人よ、策士になれ

ワタクシは、昔から、姉妹の長女に見られるが、実はひとりっこという育ちのため、兄弟げんかというものをしたこがありません。いとこ同士とのケンカも、場数を踏んでいないためか、連戦連敗の悔しい思いをしました。まして家庭内では親が上で子供は下なため、理不尽な思いもたくさん経験しました。人生負け路線一直線。

基本、殴りあったり、相手とタイマンするは苦手というか未経験。

変わりに得た術は自分の中の気持ちのガス抜きをいかにするか。

相手にどう伝えるかという小技ばかりだったという氣がいたします。

ちょっと前には「やられたら、やり返す。倍返しだ!!」という台詞がテレビドラマから流行しましたが、面と向かって人様にどうこう言えるほど立派な人間でもございません。

それはもう、バイト先でもそうで、納得がいかないことがあったとしても、「しかたないか」でやり過ごします。自分自身の心の平和が一番大切ですから。

私はバイトの身でありますから、切実なこともありません。

昔のことですが、「恋愛したいんですが」というご相談を受けたことがあります。彼女の仕事ぶりは、知っておりましたし、噂も耳に入る場所におりました。

彼女は新卒一年めにして、何年も先輩の方にも自分の考えをきっぱり言える、氣の強い女性です。てか、怖いもの知らず?

その「納得いかないこと」を相手に面と向かって語る勇気を目の当たりにすると尊敬してしまいます。

でも伝え方が感情的なのを見ると、もったいないと思うのです。

新卒何年かでの「逆ギレ」は周囲の人が大人なので容認してくれるでしょうが、すでに数年経過し、ベテランの域に達した人間がコレをすると、自分が築いてきた今までの仕事での評価を一瞬にして下げてしまうことになりかねません。

手相を見るとき、私は依頼主の女性に対しては、男性には直球を投げるな、正論だろうと、追い詰めるなと、お話します。

仕事でも私生活でも、ものには言い方、攻略の仕方があると思います。

感情的になり、相手を非難するだけなのは、結局 自分にとっても不利なことです。

頭の良い女性はそこのところ、すごくお上手だと思います。

柔らかい口調で、周りの人心を掴み、対象者を上手に誘導して、自分の思い通りにしているのです。これは変化球?いや、知略のなせる技でしょう。

本当の強い女性、賢い女性は、相手を思い通りにする術を知っている。

男性は、意外と、女性からの非難直球には弱いような氣がします。この場合弱いというのは、ヘタレるわけではなくて、正面きって相手をしづらい、扱いに困るということです。

あと、仕事をするうえで男性相手に「涙」を武器にするのは、お勧めできません。

できたとしても 使える時期は短いもの。

「あいつはすぐ泣くからな」という評価が付いてしまったら、面倒くさいと思われて、繋がる縁も繋がりません。

あ、でも「そこがかわいい」という人もいるかもしれませんが。

涙は恋人の前でのみ、武器にしてください。

まぁ、私ってば、面と向かって他人様を非難するほど、デキた人間ではありませんが。

情けは人のためならず。回りまわって己が身のため。

他人事

先日、オルゴナイトというアイテムに興味を持って、とりあえず自分で作ってみたのです。材料も近場でコツコツ買い集めていたりしてました。

ネットでオルゴナイトの作り方などを実践したブログなどを読み歩きました。材料のひとつレジンは高価なので、どうしてもお店で取り扱っている品はお高い。その中で、ブームの初期にオルゴナイトを紹介して、ご自分で誠実に作成されている方がいらして、お手ごろだったので、参考のためにもと購入しました。底辺一辺38ミリ、高さ38ミリのピラミッド型。色の在庫は白と青のみでした。今日、届きました。予想以上に綺麗で、エネルギーの鈍感なワタクシが手にとったところ、涼しい風を感じました。これがオルゴナイトのパワー?並べておいて眺めていると、急速に睡魔に襲われ、昼寝をしたところ、リアルで不思議な夢を見ました。夢の中で、まぶたが開かない、開かないとか思いながら家の中を移動している。思い切って指でまぶたを持ち上げて開きました。そこで眼をさましました。時間にして数分でしたが、深い眠りに入ったような印象です。オルゴナイトの影響かもしれません。

昔の仕事場での話です。ベテランAが新人Bに対する仕事の評価を、上司Cにしているのが聞こえました。盗み聞きではなくて、耳に入ったというのが正確です。Bの仕事ぶりを事細かにあげ、「あいつに任せるくらいなら、自分で仕事したほうが速いね」というA。

他人様の仕事ぶりを、「評価して」「言い切る」のは、もったいない氣がします。上司ならそれも仕事のうちですけど。

相手が自分の思い通りになんて動きません。他人ですからね。

でも、深い意識の中では繋がっているんです。

不満をもらした当人の指導力も問われると思う。

何年も仕事してきた人と、入ったばかりの人では、仕事の読み方から進め方まで全然違うでしょうし。

相手に対して、不満がでるっていうことは、自分の中の不満を投影していないかどうかを確認して、

相手の仕事ぶりに不満があったりしたら、まず自分からのアプローチを変えてみる。まぁ気長になってみる。ベテランさんと新人さんを同レベルと思わないことが一番、自分の心の平和には必要でしょうな。

不満を相談されていた、上司Cの対応が、すっごく「大人」な言い回し。「できることからさせてみては?」という冷静な展開だったのを、今でも印象深く覚えています。

これまた以前の職場で、病気で休んでいた同僚が、仕事の進行を案じていたところ、別の同僚に「そんな心配はあなたがしなくて良い。仕事の進行をどうするか考えるのは上司の仕事だ」と語ったそうです。

150620オルゴナイト

自分は自分の仕事を粛々とする。それで滞ったり、うまく回らなくなったら、どうするか。それを考えるのは役職付きの人の仕事なんだと割り切ってしまおう!ということです。

他人様の仕事についての不満を、己の仕事への見直しへつなげることが「心の平和」へ繋がるひとつだということだ。

「アイツ、使えね~」とか思う人、いますか。

その人は、あなに対してはそうかもしれませんが、あなたも別の人から同じように思われているかもしれません。

他人にどう思われても、しかたないことですが、自分の心の平和は、自分で作るしかありません。ワタクシは「使えねぇ!!」と思われるだろう立場の人間ですが、その評価は受け入れます。ただ、他人様に対しては評価はしないと決めています。評価する相手は、昨日の自分自身です。

生業にあらずだが

昨年、頼まれたバイトを、土日に10ヶ月ほどしていてですね、少し所得が増えたので、国民健康保険料やその他諸々の税金関係の支払い金額が数倍に。

数値で区切られている以上、1円でもラインからでたら、支払い内容が数倍ってねぇ、しかたがないんだが、なんか納得がいかないわ。2、3倍まではまぁ仕方ないと思うが…。

収入は2倍になっていないのに。保険料が数倍なんですよ!

これは、低所得者の意欲を削ぐと思うのだが。

今年は中途半端な稼ぎを脱出したいところ。

このところ色々あり、「ここいらで止めてもいいかぁ」と思っていたら、続けざるを得ない状況になったようです。

まぁ、この世が税金で公共サービスが回っているなら、仕方ないことだ。

これからも手相を見続けるべし、という天のお告げか。

実際、皆様の依頼があればこそ、私の生きる意味も余裕にも繋がっている。

支払う金額(税金)が増えたことを嘆くって言うのは、自分の心が貧しいって再認識する。

払えるだけ、働いた自分を褒めるほうが、豊かな自分だ。

持病持ちの私には、国民健康保険が無くてはならないシステム。恩恵を受けていることはありがたい。

よく、「税金をとられる」という表現が私を含めて、多くの人の口から出るけども、獲られる、っている意識が、よろしくない。

「納めている」と思えば、もっとお役所、政治家、などお上のすることに興味も持つし考える。長いこと、底辺な生活だったので、意識を改める。

齊藤一人さんの語る内容に、少しでも近づきたい。

実際、手取りは変わらないのであるが、増えた税金を納められる、豊かな自分、という考えにして。自分の中の「貧しい自分のメンタル」に氣がついた6月。

ちょっとした贅沢が、豊かな自分の波動に繋がるという。

暮らしに工夫をして、豊かさを探査する日々は続きそうだ。

夢見の話

本日の午後、ある方から届いたメールに「西の空を見て」とあり、窓から西空は見えないワタクシ、外に飛び出して見たところ、太陽の横にほんのり虹(彩雲)が見られたので、携帯で撮影した。

この写真だと、虹ははっきり見えないが、太陽(左端)と並んで、もうひとつ、太陽のようにも見られないこともない。彩雲は、昔から吉兆と言われるが、太陽が二つならぶとは「幻日(げんじつ)」と言われて天変地異の前触れともされる。良い事しか信じたくないので、ここでは彩雲ということにしておこう。大気が不安定なのか。

ついでに今日の明け方、見た夢の話を記しておく。

自分の住んでいる次元、宇宙空間から飛び出し、外から自分の住んでいる次元(宇宙)を見る、という夢。

夢の中の三次元宇宙はピラミッドを重ねたような、ひし形、映画「天空の城ラピュタ」に登場する飛行石のような形状をしており、銀河系はその上の端にあった。私たちの住む銀河系は三次元宇宙の辺境に位置し、さらに地球の属する太陽系は、銀河系の端に位置していると確認する夢だ。

先日、エドモンド・ハミルトン著 古典SFの名作「フェッセンデンの宇宙」を再読したので、その影響かも。

銀河系の中央には、セントラル・サンという部位があり、(レンズ状の銀河系の中心部。恒星の集合部分)そこから放出されているエネルギーが、この太陽系の太陽や地球に影響を与えているという学説があります。

最近、私が西洋占星術に興味を持っているのは、占い、だけではなくて、星のエネルギーが人間の行動に影響しているかも、と思ったのがきっかけです。

この世には見えないもの、一例として電磁波ですが、道行く人の多くが、スマホの画面を眺めている姿をみかけると、まるでお告げを待っているかのような印象を受けます。

電子レンジの電磁波は、眼には見えないけど、確実に食品を温めてくれますよね。

微弱な電波が、人間の脳になにがしかの影響を与えないとは誰も断言できないでしょう。

それが、良い方に現れるか、悪いほうに現れるか。誰にもわからない。

そう考えると、前人未到の世界が広がっているのを感じます。



ご縁があったら

小学生のとき、通学途中にある立派な大木があり、季節になるとたくさんの実をつけていた。枝にたわわに実った胡桃を摂ろうとして、樹によじ登り、ご近所のおば様に「危ないよ!!」と叱られたのも今となっては良い思い出だ。

食べても美味しい、見ても楽しい。胡桃は一番身近な自然界の恵みだった。

その拾った実の筋を取り、布で磨いて宝物にした。

やがて大木は伐採されて、その後にはおしゃれな家が建った。この胡桃の実は、大木の忘れ形見でもある。

社会人になってからも、公園にある胡桃の木から実が落ちていると、拾ってしまう。胡桃の実は、私にっては郷愁のアイテムだ。

 

お気に入りの雑貨屋さんで、見かけた瞬間から氣になっていたのは、これがオニくるみの殻から作られたインクだと聴いたから。胡桃からインク?衝撃である。そのうえセピアの色に惹かれた。 購入したとき、インクの作成者さんのお話も聴けた。作った年によって色味が変わってくるという。なんということだ。胡桃は実は食べられるし、見ても楽しいし、インクにもなる。恵の多い存在だ。

この年齢になっても、知らないことってあるんだわ。

最近は、忙しくて天然石アイテムには説明カードをつけていないが、このインクとツケペンで、石の名前を書いてみたいと思った。名前だけね。由来は今までどおり備忘録に記します。

5月は慌しく過ぎてしまった。タイミングが合わず、手相見もお断りばかりして申し訳ない。

6月からは、来年にかけて土日祝日限定でしか拝見しない予定です。

ご理解いただけたらありがたいです。

このところ、数年ぶりにメールや電話で問い合わせくださる方々がいらして「まだ、手相を見ていますか」と尋ねられることが続くのも偶然とは思えない。そんなに必要はないけど、数年に一度見てもらいたい~という、そんな手相見が私の立ち位置でイイトコだろうから。

これが、数年、手相見をしていた私に対する「答え」なのかもしれない。

手相見の需要がなくなれば、自然にフェードアウトすることになるだろう。

私の運気は次の段階に来ているようだ。

 

ご縁があったら、お会いいたしましょう。

次の展開も模索中。というか探査中。

その一押しに必要なもの

占いが氣になったりするのは、未来に希望が欲しいからではないでしょうかね。

人間は未来に希望が持てないと絶望しかないと、生きて行けないのじゃないかと思うのです。絶望だけ、になると自暴自棄というか、周りも巻き込んだり不幸のスパイラルに突っ走ると言うか、破滅へまっしぐら、となるのでは。

手相を見て欲しい、という人に「未来が不安」という方は多いですが、「幸せで最高!」や「どうでもいいぐらい絶望してる」って人はいません。「幸せだけど、心もとない」とか、「不幸だけど希望が欲しい」人が占いに足を止めるのでしょう。

占い師の言葉を励みにするとか、糧にするのが、良い利用の仕方でありますが、占い師の言葉に自分の人生の全てを託すのは正しい使い方ではありません。自分の人生の主役は自分で、こればかりは誰にも代わりにはなれません。ドイツの精神学者 フロイトやユングの言うところの「集合的無意識」で他人と繋がっているというのなら、他人の幸福は自分の幸福とも考えられますし。

スポーツで例えると、ゴルフでボールがカップにインしそうでしない、カップの淵を滑って行ってしまう場面や、テニスでボールがネットのヘリを転がってしまう場面を想像してみてください。

崖っぷちにつま先立っていて、あと少しのバランスを崩すと落ちてしまいそう!!な場面でも良いです。

あと、もう一押し、見えない力が欲しい!!、もう一息踏ん張りたい!!

というときにお役に立つのが、占いであり、そのための開運グッズだと思うわけです。

「運ばかりあってもねぇ」と、ある人に言われましたが、まことにそのとおりで、運を引き寄せるには自分が少しでも動かないとならんわけです。

もう一息、運の一滴があれば、化学変化を起こして、劇的に流れが変わることもあるんです。

長いこと生きていると、そういう場面を幾度も眼にしているし、体験もしています。

自分が運気、どん底だわ~、もうダメかもしれない…死にたいわぁ と思ったとき、TOKIOの「宙船(そらふね)」という歌に惹かれました。中島みゆきさんの名曲です。

「おまえが消えて喜ぶものに おまえのオールを任せるな」

喜ぶやつがいるかどうかはわからないですが、自分のオール(希望)を放り投げるのは、まだだ~。と思いなおし、加えて占いも活用しました。

自分の気力、あと一押し、欲しい!そのときに。

探し物を求めて~内面の旅へ

毎年、GWは紙に埋もれている氣がする。今年は桜も、去年より早く咲いた。連休中は、それなりに忙しく過ごした。デスクトップPCを開いてのホコリ除去もこのシーズンに行う。

身辺のゴミを片付けていた。

私の人生の大部分は紙ゴミとの格闘である。私の周りに紙ゴミが多いのは、幼い頃からの趣味でイラストや漫画を描いていたからだ。

漫画のネタを紙に書き留めるのはクセのようなものだ。

モノを持たずにシンプルに暮らしている人に憧れるが、それは叶わぬ夢だと思っている。

書くことは、紙=神 に通じる行為で、記憶するのも紙、想いをまとめるのも紙がなければならぬ。紙のない世界では暮らせないだろう。

絵でも文でも紙に書くと言うのは、脳の中の異次元から、この世に具現化するための儀式のようなものだ。で、あるからして、今も夢を見ると、紙切れに書き溜めているので、散らばった覚書を整理し、ノートにまとめて転記したりした。

本棚の本もかなり捨てたと思ったが、まだある。本につぎ込むお金を計算したら、切ないので考えないことにしている。本代は、亡き父が酒代につぎ込んだのと変わりない…と思いたい。

結局「保留」の箱にはまだ、メモが大量に入っている。私にとっては捨てがたい存在であるが、他人様から見ると、ただのゴミだというのが悩ましいところ。結局、幸福とはなんぞや?という極論まで行きつける。

メモを見て、書いた頃の自分を思い出したり、夢日記をまとめながら、その時の夢の啓示を確認したりした。私の人生のテーマは「探し物を求める旅」

そして、人生には閉じた扉がいくつかあり、それは今世では開かない らしい。

…個人的な希望としては、来世は地球には生まれてきたくない。

モノの本によると、「生まれ変わる」というのは、未来もあるが、宇宙的な時間軸の関係で、過去に生まれ変わったりする場合もあるという。過去は、ご遠慮したい。今世だってもうゴールを目指して淡々と生きていくエネルギーしか残ってません。

 

氣がついたら、5月も半ば。

バイトの都合で申しわけありませんが、手相見のご依頼の日取りは20日以降でお願いします。

私は水面~手相見に関するあれやこれ~


メッセージ絵書を保護する厚紙に書かれていたのですが、これも私の宝物です。手相を見るということは、ブログ内で幾度も記しているように、案外あっさりしているものです。運気の流れを読むのが主流です。

私の場合は手相を元にもっと深いところを見ていると想います。結果、当たるあたらない、という括りではなくて、目の前のチャンスをどう生かすか、人生の嵐をどうやりすごすか、ということを、今まで見てきた方の手相をもとに、方法を探すという内容です。

そこに手相見の私個人の私的な意見は入らないように努めますが、結局私は、依頼者の思考を写す水面のようなものです。水面が静かでなければ、空の月の姿をしっかり写すことができません。その逆も有りです。今まで、私は依頼主には恵まれていました。皆さん、基本的に前向きで、優しいし、パワフルです。手相を見た甲斐があるというものです。多くの方から、夢に近づいた、今、頑張っている、という知らせが忘れた頃に届きます。未来を見通す眼は本来閉じておくもの、それを使っている代償として、私は健康な体とひきかえ、あるいは視力の低下を招いています。

人の人生に、微力ながら立ち入る上で、提示された人生の機微を多くの人の運気を読み取ることでシェアしていきたいと思っています。

しかしながら、私は預言者ではありません。依頼主の現在の運気を押さえて、未来を予測することが可能ですが、選択するのはご本人です。

「煉さんが、○○と言ったから、○○しない」と主張される前に、自分の考えはどうなのか、もう一度向き合って欲しいと思います。

私の手相見は所詮、人間の力の及ぶ範囲であり、見えない世界の力を示しているものではないからです。

長い手相見の経験上、招来の危機や否定の予測を申し上げても、結婚される人はされるし、離婚される人はされます。手相見の意見は聴くけど、それは参考まで。という方々がほとんどです。

そういう使われ方で良いと思っています。

私は、水面。相手が「黙って座ればピタリと当たる」というのは、私には無理です。そんなに人の裏側に入り込むことは精神衛生上よろしくないので、いたしません。

聴きたいことがあれば、示していただかないと、それに対して深く見ることはできません。

依頼主の人生は依頼主が主役です。

それから、今までも何度かありましたが、同伴での手相見は今後、固くお断りします。

「お友達同士」「恋人同士」「ご夫婦」「兄弟姉妹」「親子」等々

いずれも同時にお申し込みは承りますが、同席での拝見はお断りします。

理由は、集中力が下がること、人間の深いところは、たとえ肉親と言えども「話せること」「話せないこと」が存在するからです。

今まで、なんとかなっていたところもあったのですが、今回、思うところがありまして、文章として記すことといたしました。
なにとぞ、ご理解賜りますよう、よろしくお願いします。


負の感情と向き合った3月

4月になりました。今日は、満月にして皆既月食の日です。占星術の運命の分岐点です。

1月から3月にかけて、周辺の人間関係の変動が多々あり、運命の嵐を感じていました。ちょうど12年前も私は嵐の只中でした。父の死、自分の病、ご近所との確執。そういう星回りだったと思います。今回のテーマは自分の負の感情でしょう。手相見であり、他人様の運命の流れを見ている私の中に、悟りきれて部分、諦観できずにいたもの、が存在したわけです。正直、枯れていたと思っていた感情がまだ残っていたのか!少し人間らしさが戻ってきたのかもしれません。

それは欲であり、黒い感情であり、恐れでありました。

ヘミシンクで少しずつ内部に変化が生じているならば、現在は膿出しの終盤です。これで、私は人間の負の感情の所在、昇華、やり過ごしの術を学びに行く機会を得たのだと納得しました。学びの途中、自分でその感情の活かし方を試すにあたり、得たアイテムに関する質問を、販売店に質問したところ、思いもよらない方から直接お電話を頂戴し、私の素朴な質問に関して、それは丁寧に教えていただく機会を得たのです。これは、正直本当に、お話できただけでもう、今年の運気を使い果たしたんじゃない?と思ったほどです。お電話を頂戴した相手の携帯電話番号すら、私にとってはお守りです。教えていただいたテクニックを実践し、手相見の皆様とシェアしていけたらな、と思っております。

人類が生まれて、数々の「神の使い」が地上に使わされ、愛を説き、平和を説いてきましたのに、人間と言うものは、何千年経ても負の感情をうまく処理できないもののような氣がします。

当たり前のこと、普通のことだと思っていても、別の人間から見ると、妬み、嫉みの対象になる場合があるわけで、それゆえに人は魔除け、厄除けを欲しているのでしょう。

これからは、開運の他に、厄除け魔除けのほうも勉強します。

もう、あれだ、普通に安定した道に行きたいなぁ、安定したら手相見も辞めたいなぁ と心の中で思っていたのに、背後霊からは思いっきり「それはダメ」と言われた気分です。

先日、見た夢で、とうとう ある書類を背後霊(ガイド?)からいただいてしまいました。

そう、不安定こそがわが人生のスパイス。

ずっと肩書きは「明日をもしれぬ自由業者」なままなんでしょうね。

しかし、もう新しいことを覚える気力もないので、好きなことを好きなだけやっていくのが

無難なんじゃないか。

運気の大いなる波の変動は来年らしいので、コツコツ開運探査を続けていくだけです。

知人に、自分の嫌いなことをすぐ口にする人がいます。

「このまえ、あのお店のお菓子美味しくて」と話すと

「あのお店の店員に失礼な態度をとられたので嫌い」というような答えが返ってきます。

感想は個人の勝手ですが、一事が万事、嫌いなことを口にしている。

本人には自覚がないのでしょう。

嫌いなことを多数口にしていると、それが癖になる。嫌いなことを言う口で楽しいことを

話したほうが良いんだろうな。

良い運気を引き寄せるには言葉は大切だとわが身を振り返って反省した3月。

まさに他人は鏡の法則。

周りには嫌いなもの は少ないほうがイイ。

自分の中の負の感情、ヘミシンクのイメージトレーニングで頑丈な箱に入れて海に流します。

 

ご縁を大事に次の段階へ

3月も去っていく。春風邪は症状は軽いですが、治りが遅いですな。

季節の変わり目です。

先日から依頼主の方々から、「結婚した」「試験に合格した」「子供が生まれた」「商売が繁盛している」等の嬉しいご報告を多々いただいており、私も嬉しいです。

手相を拝見しなければ、繋がらなかったご縁ですから。

最近、ネット検索で「紅の煉」(くれないのれん)で来られる方がいらっしゃるんですが。”くれの”ではなくて”くれないの” と呼ばれると忍びな雰囲気になるのが不思議なところです。

あと、”火に束”でも検索されていたっけね。

今まで、手相見の内容を忘れるように努めて参りましたが、リピーター様が増えていることから、できるだけ大局な流れを捉えて、遠い視点からアドバイスや運気の見渡しができないかと思い、勉強中。

手相見だけではなくて、開運の探査も続行中です。