると、不安です。

でも不安の先に、希望の光が見えたら、もう少しは踏ん張って、頑張れる。

手相を見るということは、そんなことなのかも。

そんなわけで、最近は自分の手相を眺めています。

 

 

 

お告げは突然、目の前に

長いこと人間をやっていると、運命の迷路にはまりこむこともある。その迷いから抜け出すお手伝いを手相見でしている自分なのであるが、最近周辺を観察していると「お告げ」は周辺の人の口を借りて目の前にくるものだと確信した。

仰々しい光に満ちて、荘厳な雰囲気の中に、燦然と光り輝いて神から授けられるのではない。

本当に、人の口を借りて、あるいは本のページの見出し、眼に入った情報などあらゆるものを通じて「告げられる」のだ。

それは、本当にあっけない。

 

注意深くしていないと、見落としてしまう、聞き逃してしまうものだから。

 

今回は、仕事の愚痴を友人にこぼしたところ、明快に答えが告げられた。

私もうすうすわかっていたことだけど、やはりね。

頑張って上が望めるならいいけど、自分に無理をしてまで続けなくていいんだ。

今までは、自分が勉強になるから…なんてことで引き受けていたけど。

 

その仕事を、もうしない、と言い切ってしまってかまわない。

そう私は内在する気持ちに気がついたのだ。

価値がわからない相手に一生懸命な仕事を提供するのは、ご遠慮しよう。

いい加減な仕事をすると言うのではなくて、無理はしないということを。

 

だって、それは、誰もに要求されるものではなくて、できなくても許される内容だから。

力を入れる部分を選択するという時期に来ているのかもと納得した次第である。

すでに運の転機に入っているというのはこういうことか。

新しい仕事の波に乗っている友人たちを見て、私もきちんと選択する時期に来ているかもしれないと

悟った。

これが、先日夢で見た「靴を忘れた自分」のお告げでもあった。

真夜中に鳴る人生相談のメールも

追加で求められる手相見の追加フォローも

すべてが次の段階へと道筋を示していたのだ。

 



好きじゃないけど尊敬する人

言葉には選び方がある。タイトルどおりの話。

好きじゃないけど=嫌いだけど というくくりと同じだろう、と思うかもしれないが、微妙にこめる意味が違う。私的にはこれが、手相見で語る「言葉にワンクッションおいてはいかが」ということ。

30歳になりたての頃、タウン紙のチラシの折込工場のバイトをしていた。

今でこそ、タウン紙は、珍しくもないが、当時は折込チラシが入るのは、新聞というのが普通だったから、それはそれは画期的なことだった。

情報紙に折込をチラシをセットする仕事。一人一台折込機が与えられ、割り振られた部数の折込をする。

それは、だいたい、チラシが印刷やさんから届いて、配達員さんへ配達するまでの午前10時から午後3時までが折込時間である。

10段ある、給紙トレイに情報紙、チラシをセットして機械を稼動させる。

一見誰にでもできる簡単な作業のように思えるが、これが意外と曲者。

情報紙は、2部ほど、それにチラシが数種類あり、それも受け持つ配達区域によってチラシの種類も部数も違っている。それを記したフダを渡され、それに合わせて折込機を作動させる。

機械を止めずに、一気に折込作業し、割り当て分を消化するのが、上級者である。

チラシの印刷面のインクによって、機械の各給紙トレイがチラシを送り出す速度が違うし、トレイにセットするチラシの順番次第では、うまく機械が動かずに、自動停止する。

両面印刷されているチラシは滑りやすく、油断ができない。給紙速度を調節しないと、紙詰まりして破損し、または重複して折込まれて、チラシの数が不足する。

作業が遅れると、仕事の速い人が、遅い人の元からチラシを奪っていって、モタモタしていたら、自分の機械で折込むチラシの数が足りなくなる。

チラシが足りなくなると殺伐として、作業員同士がののしりあったり、男性同士が取っ組み合いのケンカしたりすることも、あった。

まさに弱肉強食。すべてが個人責任。

チラシの折込む種類を間違えてしまったら、懲戒処罰もあるらしい。

らしい、というのは、私が勤めていた間、処罰された人はいなかったからだ。

年末のチラシはものすごい種類が折込まれるので、作業は月半ばから夜遅くまでの作業となる。

 

機械のクセを掴むまでに一苦労、チラシのクセを掴むまで、作業場の人間関係に馴染むまで一苦労だった。

私は自分に任された折込機に「エリザベス」と名前を付けて

「今日のエリザベスはご機嫌ななめなの~~」とか叫びながら、機械を操作していた。

 

首に手ぬぐいを巻きながら。Fビルにある工場は暑かったという印象しかない。

 

けれども、仕事の処理が速くて、割り当てられる部数が多くなると、能力給がプラスされ時給が上がる。

当時、私の隣の機械で折込をしていたのは、パートの主婦Aさん、年齢は40代だった。

Aさんは、工場内、十数人の中でも古株で、なによりも折込作業の速さは抜きん出ていた。

割り当て部数も一番で、私がバイトを始めたとき、指導してくれたのもAさんだ。

Aさんは無愛想で、自分にも他人にも厳しい人だ。

にっこり笑ったところは見た記憶がない。

言いたいことは工場長にも周辺の人に容赦なく言う。

言ってることは正論で、相手が自分のことをどう思うかなどはかまわないようだった。

強い人だ。

一度、工場内にトラックから荷物を運ぶように指示されたときも、工場長にむかって「私は折込に来ているんですから、手伝いません」とぴしゃりと言って動かなかった。

作業量は一番、仕事の速さも一番なAさんには、誰も、工場長すら何も言えなかった。

うちとけて会話をすることは一度もなかったが、他の社員との会話から

Aさんには高給取りのご主人がいて、ご主人の帰宅までに仕事を終わらせて家事をしなければならないことや、働いていても「お前の稼ぎがなにになる」と言われているらしいことがわかってきた。

私と同じ頃に入社した二人の男女は各々、体が弱い、掛け持ち勤務などの事情があり

仕事が休みがちであった。

働いている人が一人休むと、その人が受け持っている部数は、残った人間に割り振られる。

私は、時間が長くなるのでありがたかったが、

それを処理する分、帰宅時間が遅くなるのが不満だったAさんは

二ヶ月が過ぎた頃、工場長に「あの二人をなんとかしてください!」と訴えた。

なんとか、というのは、暗に辞めさせろということだった。

数日後、二人とも仕事を辞めていった。

私はAさんの隣でAさんの仕事振りを参考にして、作業をしていた。

折込機にチラシをセットする前の準備や、いかに機械を停止させないで、チラシをトレイに補給して速く作業を終了させるのか。

Aさんには、きっと眼中にすら存在しなかっただろうが。

当初、仕事が遅くて、手持ちのチラシを奪われる一方の私だったが、やがて順調に割り当て部数も増え、工場長から「紅乃さんがこんなに早くなるなんてなぁ」としみじみ言われた。

おかげで試用期間後すぐに時給も上がり、仕事にも慣れた頃、別の仕事場からお声がかかり、その工場は辞めた。

辞めるときに、口頭で工場長に告げたのだが、工場長は「冗談でしょう」と相手にしてくれなかったので後日、辞表を書いて持参した。

工場長は物陰に私を呼び「なにかあったのか?」と声を潜めて尋ねてきた。

それくらい、人の出入りのある職場であったことは確かだ。

Aさんの無愛想というか、若い娘が嫌いなのか、当時の同僚で20代のB子は、「大嫌いよ。Aが辞めてから、辞めるのを目標にしているんだ」と明るく話していた。

接点は、バイトしていた1年弱の間ほとんどなかったが

私はAさんのことは好きじゃないけど、仕事に対する姿勢や厳しさは尊敬している。

作業が早くて、手際が良くて、自分の主張や言うべきところは、きちんという、その強さに憧れる。

仕事ができなくて主張するのは、バカにされるけど、デキる人が言うと、みんな納得するということを

勉強させてもらった。

人生とは面白いというか、なんというか、Aさんの親族は私の高校の教師だったし、

「稼ぎがなんになる!」と話していた(らしい)ご主人と、今の職場で会って、パソコンソフトの使い方を教えることになろうとは。

Aさんと仕事をしたのは10年以上前になるけれど、私はたくさんのことを直接、間接的に指導していただいたようなものだ。

B子の仕事のモチベーションにも、影響を与えているところなんて、さすがである。

辞める!と言わずに、「Aよりも一日でも長く働いてやる」というB子もさすがだと思う。

このバイト先は、私の手相見の人生に大きくかかわっている。チラシが印刷工場から届くまでの待ち時間に、この作業場で多くの作業員の手相を拝見する機会を得たのだ。

「結婚線が長いから、結婚したがっている」

「結婚線がないけど、何度も結婚している男性」

色んな事情を抱えていた。多くの人。今のわたしがあるのは、当時、そこで働かせてもらったことも大きいと思うのだ。

Aさんの手相も拝見したかったが、とても気軽に「手相を見せてください」と言えなかったなぁ。

大晦日に、社長から、みかん一箱、お酒一升瓶が振舞われて、雪の中抱えて帰宅したのも

いい思い出である。

毎日届く、タウン紙の折込チラシの中に、たまに同じチラシが2枚入っていたりすると、折込機と格闘していた頃の自分を思い出す。

久しぶりに折込工場の前を通ったら、私のバイトしていた頃より、工場は増築されて広くなっていた。人数も増えたことだろう。

私はあいかわらず、仕事がデキて、上にぴしゃりと言えるという人間になってはいない。

ずっとずっと未熟で不出来なままである。

だからまだAさんは、「好きじゃないけど、尊敬する人」だ。



夢を語ってみる

最近、手相を札幌で見ないのですか、東京では見ないのですか、というお尋ねをいただくことが増えました。

札幌からも東京からも、

足を運んできていただいたことはあるのですが、

私は出張手相見というのをしたことがありません。

旅行に行ったとき、ちょっと寄り道して一人、二人は見ることができるかも…と小さな夢が芽生えつつあります。

東京までは、無理としても、札幌なら、叶うかも…。予定は未定ですが、いちおう「希望」が出てきました。

最近、レンタルサーバーのログを見ていたら、今月に入って、手相見のサイトより備忘録のサイトのほうが閲覧数が多くなっていて、長いこと 「手相見のついでに天然石」だったのが「天然石のついでに手相見」というか

卵が先がニワトリが先かってなくらいな展開になってきて、こんな日がくるとは予想外でした。

今月も、手相見よりは天然石関連の依頼が多かったし。この数ヶ月、そうでしたわ。

手相見のほかに、天然石関連の相談も対面で受け付けることもアリかなと思っていただのですが。

 

この前、見た夢で、黄金に輝く占いの道具を受け取りました。

それは、カードや運命盤、あとは忘れましたが、数だけは覚えています。6個ありました。

 

この夢のあと、占いを中心にやっていこうかと思っていた矢先でしたが

今日、見た夢は、歩いている道を「そっちじゃないよ」と呼び止められた夢でした。

 

夢の解釈はどうしたものか。

 

先日、占っていただいた方に

「煉さんの性格は寛容で、大体のことは許してくれます。我慢強いといった方がよいのかもしれません。けれども限度を過ぎると凄まじい力で拒絶します。シャッターを降ろすと、その相手を攻撃してしまうか完全無視してしまいます。せっかく我慢したのですから、怒りが爆発してしまった後、相手が謝罪してきたら、話くらい聞いてあげてください。」と言われ

恥ずかしながら、過去のケンカの有様を見通されたのでした。

私の前職での私のあだ名は「パトリオット」。迎撃ミサイルだったことを思い出しました。

ギリギリまで我慢しないで、適度に発散するようにします。

夢占いの他に、私がカンとして大事にしているもの、それは「香り」です。

重要な決め事をするときは、周辺に良い香りがあるか、否かで判断することもあります。

手相を見ていて、不運を訴える人には、「お香」などをオススメしています。

それは、多くの人を見ていて、「運のいい人は”イイ香り”がする」と気がついたからです。

昔は若い人は「イイ香りがする」 お年を召した方はそうでない、と思い込んでいましたが

厳密に言うと年齢ではなくて

「運のいい人からは間違いなく”いい香りがする”ってことです!!(ここ強調)

若くても運気の落ちている人は「イイ香り」がしないんですよ。

これを押さえておくと、運を上げたいのなら、イイ香りを意識的に生活に取り入れることも大切。

 



 

負を糧にする

先日、バッタリ街角で、友人のRちゃんと遭った。Rちゃんとは、不思議なことに、買い物中に遭遇することが多いのだ。狭い街であるが、遭わない人には何年も遭わないままだったりすることを考えると、この偶然の頻度は必然を思わせる。

Rちゃんは、仕事熱心で素敵な女性であったが、ふとしたことから仕事で失敗をした、と思い込んでしまい、それから何年も体調が優れない日を送っていた。

病院へ通い、民間療法、パワーストーンにも頼って色々と試したが、快方に向かわず、何年かを過ごしている。

その間 手相見としての私は必要とされなかった。

私も「見ようか」とは言わなかったし。Rちゃんも、どんなに辛いときでも私の手相見で人生を見ようとはしなかった。

頼ってくるときは友人として、メールでたまに愚痴をこぼしたりするだけだ。

だからこそ何年も友人の関係を続けてこられたのかもしれない。

久しぶりに会ったRちゃんは、長い間の闘病生活を微塵にも感じさせないくらい、元気そうに見えた。

実母の介護もあり、「なにかと大変だよ~~」と笑っていた。

確かに大変そうではあるけれど、自分で自分の立ち位置を固めているような、そんな強さを感じた。

聞くと、介護で忙しいけど、資格取得に勉強中とのことで、私も感心しきりだ。

Rちゃんに比べると、私はマダマダ未熟者だと思っている。

辛いことも、苦しい環境も、そのただなかにいるときは、気がつかないけれど、後から思うに必要な転機だったのだと、Rちゃんや、その他多くの依頼主の姿を見ていると思える。

突然、大好きな仕事を解雇されたとき、愛する人を亡くしたとき、どうしようもないほどの絶望感や喪失感を、沈んだ気持ちから、糧として立ち上がったとき、その人の人生は、思いもかけないところに転がっていて、「今から思うと」ということに。

よく「煉さんに手相を見ていただいて、転機が始まりました」

「最初、全然いいことないじゃん、って思っていたんですが…今気がついてみたら、言われたとおりの展開になっていて、思い出してメールします」なんていうことを言われると、

それは私の力ではなくて、そういう時期にめぐり合わせてくれる、不思議な縁を感じる。

何年かすぎても、縁のあるひとにはある。

消えた縁の人には、全く持って接点がなくなるというのが、加速している気がする今日この頃。