ガラスビーズと天然石でサンキャッチャー。
ガラスビーズがたくさんあるので、作りました。
トップパーツはスワロフスキーのSnow。
ルチルクォーツやメノウ、ムーンストーンも使っています。シードビーズがあるので、次は別パターンのにも挑戦したいです。

幸福を 占いとか直感とか、天然石にて探査中

忙しさにまぎれて、ほとんど放置しているブログですが、お立ち寄りくださりありがとうございます。
手相を拝見しはじめて、かなり長いこと、無償で見て参りましたので、バイト先にも周辺にも、私が手相を見ることは、良く知られています。まぁ、親戚には本当に近しい人にしかカミングアウト(大げさですが)していませんけどね。
バイト先の宴会や、知人の集まりでも、気軽に見せてくださること、とてもありがたいです。私的にはデータの集計になりますから。
でも、大勢の人前で言えないことも、見えてくるわけです。
明るいことなら、言いますよ。おめでたいこととかはね。
でも、そうでない、人生のイベントもあるわけです。幸不幸という言葉は使いたくありません。強いて言うならば、「禍福は糾える縄の如し」です。一面だけ見て「不幸」と言い切ることは難しい。イベントを経て得るものもたくさんあるからです。
そういう一般的には、よろしくない運勢を、他の同僚の前で「あなたは××才で○○する」とか「これから○○がある可能性が…」なんて本気モードでは言えませんよ。
おめでたい席であれば、なおさらです。
相手は手相を気軽に見せているから、いいじゃん、と思うでしょうがお金を払って聞きたい、という姿勢がありませんよね?
力の限り、伝えても、タダだから心に届かないし、余計なお世話にじゃないですか。無料で拝見していたときも、ずいぶん歯がゆい思いをしました。
で、あたりさわりのないことで場を納めます。
例えば、霊感がある人に、「あなたに○○の霊が憑いてますよ!」と頼んでもいないのに言われたら、愉快じゃないですですよね?
どちらに転んでも、結果、「煉の手相見は当たらない」という評判になることは否めません。
当たらない、と言われるのは全然、かまわないのです。
噂で判断する人とは、ご縁がないというのもそれもかまわないです。
そんなわけでバイト先で、手を差し出された場合は言います。「続きは有料です」
バイト先でのアドバイスは、ひとつ、ふたつはご愛敬ですが。
深いところを知りたいときは、こちらも真剣に拝見します。
ただ、最近は、もう手相見をやめる時期が近付いているような気がしています。
ブログを統合して、手相見のブログのアドレスが「開かない」「見られない」という問い合わせをいただいているのですが、
見ようと思えば、検索でたどり着けます。お手数をおかけしてすみません。
最近のブログへの検索ワードが「手相見」よりも「天然石 煉」が多いのです。(苦笑)
天然石におまけとして手相見が付いているような感じです。
自分としては、予想以上に長く続いたなぁという感慨があります。
こんなに長く見てこられたのは、依頼者がいてくださればこそです。
皆さま、ありがとうございます。
北海道の我が町、本州の京都よりも暑かったというこの週末。新築された地元の図書館で避暑し、本を読みました。

さて、私の地元には、老舗の質屋さんがあるのですが、あるとき質屋さんの窓辺にシーサーを見つけました。質屋さんはさまざまな質草(商品)を取り扱う商いですから。やはり魔除けのアイテムは必須でしょう。写真はちょっと見づらいでしょうが、表に飾らずにその裏の窓辺、裏鬼門(南西)のあたりを守護している感じです。
この2月に二つあったブログをひとつのドメインに統合してから、「煉さんがブログを閉鎖した。=廃業?」という問い合わせを多数いただいています。
急な思いたちで動いているワタクシ。こんなに問い合わせをいただくとは思っておりませんで、ご不便をおかけしています。
ですが、探そうと思えば、ネット検索で探し出せるのが便利なところでもあります。
本当に必要とされているならば、きっとつながるご縁があると信じています。
備忘録の記事から古すぎるチャームやサンキャッチャーの記事は削除しています。ブレスレットに備忘録は必要なのですが、チャームなどは直しもそれほど依頼もうけませんので、削除した次第です。
手相見のときに尋ねられることがらをまとめて、近いうちにQ&Aにできたらいいなとも考えています。
私は、つねづね、「お告げ」というか、天からのメッセージは、明確に脳裏に示されるのではなくて、あたりの事象や他人の言葉から示されると思っている。聖書を学ぶ人が、神とは、はたらきである、と話していた。それは、神は目の前に出現するのではなくて、その人の前に展開される事象に宿り、目にすることによって、人は動く。
私はクリスチャンでもなければ、敬虔な信徒でもないが、ある日、浴室で体を洗っていると、目の前にある虫○○が現れて、ひどく驚いた。慌ててお湯をかけて、けん制し、湯船に逃げて周囲を見回し、安堵したのもつかの間、壁に○○はいた。敵は動きがすばやい。
入浴中につき応戦する道具はないし、手づかみなんてとんでもない。
殺○剤を噴霧したら自分も死んでしまう。
○○も身の危険、殺気を感じているのか動かない。私は壁にいる○○を凝視しながら髪を洗い、体を洗ってバスタイムを終えた。生きた心地がしなかったというのは大げさか。
母は、○○は平気な強者であるが、○○は母の目の前には現れなかったそうだ。
そこで、私は、考えた。その虫、(以下○○)が、世の中一般に、嫌いだという人が多いのであるが、その○○ではなく、蝶であったなら、こんなに恐怖を感じなかっただろう。それどころから「なにかの使いかな?」くらい思っただろうか。
そんなに怖くて、目にするのも苦手な○○なのに、お風呂に入っている間中、壁の○○から目が離せなかった。見なきゃいいのに。
傲慢な物言いが許されるならば、
「○○」は嫌いだけれど、襲ってくるわけでもない。強いて言うなら存在自体が不快なだけであるが、嫌いなものほど目線をやってしまう。
怖いもの見たさ?恐怖があるので、次の動きが気になるのだ。冷静に考えれば、こちらのほうが強い存在なのに。
冷静に考えると、嫌いなんだから見ないでいればいいのに。見てしまうんだな。恐怖の対象を。いやだいやだと思っている存在に心を支配されて時間も費やしている状態だ。実にもったいないではないか。
もし、かの「○○」が金運が上がるシルシだったとしたら、少なくとも気分的にはラクだったのではないか。と思った。
人間関係もそんなものではないか。イヤダイヤダと言いながら、嫌な存在を注視してしまう。嫌なら視界から外せばいいのだ。
また、嫌な存在を幸運を呼ぶ存在として、位置付ければ、少しは気持ちが楽になるんじゃないか。そういう心理的なガス抜きを上手にみつけていけたら、少しは違う風景が見えてくるのではないかと思ったのだが。
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先週土曜日になりますが、右目の白目に「結膜下出血」というのが起きてしまいました。白目がべったり血の色に染まるというものです。
今まで、小さいのは経験していましたが、自分史上最大の出血となりました。普通は放置しておいても、1-2週間で、血液が吸収されて自然治癒します。今回は1週間経っても、白目ほぼ全域が赤いままで、視覚的にもよろしくありません。バイト先で相手に驚かれますし、その都度説明するのも面倒です。なによりも、依頼主相手の手相見の仕事もままなりません。
それに私は過去、2度角膜剥離を経験していますが、体質のため、痛みに鈍感なので、念のため行きつけの眼科医院に行ってきました。
前回は軽いものなら「大丈夫ですよ」で終わる診察でしたが、さすがに今回は「自分史上最大」の出血量だったので、飲み薬と点眼薬を処方されました。
連休の予定もキャンセル、変更して、ほぼ引きこもっておりました。
おかげさまで、てきめん、白目が少しずつ見えてきましたよ。お薬、効きました。
結膜下出血は、原因がはっきりしておらず、くしゃみや咳などでも、なってしまうことがあるそうです。私の場合今回は、太い血管が切れてしまったのかもしれません。心配していた角膜剥離にもなってなくて良かったです。
今日は、バレンタインデー。覚えやすい日です。
今朝、早く、愛猫のももこが虹の橋を渡りました。
動物病院へ通院の甲斐あって、食欲もあり、元気だったとおもったのですが、夜に急変し、朝、静かに息をひきとっていました。17歳と6か月。現代の家猫の平均寿命以上生きました。
手相見として、人の運気を読むことでなんとか生かされている私ですが、17年あまりの苦楽を共にしてきた我が子を見送るのは、頭でわかっていても寂しいものです。
今まで父と、親せき、友人、ご近所さんとお別れしてきました。
でも、いつも竹内まりやさんの曲「天使のためいき」の一節が頭をよぎります。
「再び会うための短いさよなら」
孤独ではなく、母と見送れたこと、良かったです。
気遣ってくれる友や、依頼主の方々、そしてこんな更新が滞りがちなブログを毎日お立ち寄りくださる皆様という存在がいらして、落ち込み過ぎないことにも感謝しかありません。
一時は7匹もいた我が家の猫たちもこれで
三兄弟の一番上のぐれこと、一番年下のちいこの2匹となりました。
2匹もいるのに、やはり寂しいです。
ももこはやんちゃな猫だったので、気が付いたら、眠っている写真ばかりで、数年前に他界した兄猫と撮影した写真しか載せるのが見当たりませんでした。
きっと虹の橋の向こうでは、「ももこ大好き」の父が、こたろうと迎えに来てくれていると思います。しばらくはそこで仲良く過ごしてくれるでしょう。
わたしが、死ぬ時も、迎えに来てね。
今月は、多忙にまぎれて、ブログを更新できず、残念です。書きたいこともあったのですが、1月も、2月もきっと慌ただしく過ぎるのかも。
正直、気力も萎えかかったりして、その都度自分を鼓舞しています。
人間を、死に導くのは、「絶望」という病だと聞いています。
私にはまだ、「希望」があるので、なんとか生きているのです。
あなたの希望を、見つけるきっかけになれば、私の手相見としての存在意義があると言えるのかもしれません。
アムロピン

無事に2016年を迎えたと思ったら、もう月末です。更新しないブログに、まめにお立ち寄りいただく皆様には、深く感謝申し上げます。
平穏な年越しでありましたが、先日、私の住む街は十数年ぶりの大雪に見舞われて、バイトをお休みしてしまいました。一昨年の12月は2日間、吹雪で休みましたが、今年は一日で済みました。
年明け早々、我が家の愛猫のももこ(16歳と5か月・女子)が体調を崩しまして、動物病院へ通っています。
もうすっかり元気も食欲も無くなり、ほとんど諦めていたのですが、点滴と注射で、少し回復しました。さすが病院です。
ももこの点滴には数日おきに通っています。年齢も年齢ですし、びびりな性格の子なので無理な治療はしないつもりですが、本人(猫)が元気になったら、食欲がでてきましたので、生きる気力があるうちは、なんとかしてあげたいと思っています。
同じ兄弟猫のぐれこはまだまだ元気です。同じものを食べているのに、遺伝子に刻まれている寿命がちがうものという運命の不思議を感じています。
ワタクシもついにスマホに機種変更しました。iPhone6 ですので、メッセージを送れる方は、iメッセージでご依頼くださっても大丈夫です。携帯電話のメアドは変更していますので、直接お電話でお問い合わせくださっても受付いたしますのでよろしくお願いします。
あわただしく、月末になってしまったようですが、2月の節分が運気の流れが変わる節目だと思っています。