人間だからこそ

新月の夜、眠っている夢うつつの中の話。

 

夏なのにあまり暑くない日が続いていたが

妙に寒気がする。しんしんと冷えこんでくる寒さに、意識が戻りかけた。

寝具を確認、きちんとかけている。

そのとき。

頭てっぺんから、すいっとなにかが引っ張り出される感覚があった。

言葉では形容しがたい。

携帯の時計は午前2時38分を示していた。

 流行のインフルエンザかと思ったが、寒気は去っていた。発熱も無い。

ただ、翌日から急に食欲が失せて、1食2食抜いても平気になり

当然、体脂肪率が激減した。

 私は背後霊がたくさんいる人間なので、一人くらい抜けたかどうかしたのかも。。。

最近、考えるに、方向性というか、わかってきた気がするので、背後霊が交代か。

 

 手相を見ていて、一番多い相談事は恋愛関係だろう。

結婚の年齢を当てると言われることが多いが、最近は道ならぬ恋についても

相談をうけるようになった。

 理性で判断すれば、してはならぬ恋だろう。

だが、理性が及びつかないところで暴走するのも人間の感情だ。

恋情は不思議である。

どんなに高学歴で、どんなに高い地位の人であっても、恋という感情の前には

無力である。年齢も関係ない。

 

 それは、自分を省みてもよくわかる。

私自身は、好きという感情で暴走するタチである。

駆け引き、苦手。

恋愛で駆け引きできるひとがうらやましい。

 

 恋愛にはカッコイイもカッコ悪いも無い。

好きなものは好き。

たとえそれが愚かな行動につながっても。

理性で振り切れるならば、恋愛で苦悩する芸術は存在しない。

 

占いは、そんな感情を再確認するだけである。

その後どうするかは、自分で選ばなければならない。

愚かに悩むことが人間であることに価値があるのだと思う。

愚かでも、どっぷり浸ってしまえばいい。

結局、自分で体験しなければ、理解できないのだ。

 

楽しいことを選んでいけば

 いつも、更新がイマイチなのですが、マメにサイトを訪問してくださる皆様

ありがとうございます。

 

半分以上は外国サーバー経由で

私には今まで外国には縁のない生活でしたが、

このブログのアクセスログのおかげで

アメリカの都市名をたくさん知ることができました。

感謝です。

 でも、すでにこのブログタイトルは、意味なしかもしれません。

手相見度5パーセントです。

 

 最近、手相見が少なくなった、タイミングが合わないのも

なにかの「働き」があるのかもしれません。

 先日、見た夢で

 

私は靴を片方脱いでいました。

私の夢では、靴=仕事です。

 片方脱げてはるか後方にあり、

しかたないなと思った私は、持っているかばんの中の靴を

履いて歩きます。

 

これは、昔の靴=昔の仕事を選択する暗示

と解釈できます。

 

開運に日々アンテナを立てている私。

言われたとおり念じていたら

来月も新しいバイトをいただけそうです。

 

この春

 「仕事は向こうからやってくる。仕事のことは心配するな」

とリーディングされていました。

 このご時世に、そんなことあるのか、と思っていたら

経済的ピンチ!を感じるたびに、単発ながらバイトをいただくことが

できました。

  神様、背後霊様 ありがとう!!

 

 しかし、霊感手相見(本当か?)の私にとって、今年は運命の分かれ道。

今年の選択が、のちのちの運気というか、末路を決めるのだとも言われていました。

末路、そう末路です。老後が決まってしまうわけですよ!!

あれ、もう7月も終わりじゃん!!

このままでは私の末路は…orz.

 

 今年、自分が心から好きなことをしなさい、とアドバイスされていたのですが

 すでに枯れセンだったので、就寝が唯一の楽しみだったり。

 眠っている間の夢が楽しみだったりするわけです。

なぜかというと、けっこう面白い夢を見たりするので…。

 夢占いも守備範囲に…。

 

さて

なにがしたいの、と問われれば

 好きなこと・・・・。文章か?

 好きなこと・・・・落書き。

 パソコンは、もう生活の一部だしな。

 

 これからは、楽しいことを選んでいけば

運気は開けるそうです。そういうのが宇宙の法則になっていると

言われました。

 

仕事とは、基本つらいもの。お給料は我慢料です。

我慢する中にも、楽しいことを選んでいけば、いつの間にか楽しい

仕事になっていると言います。

例えば 書類番号の並び替えにも、自分なりの発見があると楽しくなりますしね。 

仕事をしていくには

塩辛い仕事も、神様の思し召しかも。

見えない働きが、きっとあるのです。

 

先日、相談を受けた内容は

仕事のミスが原因で、上司につらく当たられるというものでしたが

上司は大人気ないやつだと割り切って

自分につらく当たる上司の四コマを書いたりしてもいいんじゃないかな。

書き表すだけですっとするかも。

頭の中で、頭の中のイメージで、ですが、箒で殴るというのもアリです。

 これは、精神科医が、患者さんに理不尽なことをされたとき

相手は患者だからやり返せない。ストレスがたまる。

そんなときに試していた方法だそうです。

 

誰とでも仲良くなんてできません。

こんなものだと

割り切って過ごすこともアリです。

 

私も大昔、直属の上司とはソリが合わなくて

自分を責めていたときがありましたが、ある日、ソリの合わない上司の言葉を

面白おかしく友人に伝えることにしました。

すると、イヤだと思っていた上司の一言一句が

面白いネタです。

 友人に「煉ちゃんの上司、楽しいね」といわれましたが

職場の同僚に「煉さんが話すから面白いんだよ」と言っていただけました。

 

今なら、当時の上司に「私も若かったので、ごめんなさい」と言いたいところですが

お互いさまということで。


 

探し物

人間、いつも調子がいいってことは理想だけど、ありえない。

時々、疲れている自分に気付いたら、スピリチュアルな占いに走ったりして

ストレスを発散するが、究極の「ブループリントリーディング」を

受けて、自分が何者か、がおぼろげながら見えてきたので

今回は、私に足りないものを探しに、映画館へ足を運んだ。

 

私に今、足りないもの、「ときめき」「ワクワク」だったり

「ハラハラ」だ。

どうせなら、テレビで後々放送されるようなものは、あえて映画館で鑑賞したくは

ないが、どうせなら大スクリーンで見てみたい・・・・ってことで

「ハゲタカ」見てきた。

上映期間終了間近、慌てて!

マネーゲームを描いた映画であるが、私はマネーゲームの端にもかからない

人間だ。

 

NHKのテレビドラマの頃から、ストーリー展開に勢いがあり

ファンだったので、どんなものだろうという興味もあった。

こんなに、恋愛もからんでこない作品なのに。

人間ドラマがある。

ドラマとは、人の成長を描くものだ。

働く人間は、なんとかっこよいのか。

背広は、バトルスーツである。

 

ドキドキハラハラして、あっという間に見終わり、最後はせつなくて

ちょっと泣けてきた。

スカッとしないけど、このモヤモヤ感も最近感じていなかった感情だ。

自分の気持ちに少々驚いた。

映画の中で、お金をばら撒いての「あるシーン」があるが

脚本では一行のト書きだったこの場面を

監督と俳優たちが息の合った演出と演技で、アドリブというか

11分近くのワンカットとなり、とても迫力のある場面となった。

見ている私もきっと泣きそうな顔をしていたに違いない。

 

わかっていたつもりだったけど、わかっていなかったような気がする。

「お金は粗末にするな」という精神。

お金だけあっても夢がないと人間は生きていけない。

わたしはこの映画でそんな探し物を見つけた気分だ。

 

お金に関する態度を、姿勢を正そう。

見終えてそう考えさせる作品だった。

俳優陣の演技も、見ごたえがあったが

赤いハゲタカ「劉一華 リュウ・イーファ」を演じた玉山鉄二さんの演技の

ウマさに唸った一本だった。

初々しい憧れだけをもった表情。

自分がなにものかを問われたときに、クールな表情が一瞬

崩れ、人間くさい表情になるとき、見事だった。

 

上映終了間際に見に行って、残念。

あと1回はじっくりスクリーンで堪能したい映画だった。

人生観を変える映画になった。

たいせつなのは距離感

手相を見ているのは、希望されるから、見ているのであるが

ときおり、落ち込むこともある。

 

それは、手相を見て、自分なりに誠実に言葉を選んでも

相手に受け入れられないときだ。

見料をいただくようになってから、ある程度それは割り切っているが

友人、知人の立場でアドバイスして相手に届かないときには、落胆する。

 

友人に

「こういうのは、ちょっとやめたほうがいい」とアドバイスして

友人は「そうだね、わかった」と言いながら

数ヶ月後に同じ行為を繰り返していたりすると

もう一度、話す気持ちは萎えている。

相手を友人だと思う気持ちが深ければ、深いほど、それは大きい。

 

だが、待て。

落胆するというのは、自分の言った言葉が正解だと思っているからであって

正解は、人の数ほどあるのだ。

私のアドバイスを受け入れる、入れないは本人の自由だ。

そのことに関して私が心配することはないのだろう。

 

占った相手(お客さん)とは親しい間柄(友人)にはならない。

これは某高名な占い師が、常々気をつけていることだと、以前本で読んだことがある。

 

この距離感こそが、他人の運命の先を読む人間には必要なのだ。

私は、まだまだ覚悟が足りなかったな。

 

手相見の見料をいただいたからには

友人だった相手とも、きちんと距離を持とう。

それは、「情」が入ると、気持ちが乱れるからであり、

冷静に読むためにである。

冷静に読むためには、見料をいただき、依頼主と自分という

距離感をきちんと持っていなければならないからだ。


たまねぎ香る街・・・・

先週の26日のことであるが

地元に雹が降った。

その日はすごく暑くて、暑さに弱い私は、「冷えピタ」を背中に貼って

仕事に臨んだのであるが、冷えピタがほとんど役に立たないほど

暑かった。

 

午後から、少し雨が降ったと思ったら、郊外では雹(ひょう)が降ったらしく

たまねぎ畑を直撃して、葉を折ってしまったらしい。

そのたまねぎの葉の香りが、15キロ離れた市内中心街まで

たまねぎの風となってやってきた。

 

最初、たまねぎの香りを感じたとき、私は、自分が流した汗が匂ってきたのでは

ないか?とビビッたのだが

誰かが「たまねぎのニオイだ」と言い出し

階下の食堂が「たまねぎの料理をしているのでは」という話で

おちついた。

全国ニュースを見なければ、ずっとそう思っていたはずだ。

 

私の住んでいる市は昔、薄荷で世界市場を席巻したが

現在の主力は、たまねぎ、じゃがいも、ビートである。

今は薄荷の生産は、記念館で少しだけだ。

 

たまねぎは、ある程度育っていたのに。

農家の人も「こんなのは初めて」と呆然としていたが

天候に左右されるのが、農業のつらいところである。

しかし、最近、「ここに何十年も暮らしているけど

初めて」と語られる異変が多い気がする。

こんなに、科学が発達しているように見えても

雨も降らせることもできないし、山火事を一発で消せるものもない。

兵器は開発が進むが、天気や自然の前に人類は非力である。

 

地球にやさしく、と思いつつも、不便な生活に戻れるかと尋ねられれば

答えに詰まる。

もうこれくらいで充分です、という気持ちが必要なのかもしれない。

 

足ると知る

自分が今のままで完璧だと思ってしまえば

これをしたい、あれも欲しいという欲も希望もあってこそ

人が人である所以かもしれないが

 いまのままで充分です、と思ってしまうと

肩の力も抜けて、不足感もなく、そこには「満ちた自分」がいる。

 

 たとえば、愛する夫がいて、子供が居て、住むところがあって

それでもう充分だろう、と思える人が

 全然、自分の現状に満足していなかったりする。

 

昔、手相を拝見した女性が、どこから見ても幸せだろうという

先に記した状況であった。

 子育ての一番大事なときに、気が自分のほうに向いていた。

 

子供が子供でいる時期は想像以上に短い。

 

子供を持たない私がいうのは、なんではあるが、

持たない(持てない)からこそ

 子供が小さいうちは、子育てにどっぷり、浸って欲しい。

 

私の場合、母はずっと外で働くのに追われていたし

夫婦仲もよろしくなかったので、精神的には

いつも不安定で、病弱な少年時代だった。

 

 意識的、無意識的に病弱でいることが

両親の注意を引き寄せ、学校でのいじめから自分を守っていたのだと

思う。

 

自分の経験から言わせてもらえば、

母親になったからは、授かった子供という宝を

育てることに浸って欲しい。

 ソレは束縛ではなくて、特権である。

 

いずれ 子供に手がかからなくなったとき

それまでの母親としての経験が、次の可能性の扉を開くきっかけになると思う。

 

今は、同世代の人に比べて、自分がちょっと遅れているとか、

なんとかしたい、とか 思うよりも、母親業に専念して欲しい。

 

また、夫婦だけの家庭なら、この広い世界で、夫婦の縁を結んだので

二人だけの家庭を、楽しんで欲しいと思うのだ。

 

自分にないものを欲しがるより

自分にあるものに満足していると

その豊かな気持ちが、また別の豊かさを引き寄せるのだ。

 

億万長者であっても、資産が減ることにキュウキュウとしている人もあれば

一文無しでも、道端の花を愛でる余裕のある人もいる。

豊かさとは、財産ではなくて

心の満足さである。

 全て自分が持っていると思えば

真に必要なものは、自分の中にあると知るだろう。

 誰でも、そのままで完璧である。

なんの不足もない。

 

 

占いは自分を客観視するために

6月中は、多忙のため、手相見のご依頼の受付は終了いたしました。
ご迷惑をおかけしますが、あしからずご了承ください。
よろしくお願いします。

最近、天気がすっきりしません。
太陽の光が差さないので、窓辺のサンキャッチャーも虹を映しません。

 毎年、この時期は「寒い」「天気が悪い」とブログに
記していたような気がします。

 私は、占い大好きな人間ですが
占いでも相性というのか、合う占い、合わない占いというのが
あるものです。

 私的に、西洋占星術(星占い)は、あまり当たった印象がありません。
気学(一白水星)とかもあまり・・・。

四柱推命は当たっている気がする。しかし出生時間が曖昧なので
微妙か。

 そこで、霊感占い、今風にいうとスピリチュアルを試してみても
これも霊能力者との相性が関係するので当たる、当たらないは微妙なとこです。

どうしてもリーディングしてくれる人の主観が入ったり、価値観が入ってしまう

からです。

でも、占いは当たる当たらないよりも
自分を客観視する道具として活用するのが一番です。

昔、手相を拝見した女性は、仕事には誠実な方でしたが
不満ばかり口にしていました。

物事のいいところを見ようとしないで、悪いところばかり拾ってくる感じです。
 結局、アドバイスしても、理由をつけて受け入れません。

 そのくせ、自分はツイテイナイ、とか悪いことが続くと言うのですが
自分が引き寄せていることに気づかない。

ちょっともったいないなと思った記憶があります。

 自分の行動を振り返らないと、運気上昇は遠のきます。

最近、周りの人に、”良い言葉”をかけていますか。
否定的な言葉を紡いでいませんか。

言葉は、人を傷つけて落ち込ませることも、また心の支えになることも
あるのです。

 

それから
どんな占いでも、最後は自分の直感が頼りになります。
どんな結果が出ても、自分にピンときたものは受け入れて、
違うのじゃないかな、と思えることは
スル~する。

自分の人生ですから。
占いは予言ではないので、悪いことを言われても
必要以上に怯える必要はないです。

手相もそうです。答えは自分の手のひらに。
自分の深層心理が
選択肢を示しているようなものです。
 考え方を改めれば、劇的に手相は変わるので。

ツイテイナイと言い訳しているうちは
まだ大丈夫。
 せっぱつまれば、どんなことでも試してみようという気になるものです。

 もっと意識的によき言葉、いい言葉を周囲にかけていくと
きっと運気は上昇します。

 おかげさまで、という言葉と気持ちを持つことが
自分の幸運につながると思います。

今日も、読んでくださってありがとうございました。

 

ワイヤー、切れています

最近、ブレス、ストラップ作りに追われて
こちらのブログもまとめる暇がない。
気が付いたら更新が滞っていた。
 

 ところで、作成したストラップが、立て続けに切れるという事象が
続いています。
 あなたのストラップは大丈夫でしょうか。

ナイロンコートワイヤーを使用していますが
切れる人も切れない人も居て、不思議。
やはり使い方によるのだろうか。

 ヘビイユーザーは切れやすいのか??
それとも、シンクロニシティ?

 

 夏至が近づいていますね。
冬至は、日が長くなる気持ちで待ち遠しいのに
夏至は、日が短くなっていくので
こころ寂しい感じです。



天気、転機、テンキ

今日も、住んでいる町の天気は雨。

最近は太陽の光を見ていない気がする。

このところ、私の周りでは、私の作ったストラップの

ワイヤーが切れるという事象が続いている。

同じ石、同じワイヤーで作っても、切れない人がいるのに

切れる人もいる。不思議な話。

修復は基本的に、無償でおこなっているが、こう続くと、その裏に

「もう、天然石の小物作りは終わりにしなさい」というメッセージが

こめられているのでは、と勘ぐってしまうのだ。

ブレスもおかげさまで、99本目までは作成して、#100までもう1本になり

これが、一区切りなのかもしれない、と思えてきた。

必死になって身につけたパソコンの技能もほとんど使わない、

使えない日常の業務を前に考えることがある。

 

昨年の今頃を記したブログは、ファイルが壊れて残っていないし

ストレスのためか、ほとんど記憶に残っていない。

 

なにがしたいの?と尋ねられて

生きるために働くこと。

したいか、ではなくてできることをしてきた。

できることをしていきたい。

最近、見つけた風水関係のホームページで

ドアベルで開運という記事を読んで、さっそくネットで注文しました。

ロータスのドアベル。700円也。良い音色です。

これもただ、飾ればいいというのではなくて、飾る時期や、玄関の方角とか

色々あるのですが

来年の2月4日までは、北向きの玄関にドアベル!!

天気が悪くて晴れない気持ちも、ドアベルを飾れば

その音色に開運の運気を感じる。

お金をかけず、手間は少々必要ですが。

 

ただいまの手相見度10パーセント。

とりあえず、動く

ある情報を、提供したとして

「そのうちにやってみる」という人は多いだろう。

そのうち、というのはどんなとき。

もっと必要に迫られたとき、暇なとき?まぁ、そのうち…だろうか。

 

そのうちって考えているうちに、タイミングを逃すこともあるだろう。

このタイミングがなかなか難しいが

世の中は案外絶妙なタイミングで動いていたりするから不思議である。

だから、あなたは自分の、そのうち…という感覚を大事にして欲しい。

 

 

我が家は長いこと借家住まいではあるが

大家さんの好意で猫も飼っているし、不便を感じたことはなかったのだが

風水を取り入れている私を見て、トイレを改装してくださった。

便器も新しくなったし、壁も明るい白い壁紙に・・・。

金運を上げる、綺麗なトイレに近づきました。

大家さま、神様、ありがとう!!

玄関に金属製のドアベルが良い、と聴いて

注文したドアベルが今日届いたので、さっそく飾ってみた。

格安なドアベルだったが音は良い音色。