真昼間に見たモノ

黒水晶とアゼツライト

先日、車に乗せていただいて、市内を移動中に、不思議なものを見たので、忘れないうちに記しておきます。

車の助手席から前方を見ていると、道を横断する黒い影が見えた。最初は「猫」と思ったが、よく見ると「歩いている」ので人だと思った。

その、人は「人影」と呼ぶのがぴったりなほど、黒いのだが、周囲はまだ陽が落ちていずに明るいので、通行人の服の色もはっきりとわかる。で、その人影があまりに漆黒なので注意深く見ていると、大きさが、2歳児くらいの背丈。

「子供が一人でこの広い道を横断するなんて」と周辺を見たが保護者の影は見えない。

影は道を無事に渡りきり、私が保護者を目で探しているうちに消えていた。

運転手さんにあとで、「横断する黒い人影が、危ないと思った」と話してみたら「見てません」という返事が。

…あれは、俗に言う「小人」さんってヤツですか。

周辺を歩いていた人の大きさから比較すると、小さかった!でもなにより不自然なのは、全身が漆黒だったってことですね。

私はいつも真昼間に不思議なモノを見るが、たいてい見た後に

それが「不思議」なモノと認識する。

不思議な話ついでに、最近、アメリカからのアクセスが多くて訳もなく不安を感じています。サーチロボットならいいけど、来過ぎのような氣がする。

時来る時会うという話

2012年も残すところあと2ヶ月切ってしまい、そろそろ年末の準備もしなくてはならない。今年も、手相見と天然石と、皆様からお声をかけていただいて、感謝しかない。おかげさまで、一日3食、きちんと食べられて、夜は布団で眠ることができる。なんとありがたいことか。手相を拝見するときは、ご紹介者がいらっしゃるが、初対面の方と会うので緊張する。いつも「後ろ」の方には、これから、幸運が待っている人に縁がつきますように、とお願いをしている。よって私の依頼主は、上昇運の方が多い。97%は上昇運。3%は不明。(当方の直感比)。

このところ、依頼主の方にお会いすると、皆さん、同じことをおっしゃるので、記しておくことにした。

「煉さんのことを、知り合いから教えてもらったのは、ずっと前になります。でもそのときは全然、見てもらおうなんて思っていなかった。ところが最近、ずーっと氣になって、氣になって、思い切ってメールしたんです」

これ、今年に入ってほとんどの方に言われて、私のほうが驚いている。これが波長が合うタイミングというものか。

実は、今年、9月以降、私は精神的な引きこもりを決めていた。それはタイミングを計るというか、ずっとメール等の返信の来ない知人、友人に対して、「こちらからは連絡をとらない」ということを決めていた。なぜかとたずねられたら、この波長の合うタイミングを計る為、としか答えようがないのだが。

それは、見えない世界のお告げのような感じであった。いつもなら「元気」と短文のメールを入れる相手にも、「なにかと忙しい」事情があると思えたからだ。

その、引きこもりというか、波長が合う、タイミングに入ったのは、多分、10月の末である。なぜなら、10月の末に、一斉にご無沙汰の人達からメールが到着し始めたからである。それは今まで静かな水面に小石が投げ込まれたような、波で四方八方からやってきた。

現在、返信が追いついていないので、お許しを。

手相見のタイミングも合い始めて、これも不思議である。

今まで手相を見るとき、言葉を選ぼうとか、こういうところを見ようとかいうのは考えていたが、基本「鏡」になることに徹している。たずねたいことがたくさんある人にはそれなりに答えるし、漠然と「良い事ないですかね?」という人には漠然とした答えしか出てこない。

個人の事情を深く聞き取り、手相から答えを導くのだが、普段は他人に言えない事情や事象、思いなども聞く事になる。

相手の黒い感情、黒い立場も目にすることも少なくない。

依頼主は話された後、口々に「すっきりしました」と話してくださるのは、話すことで自分自身を癒しているのではないかと思ったのだ。

今まで、自分が読み取れることに責任を感じていたが、私は手相見であり、「鏡」である。

「よく当たる」と、ご紹介してくださるのは、当たる、当てるではなくて、自分自身の内面に光を当てて、浄化するのだと思える。

私がお会いして見ているのだが、それは依頼主に準備ができたから繋がった縁だと、思うに至った。

それは、石と人の出会いにも言える。

金縛りは転機

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昨晩、何年ぶりかで、金縛りに遭った。

夜中に目が覚めて、「来るな…」という予感とともに。

両耳の奥で割れんばかりの大きな音が鳴り響き、体に圧迫感が。

なにか、見えないかな、五感をすましたが、映像は浮かばずに、胸の部分にピンポイントの圧力がグイグイかかってくる。息が詰まる!と一時、焦ったものの…そのまま眠ってしまったようで(苦笑)。体が疲れているのかも、と思ったのだが、触れる電気機器がことごとく動作不安定になるということに。自宅のパソコンが不調。職場のパソコンが、なんともないところで不調。携帯電話や自宅の電話も急に鳴り出したりして。

私、昔から静電気帯電体質で、真冬は静電気除去のアイテムが必需。

パソコンの前を歩くだけで、画面が揺れたりした。

電気製品だけでなく、昔から「不良品」を手にする機会が多い。

誰かが、じっくり選んでくれたお土産でさえ、私が受け取ったときは、欠けがあったり、不良品になっていたりする。

昔、プリンターを買ったら、新品なのに内部が壊れていたことも。

以前、夜中に目がさめると、真夏なのにひどく寒かったということがあり、寒くて、頭の天辺から、なにかをすぃっと引っ張られる感覚があった。

アレも金縛りに分類されると最近知った。

金縛りに関する科学的考察は、よけておいて

(都合よく)思うに金縛りは、転機を知らせにやってくる。

抜かれた後は、押し込まれた感覚。

背後霊、交代したかな??

 

信じる信じないは

天然石愛好家20年以上の私。天然石で色々作るようになってはまだ10年も経っていません。10年以上前に失業したとき、市役所経由の紹介で、水引の内職をしたことがあります。そのときに買い揃えた工具があって、それを使って作ってみよう、となったのが、始まりといえば始まりのような。

ワイヤーを使って作ってみようと思ったのは、作ったブレスレットのゴムが切れる、というのでワイヤーを使おう、ということで。

ゴムを使ってもワイヤーを使っても、切れるものは切れるし、作ったものは消えてしまうことが続いたりする。

ある時、私を鑑定してくれた霊能力者の方が、私の作った品と、持ち主の波動が合わないと、ゴムが切れたり、消えたりする、と話してくれました。

言われてみて、注意深く見てみると、たしかに、石が持ち主と合う合わないというよりは、私が作ったものが相手に対して作用しているかのように、消えたり、現れたり、ワイヤー切れたりするらしいということが見えてきました。

「絶対、なくならない場所にしまっていたのに」「きちんと持っていたのに…」 皆さん、口々におっしゃいます。

石好きな私、依頼主の予算目いっぱいで石代にして、手間賃度外視して作った品も、すぐに持ち主の手許から消えてしまいます。

願い事に見合った報酬を、私が得ていないから、波動のバランスがとれていないからでしょうか。

私の作ったものには、見えない付加価値があると認めなさい、といわれているような氣がしました。

私の独断で、良かれと思って選んだ石が、相手の波動に合っていないのでしょうか。自問する日が続いています。

「決断した日に、消えていた」というお話も多く聞きます。

一度、手にしたものが消えるのは悲しいことです。

私は、悲しい思いを依頼主にさせているのでしょうか。

ただ、アイテムを失くされた多くの依頼主さまが、「石は手許から消えましたが、願い事は叶いました」と言って下さるのがありがたいです。

石は、天への奉納品と考えています。

石がすぐに手許から消えてしまうのなら、窓辺に吊るすサンキャッチャーを傍において、石となじむのも、良いのでは。

でも、やはり、見えない世界から告げられているような氣がするのです。私の石選びに対する姿勢というか、視点を変えることを求められているのかも。

寒いのにサムい話

6月も下旬ですが、我が家ではストーブ点火してます。天気がパッとしないせいか、体の調子も良いとは言えない日です。これがプレ更年期、いや更年期真っ最中ってことでしょうか。 先日、母が入浴中に、声がして、浴室の方からドアが開く音とともに足音がし聞こえました。

母がなにか忘れたのかと思い、私が浴室へ向かうと、誰もいません。念のため浴室のドアを確認しましたが、母本人は湯船に浸かってました。空耳というには、明瞭な音、そして比較的長い時間に聞こえた音です。

なにか見えないものが来られたのでしょうか。

我が家の飼い猫たちが時々、耳をすませ、換気扇を凝視することがあります。以前、読んだ本に、霊は換気扇やドアからやってくると、ありました。壁をすり抜けるというのは、あまりしないようです。

今回は浴室のドアからおいでになったのでしょうか。

その翌日から、私は急に背中に痛みを感じています。お香を焚くと痛みは楽になりますが、すぐに痛みが戻ってきます。

夏至から世界の空気や波動が変わっていくというので、私の体にも影響が出ているのかもしれません。

 

霊符の話

ひさしぶりに良い天気です。でもまだ風が冷たいですね。本日は、なにかとお尋ねが多いので、私が手にした本のリンクを貼っておこうと思います。この本の良いところは、切って使える仕様になっているところです。欲の深い私は、切って使うより、見て書くほうに使用しています。練習を兼ねてまだまだ修行中。お値段もそんなにお高くないし、お札一枚買うよりは、「試してみよう」という人には良い本ではないでしょうか。ひとつ注意があれば、霊符ですから、ゆめゆめ軽んじて扱ったりしませんように。それからお札は「開眼の法」を要します。

自分で試してみよう!と思われたなら、一度は試すのもアリです。自分で書けば(買えば)お安いですし。

私は入浴後に、手を洗い、口をすすいで、一気に書きますが、それでも5枚がいいところ。5枚書いて「使える」と思えるのは一枚くらい。

同じ用紙に同じ筆ペンで書きますが、不思議と滲んだり、筆が止まったりして「会心の一枚」までの道のりは遠い。切って使えば、いいのでしょうか、欲深い私としては、身に着けたい。専用の道具として、筆ペンを使用しています。最近の筆ペンって書き味が予想以上に良くて、使っていてもストレスをあまり感じません。習うより慣れろって感じかなぁ。

氣のせい、って生活では大事です。この数ヶ月 腰周りが重く感じていたのですが、軽く感じます。ダイエットに成功したのか?とも思ったのですが、「重苦しい氣」が無くなったと言う感じです。

生霊が離れて行ってくれたから?

気圧の関係?どちらにしても良かった良かった。

5/25日追記

Firefox12でこの記事を読むと、「呪術・霊符の秘儀秘伝(実践講座)」大宮司朗 著 のリンクが表示されない…という不具合を確認しました。IEで確認すると、見える。Firefoxのブラウザの更新ボタンで再表示されました…。けども 本の内容が内容なだけに、氣になります。

 

本当は怖い…×××

ゴールデンウィークも待てば恋しい、過ぎてしまえばあっけない。気がついたら、公園の桜は満開で、見ているとこちらも良い気分。

正直言うと、GW後半に入る寸前に、あることがあって、気分は少し下がり気味だった。

世の中はソーシャルネットワーク花盛り。ミクシィやツイッター、フェイスブックなど、なにかに所属している人も多いことでしょう。私もミクシィには数年前までお世話になっていたが、退会してしまった。

友達とのつながりは楽しいけれど、友達の友達と繋がっても、楽しくなかったから。知らなくても良いことを知ってしまうのは精神衛生上よろしくないから。人間は、見せないところもあるから、付き合いが成り立っている部分もある。

そこで、不特定多数の方と繋がるために、サーバーを借りて、ドメインを取得して、自分のブログを始めた。

でも、本名を載せていない。別名:紅乃 煉 を使っているのは、手相見に一番合った名前だからというのもあるが、人様の人生に踏み込むので、イロイロとあるからで、良い部分ばかりではない 飛んでくる念などを防御する意味もある。普通の人がソーシャルネットワークで繋がるのは安心かもしれないけど、私には無理無理~。

だって怪しくてナンボの手相見だし(爆笑)。

本名でつながる相手は日常だけで良い。

ブログで手一杯。

そのうえ、拝見する依頼主も増えることはあっても減ることがないからいろんな出来事に遭遇するし。

前の職場の方から

「○○(本名)さんをFBで見つけましたが、経歴が違うので同姓同名ですね」とメールが来たことがある。

その方とは、普通にメールのやり取りをしているが、ときどき思い出してメールを下さる。短い文面ではあるが、とてもありがたいと思っている。

日常でお付き合いする方は、合う合わないで選んでいると思う。

もう人生、先が長くないので、合わない相手と我慢してまで付き合いたいとも思わないし。 狭い街で、長い人生だから、どこでどうめぐり合うかもしれないし、縁があるかもしれない。それゆえ本当は疎遠を選びたいのだが、相手が疎遠をよしとしないこともある。

それまでは逡巡するが、そうなってしまうと、あっさりしたものかもしれない。縁を切るときは切る。

今は便利なことに、そういうお誘いメールを配信停止にできる機能もあるのを今回、知ったのは収穫だった。

ブログにモノを書くというのは、実はとても神経を使う。語るエピソードは人物が特定されないようにするし、誤解を与える表現(差別用語など)はしないよう気をつけている。

必要以上に個人情報も、載せない。友人が見ているとわかっても

「誰が誰に付きまとわれた」とか

「だれだれちゃんと××しました!」なんてのはありのまま書いて、相手に迷惑になる場合もある。

そうは行っても、まだまだ修行中なので、不快な思いをさせていることもあるだろう。

ドキドキしながらこのブログを続けている。

備忘録もあるし。

最近、始めた、霊符書きですが、

同じ和紙に、同じ筆で書いているのに、滲んだり、色がかすんだりすることがあるので、霊符の奥深さを感じている。

霊符を書いているおかげで、筆ペンが好きになった。

書いているときは、気分が高揚するもの。

どんな霊符を書いているかと言うと、それはむやみに言ってはいけないらしいので、秘密。

 

北枕にしてみたら

北枕、続行中です。そんなわけで、今日はちょっとオカルト寄りの話をば。

北枕にして寝ていると毎日不思議なことがあるのです。風水では運気が良いとされていますが、磁力の関係ですかね。いろいろありますが、(今のところ)恐怖は感じません。ちょっと慣れてきました。

それがですね…最近、生霊が来ているな、と感じています。

生霊が厄介なのは、飛ばしている本人に自覚が無いところ。幽霊と違って速攻で祓えないところでしょうか。あ、この生霊と思われる存在は、相談に乗った友人のモノとは違います。別口だと思います。

簡単なものは神社の境内に出かけたり、香りで防御しますが、眠っている間に来ているのは、防ぎきれていないかもしれません。私の波長が下がっているだろうと思います。

思い当たる節があることはあるのです。先日、友人の悩み事に、ついつい親身になりすぎたこと。反省しています。直接会っていたら、疎遠にされちゃうだろうな、って思うくらいメールで、熱く訴えてしまいました。

親身なアドバイスは、親身になりすぎるのも禁物ですね。本人が心から「変わりたい」と切望しなければ、相手にとっては ただ鬱陶しいだけですから。相手は「煉ちゃん、すごいね!煉ちゃんはえらいね」と返信してくれますが、ほめ言葉が欲しいわけではなくて、相手の姿勢というか、考え方の癖に「違うだろう!」ともっと都合の良い考え方をすれば、とか。悪いほうに行きそうな考えを、力技で都合の良い考えに持ってくるのが必要な時もあるんです。

ああ、相手から望まれていれば、語るということで見料をいただいて相談を受けているのに。

手相見をするようになって、依頼主との間に金銭と時間が生じるようになって、必要以上に立ち入ることはなくなりましたけど。

友人にはついつい。

昔、バイト先の後輩に「煉さんのメールアドレスを教えてくださいよ~」と言われて「これ以上、メル友を増やす氣が無いから!」とお断りしたことがあります。

昔から、特定の某タイプの同性に好かれる(押される)という傾向があったような。

「煉ちゃんは、”引き”が強いのかな」と第三者に言われたことがあります。

残念ながら異性にはモテナイのですが…。

別の人ですが、まだ手相見が無料でしていたころ、入院を控えた前日に、携帯電話に何度も着信があったことが。その方はちょっと不思議な力のある方で、職場のことで悩まれているようでしたが、私にはじっくり聞く余裕も無かったので、電話には出ませんでした。何か見えたことを言われても怖かったので。

私は自分の直感を信じているので、深いところで「合わない」と思った相手とは深くお付き合いできません。

でも、不思議と、会うべき人には、あちこちで会っちゃうんですね。行きつけのお店や道端で。普段なら会わないだろう!という絶妙なタイミングで、です。不思議な縁を感じます。

手相見をすることで、不快な思いをしたりすると、すぐに忘れるようにしています。でも忘れたころに、なんらかの「引き」があると、いいかげんにして欲しいと思う反面、意味があるのでは?とも思います。

大天使ミカエル オラクルカードを引いて、”ご神託”をうかがったところ

「防御」を示すカードが出てきたので、これは私の防御力をアップさせる鍛錬だと(無理やり?)思うことにしました。

今度は、霊符の御札の書き方を勉強したいと思います。

メインの手相見からどんどん離れていくような。

 

 

浄化の波

crystal rainbow

この数年、風邪らしい風邪をひいていなかった。以前はよくひいていたので、「珍しいこともあるな。この次風邪をひいたら、運気の切り替わりの時だろうな」となんとなく思っていた。

今度の風邪は喉からきた!バイト先の仕事が日程で決まっているので休めない。市販薬を飲みながら出勤した。熱も出たが、夜に出て、朝になると平熱に戻る。不思議な熱の出方で、今までの風邪とは勝手が違うと思っていた。1週間くらいで治るか、10日で治るか、二週間でも、どうも本調子にならない。幸い、手相見の依頼は月末に集中していたので、気楽に構えていたら、もう月末に突入。

こじらせてしまったか…少々焦る。と、今日夢を見た。…私は入院していた。明日は退院だ、と空になった注射器をぼんやり眺めている。

空になった注射器は、薬で満たされていたのを前日(夢の中での、だが)確認していた。退院は、現在の運気に対して浄化完了、という意味やね。

このところ、重たい内容の相談を続けて受けたから、相手の負のエネルギーを引き受けてしまったのではないか、と心配してくれた人もいた。当たらずとも遠からずかもしれない。

この一週間は不思議な夢を見ていたが、全て身体にかかわる内容だった。実際の体調云々というよりも、魂の治療完了ってことだろうなぁ。

そうしたら、私の作った天然石のアイテムを購入してくださった方から、連絡があった。別々の日に購入し、別々の方に贈ったアイテムが、同日に消えた、というではないか。私の作ったものは、消えるときは別々の方々の手元から、数日を前後して消えることが多い。たいてい不安です、という連絡がくるが、それは「運気の切り替わりの証」であると告げている。運を失ったわけではない。運を運ぶことを妨害している厄を持って離していくのだろうと思う。お金を払った石が手元から消えるのは悲しいことだろう。納得がいかないかもしれない。石は大地からの預かり物であるから、別の見方をすると、厄祓いが石で済んで良かったではないか!厄祓いではない場合は、石は石を呼んでくる。次の石と縁ができることが多い。「同じのを作ってください」と依頼されることも多いが、石との出会いは一期一会。石が消えたときから、必要なエネルギー(石)は変わっているのだ。新しい石が、出会いを待っている。

私も、手元から石が消える時期と集まってくる時期があると感じている。今は、集まってくる時期だと思う。それも意識的に見ているせいか、虹入りの石が多くなっている。虹を見るためには雨上がりでなければならない。

数日、石が消えたという連絡が続いたので、気になる依頼主に「調子はいかが」というメールを複数送ったのだが、不思議なことに皆「メールが届きません」とエラーで戻ってきている。

ブレスレットを依頼されて1年以上の方、ストラップを購入された方、念のため、金具など確認してくださいませ!!

そういう時期なんですね。

 

選んでいるのは人間とは限らない

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せっかくの休日であるが、新しいブログサイトを立ち上げようと、ソフトをインストールしたり、設定したりしていて、一日が終わってしまった。

このサイトソフトは商用には使えないので、試作品の販売や、良いものの紹介に、別のサイトを構築しようと思案中である。本格稼動までには数ヶ月かかると思いますが、無事、開設に至った場合はよろしくお願いします。

1月は逃げるというが、本当に年末からタイムワープしたような印象の日時の速さである。私自身、光速に近づきつつあるのか?写真は昨年末に撮影した空の写真であるが、左側が頭、右側が体で、龍を思わせたので撮影した。年始にアップしようと思ったのに、今頃になった。

さてさて、表題の話になるが、私は、天然石と人間の接点として、石を取り扱って、数年になるが

数年を経て数をこなすと、人間と石の間には、「お約束」というか「相性」というのが存在しているということを感じずにはいられない。

何度、同じ石を手にしても、失ってしまう人。

落とした(失った)石に数日、数ヶ月を経て、もう一度手にすることができる人。

大金はたいて手に入れた石が、海の藻屑となってしまった人。

落とさなくても、何度もストラップコードが切れてしまう人。

私も、経験がある。経済的に切羽詰ったとき、タイチンルチルという太い金線の入った天然石を数粒購入して、お財布のチャームを作った。すぐに近郊の神社に、お参りに足を運んだところ、

いつの間にか、タイチンルチルのチャームはお財布から消えていた。

大ショック!!1粒いくらしたと思っている!さっきまでは確かにあった。今来た数メートルの道を戻ったけれど、チャームは見つからなかった。

人気(ひとけ)の無い神社の境内に、まるで神様が引き換えに受け取ったかのように。

その後、切羽詰った状態は回避された。

落とした石の行方は誰も知らない。

 

私の周辺では、石をなくした人が少なからずいるが、それを考えると、もっと道端に石やブレスレットが落ちていても良さそうなのに、どういうわけか拾ったことはない。

たまにハートのローズクォーツを拾ったり、道路に埋もれていた、赤メノウの原石を拾うことがあるくらい。

石はどこへ行っているのか。

石は、時空を越えてあるべきところにあるのだと思う。

人間が石を選んでいるだけではない、石が人を選ぶこともある。私はそう信じている。

その人に合わない石は姿を消す。

働いてくれて、ツヤが消え、割れる石もあるし

さらに輝きも増す場合ももちろんある。

だから、手元から消えたことは、人ならぬ存在が願いを聞き届けてくれた

あるいは、災厄とともに代価として、連れ去ってくれたと思えてしかたない。

石を亡くした、コードが切れた それだけで済んで、良かったのだ。

石はそういう存在だ。